表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/32

第二十五話「エミ」

 頬が異様なほど持ち上がっている。

 ツカサの笑みじゃない。感覚的に、それだけはわかった。


 「ツカサ! 一体どうし――」


 ツカサはそのままゆらゆらと二、三度フラつくと、ぐっと腰を落とし、突如――。

 私へと向かって急速に突撃してきた。


 「いッ!?」


 突き出された高速の腕を、かろうじて持ち上げた右腕で防ぐ。


 「づあッ……!?」


 鈍痛が走る。爪か何かが引っ掛かって皮膚が裂けたらしい。白い血が飛び散る。


 「くそっ、わかっては……いたけどっ」


 目の前に散った私の体液に、顔をしかめる。

 自分の体に白い血が流れていることは嫌ってほど理解したけど。実際目の当たりにすると、とてつもなく嫌だ。私は、一体どんな存在なのか――。


 しかし、そんなことを考えてる余裕はない。


 凄まじい勢いで振り続けられる両手を、かろうじて腕で受け止めたり、はたき落とすように流したり。

 格闘技の心得なんかない。とはいえ、向こうもその様子から見るに我武者羅に向かってきてるらしい。戦法も何もなく、ただ自分の体をぶつけてくるだけの暴力。


 「――っ、の! 目を覚ませ、この高飛車女っ!!」


 大振りの攻撃を避けた直後、全力でビンタしてやった。

 引っ叩かれたツカサの口の中から、たくさんの赤い血が飛び散る。自分でやらかしておいて、私は顔をしかめた。多分口内を思いっきり切ったか何かしたのだろう。

 ツカサは叩かれたままの体勢で一瞬硬直したが、ボサついた髪の向こう側に覗く赤い瞳が、ギロンと私を睨んだ。


 「ぐ……ッ!?」


 ツカサの膝が私の腹に入った。

 さっきまで吐いたりなんだりしてた調子の悪いお腹にそれはやめてほしい。

 うずくまってしまいたくなる痛みと息苦しさに耐えながら、その膝を掴んで思い切り投げ飛ばしてやった。


 「――!?」


 思った以上にぶっ飛んだ。

 真横に飛んでったツカサが、床に転げてぐるぐると回転して倒れた。

 しかし、その回転が停止したと同時に跳ね起き、再び向かってくる。


 「っ、せめてなんか言えよっ!!」


 返事はない。さっきまでの気色悪い笑みとは打って変わって、無表情のままに攻撃を続けるツカサ。

 どうしたらいい。どうしたら止めてやれる?

 腰のナイフに目を向けて、それだけはダメだと心の中で首を振った。

 こんなもので斬り付けたら、取り返しがつかないことになるのは間違いない。


 ――なんて考えていたら。ぶん殴ろうと振り抜いた腕がツカサによって絡め捕られていた。


 「っ、やめ、がッ!?」


 やばい、と言うことすら叶わず、私は地面に背負い投げの要領で叩きつけられていた。

 その容赦ない一撃に息が詰まり、脳が揺れる。目の前に星が散り、何が起きたのか理解するより早く全身に痛みがやってくる。

 どうやら組み伏せられているようだ。

 ちらつく視界の中で、ツカサの振り上げた手が赤と白の色にべったりと汚れているのが見えた。


 「っ……?」


 ワンテンポ遅れて顔を覆うが――追撃が来ない。

 ツカサは右手を振り上げたまま、固まっている。

 痛みが落ち着いてきて、私はようやくその無感情な瞳を睨み返すことができた。


 「何故、殺さない」

 「……は?」


 突然、ツカサは口を開く。


 「何故、この女を殺さない」

 「……何言ってんの? あんた、ツカサ?」

 「殺せ」

 「いだっ!? 何しやがんのよ!!」


 加減した勢いで頬を殴られ、私は怒りのまま狙いも雑に思い切り殴り返す。そのまま起き上がってやって、私はツカサを無理矢理振り払った。

 振り払われて後退した体勢のまま、ツカサは無表情にこちらを見ている。


 「……あんた、ツカサじゃないわね。何者なのよ。エミ?」

 「答える義務はない」

 「どうしてツカサを殺せなんて言うのよ」

 「答える義務はない」

 「……あんた、スイの仲間?」

 「答える義務はない」

 「そう……じゃあ、黙ってなさい!!」


 私はそのままツカサに飛びかかると、抵抗するのを力技で押し込めて、そのワンピースに縫い付けられたポケットを探ろうとする。

 ――コイツがスイと同じNSナビだってんなら、どこかに本体エミの入った端末があるはず。

 が、振り回された腕が私の顔に強かに命中する。


 「いづッ!? こんのっ、抵抗すんなバカ女!!」

 「離せ」


 無機質な声と挙動で抵抗するツカサ。馬鹿力なのは知ってたけど、それに対抗できる辺り、私も普通の人間じゃないことはようやく自覚できてきた。でも、認めたくなかった。

 けれど、今は暢気に感傷に浸ってる場合じゃない。


 「このまま、あんたを死なせるわけにゃ、いかないのよッ」


 コイツが正気に戻ったところで、また私に敵対的なことをする可能性は否定できない。けど、コイツが死んだら何もわからなくなるし、何より――ユキコが悲しむ。

 それだけは絶対嫌だ。私は、約束したんだ。


 「っ、離、せ」

 「ちょっとは妹のことも考えやがれ、この馬鹿姉!」


 びくり、と電流が走ったようにツカサが一瞬硬直する。


 「いま――!!」


 私は、抱きしめるようにして、その両腰についたポケットを探る。

 硬い感触に当たり、それを握りしめた直後――。


 「づッ!?」


 ツカサの肘が後頭部に当たり、鋭い痛みに力が抜けかける。

 「痛っ……たいっ、てぇーのよっ、こんの――ッ!!」


 追撃を喰らうより前に、私は端末を引きずり出してそのまま思い切りぶん投げた。

 コントロールすらなく天高く飛んで行った端末は、真っ直ぐに壁へ強かにぶつかる。そしてそのまま――アラームすら鳴らすことなく、爆発した。


 「……っ!?」


 何が起きたのかと考えを巡らせる前に、羽交い絞めにしていたツカサが急に力を失う。


 「……なんとか、なった?」


 私は、意識を失ったツカサを抱え、その場に横たえる。

 ツカサが目を覚ます様子はない。そこかしこが今さっきの戦いでボロボロだが、命に別状はない――はず。多分。

 私は、胸ポケットから端末を取り出した。


 「スイ」


 声を掛けてもやはり返事はない。


 「お前も、今のアレみたいに爆発したりしないよね?」


 何も反応がない。


 エミ――って言ってたっけ。

 あの子、スイと同じ見た目をしてた。目の色は違ったけど。それに、スイと似たような話し方。アイツに話を聞ければ良かったけど、何でかわからないが爆発してしまった。

 振り返れば、そこには龍――巨大な壁――にしか見えない何かがある。

 これが生きている存在だとはどう頑張っても信じられないんだけど、近付いてみれば、確かにほんの僅かながら振動みたいなものを感じる。本当に小さいけど、脈拍があるのか。


 「どのくらいの大きさなんだろう」


 近付いてみても、上の方は完全な闇に覆われていて全体が想像できない。

 手を触れてみると、ほんの少しだが温かい。

 生きている。この大きなものは、確かに。


 「……」


 何だか薄ら寒くなって、私は龍から離れた。

 見渡すと、暗い中にチカチカと青く輝く巨大なコンピュータがある。と言っても、この龍に比べてしまえば、ミニチュアもいいところなくらい大したサイズ感でもないけれど。

 コンピュータに繋がれた巨大な管やパイプ、コードの類はどれも龍の上の方へと伸びていっている。近くには、状態を見るためらしい電子機器のようなものもたくさん繋がれていた。


 「……」


 目の前には、そのコンピュータのコンソールがある。

 これを操作するなり調べるなりすれば、何か知ることができるかもしれない。

 私は携帯を取り出して、スイに呼びかけた。


 「ねえ、スイ。貴方をコレに繋げてみても――」

 「ダメですよ、マユ。機械はデリケートなんですから」


 本当に突然、スイの像が現れた。

 コンピューターに寄り添うように、酷く楽しそうな顔をして。


 「……スイ?」

 「そう……ヘタに触れられたら、壊れてしまうかもしれない。それは困るのですよ」

 「……!」


 スイじゃ、ない。

 スイは、こんな冷たい顔をしない。


 その顔は――さっきまでツカサの隣にいた、あのNS。

 エミの顔に酷くよく似ていた。


 「逃げて、マユ」


 不意に耳元でスイの声。


 「え」

 「いいから早く」


 切羽詰まったその声に、私はそのエミのような何かから遠ざかろうと振り返る。


 「おや? ……逃がしませんよ」


 その声が聞こえるか否か、逃げようとした私の目の前に現れたのは――

 『私』だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ