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第二十四話「真実」

 「……あ、あ」


 私は膝をつき、呻きをあげながらくずおれた。


 目の前で力尽きた『私』は、懇々と血を流し続けている。――白い血を。

 髪に覆われて、表情は見えない。まだ生きているようだ。肩で息をして、今にもその命は尽きようとしてる。


 「離れた方が良いわよ」

 「……え」

 「離れた方が良いって言ってるのよ。そいつ《・・・》から」


 ツカサは、足元に倒れた『私』を指して言う。


 しかし、私が固まって動けないでいると、ツカサは容赦なく『私』の首元を掴んで持ち上げた。

 『私』が、私の声で苦しそうな呻きを上げる。

 『私の姿をした何か』が、目の前で、死にかけている。


 冗談みたいな現実に耐え切れなくなって、私は胃の中身を全部ひっくり返した。

 目の前が涙でぼやける。口の中が気持ち悪い。喉が焼ける。

 馬鹿みたい。冗談じゃない。

 何なのよ、これは。


 「……」


 ツカサは私を一瞥してから鼻を鳴らすと、自分が背にしていた大きなシャッターの方へと『私』を放り投げる。『私』は無抵抗に投げ飛ばされると、シャッターに追突して倒れ、苦しげな悲鳴を上げた。


 「……さて、どこから詳しく聞きたい? 貴方がどうして何人もいるか? それとも、この血が白い理由の方? どっちがいい?」

 「あ、うあ……」


 ツカサは私に歩み寄る。楽しそうに頬を歪めながら。

 口を押さえながら身をよじって逃げようとする私に、ツカサは容赦なくにじり寄る。


 「逃げないでよ。知りたかったんでしょ? 本当のこと」

 「ち、違っ……私……私は……こんな……」

 「こんな真実なら知りたくなかった? なら、来なければ良かったのに。それともヨウタを助けたかっただけ? あるいは好奇心? 自分を知る覚悟もなくノコノコやってくるなんて、筋金入りの馬鹿か、それとも本当に頭がカラッポなの?」

 「……っ!」


 否定できず、私は目の端から零れる涙に頬が熱くなるのを感じた。


 「貴方、自分を勇者様か何かだと思ってたの? 現実を知って、それでも事態は良い方向に転がるとでも思い込んでる? だとしたらよっぽどの楽天家ね。残念、貴方は化物よ。人間に量産された、白い血の――」

 「や、嫌……」


 耳を押さえ、聞きたくないと首を振る。

 叫びだしたいほどに滅茶苦茶になった感情が、体の中で暴れ回っている気がした。堪えきれず、出す中身を失った胃の腑が、代わりに酸っぱい胃液を撒き散らした。


 「……」

 「っ……ぁ、げほ……っげ……」


 ぐしゃぐしゃになった顔を上げると、冷ややかな目のツカサが私を見下ろしていた。


 「……貴方は実験体。進化を求めた人間の玩具。その中でも貴方はマシな方よ。アレ(・・)みたいに、ただ喚き散らして暴れ回ったり、悲観して動けなくなったりしないもの。立派なものよ。ここまで辿り着いたのだって、せいぜい一人二人だったし」


 まあ、結局その子たちも死んだけどね。そう言ってツカサは肩を竦める。


 「アレもその内死ぬわよ。見てなさい」

 「……!?」


 部屋の隅に倒れ込んだまま、『私』は、私の声で呻く。

 聞きたくない。私は耳を押さえて頭を抱えるように縮こまろうとした――が、その行動はツカサによって止められた。


 「い、やああぁぁ!!」

 「ほら。『貴方』が死ぬわよ」

 「……ッ!?」


 強引に首元を掴まれ、腕を取られて引き起こされた。

 涙でぼやけ霞む目が、ツカサによって無理矢理『私』に向かされる。

 直後――聞き覚えのあるようなアラートが何度か鳴り響いた。


 「さよなら」


 ツカサの小さな呟きの後、瞬間的にそれは起きた。


 「――ひッ」


 目の前で起きた出来事に、私は顔を覆って短い悲鳴を上げてしまう。

 しかし、覆い切れない腕の隙間から見えてしまった。


 『私』は、胸元を中心に一瞬膨れ上がったかに見えた。直後、内側から破裂するように体が引き裂かれ、閃光と爆発音と、白い液体と肉塊が四方に飛び散った。

 肉は赤いのに、血はミルクのように白い。色鮮やかなほどのそれは、目に焼き付いた。

 一瞬遅れて、その白さからは想像もつかないような、独特の生臭さが漂う。生き物のそれとは少し違う、それこそ、プラスチックか何かみたいな――。


 私は自然と力を失って、手を離したツカサから取り落とされて再び膝をついた。『自身の死の臭い』に吐き気が込み上げてきて、出すものもないまま私はただ嗚咽を繰り返す。


 ――足元に、『私』から溢れ出した白い血がゆっくりと広がってくる。

嫌、嘘、私、にも、こんな――こんなものが、詰まってるの――?

聴きたくもない真実ほんとうを、聞いてもいないのにツカサは延々と語り続ける。


 「人工血液……オキ……ヘモ? 何て言ったかしら。忘れたわ。ともかくその白いのは普通の人間のよりずっと優秀で、他人に入れても固まったりしない、とっても便利な血なんだって」

 「じん、こう」

 「そ、人工。人が造ったもの。貴方も、人が造ったもの。人間じゃない」

 「う、嘘よ……わ、私……」

 「嘘じゃないわ。貴方は進化した人類を作るための素材ベースなんだって。その辺については私もあんまり知らないんだけどね。私の目的には関係ないから」

 「もく、てき……」


 私は、ただツカサの言葉を繰り返すことしかできなかった。

 目の前のそれは、最早理解の範疇を超えていた。


 「……ふん。すっかり折れちゃったのね。面白くないわ」


 つまらなそうに、ツカサは吐き捨てる。


 「納得行くまで待てばいい? それとも、まだまだ続きを聞かせてあげればいい? どっちにしても、貴方は幸せになんかなったりしないわよ。得をするのは私だけ。可哀想にね」

 「……っ」


 立ち上がる気力なんか湧かない。涙は栓が壊れたみたいに零れ続けている。

 ――でも、馬鹿にされ続けるのは腹が立つ。

 ここに来ることを選んだのは、私だ。スイでも、ツカサに言われて来たわけでもない。ヨウタ君を助けるために、ユキコとの約束を守るために、自分で選んでここまで来たんだ。


 口元を腕で拭い、咳き込みながら私はツカサを睨む。


 「私、だって……覚悟がなかったわけじゃ、ない」

 「そう。偉いわね。他の貴方も、貴方みたいに使命があれば良かったのかしら」


 哀れむようにそう言うと、ツカサは私から離れて白い血のこびりついた巨大なシャッターの前へと向かう。


 「当然、私だって使命があるわ。貴方のように。叶えなければならないことがね。それを、今から貴方にも教えてあげる。――エミ」


 ツカサが誰かの名を呼ぶと、けたたましいアラーム音と、機械が駆動する轟音と共にシャッターが開いていく。


 「見せてあげるわ。……この街に隠された秘密をね」


 目の前のシャッターが、ゆっくりと開いていく。

 その向こう側に見えたのは、闇だった。ほとんど真っ暗で形成された、暗い闇。

 けれど、差し込む光で次第にそれが見えてくる。


 「……何?」


 一見、壁にしか見えなかった。

 妙に起伏の激しい、薄茶色の大きな壁。しかしそれは、よく見れば――ゆっくりと、本当にゆっくりと。上下している。まるで、呼吸をするように。


 「紹介するわ。私の、いえ……私の母親ママ――そして、東京がこうなったその原因、世界蛇せかいじゃよ」

 「世界、蛇……?」


 聞いたことがあるような、ないような。

 そうだ。不意に頭に浮かんだそれは、北欧神話に出てくる大蛇、ヨルムンガンド。その別名。

 その名を与えられた龍とやらが、今目の前に眠る()()なのか。

 大きさが想像できない。大体、今目の前にあるこれは、この怪物の一体どこにあたる部位なんだ。


 「そう。日本ここではそのまま龍って呼ばれてたみたいだけどね。ま、他にも幾つか呼び名みたいなものはあったそうだけど……そんなことはどうでもいいわ」

 ツカサは、愛おしむようにその壁へと額をすり寄せ、両の手で撫でる。


 「母親ママは、人間との共存の道を選ぼうとしているの。だから、私たちの中でも適性のある者だけを選別するためにあの雨を降らせた……そして、それに適合した人間が私たち半竜人……ドラグニア」

 「けれど、私は知ってしまった。半竜人も、時が来れば竜でなしに堕ちてしまうことを。だからこそ、真由。人に造られたドラグナーである貴方……人工ドラグナーの血が必要なのよ」

 「私の血……」


 白い血。

 今しがたまでの光景がフラッシュバックし、私はせり上がってきた吐き気をこらえて片手で口を覆う。だが、ツカサは意に介さず饒舌に語り続ける。


 「知ってるわよ? 貴方、あの雨を浴びても死ななかったのよね?」

 「!? 何で、それを」

 「覗きなんて趣味じゃないんだけど、私のパートナーが教えてくれるから」

 「パートナー……?」

 「ええ、私の――NSナビ。一緒に紹介してあげるわ。――おいで、エミ」


 NS。

 ユキコが知らなかった、今の東京に生きる人間が知らないはずのその単語を、ツカサはあっさりと口にした。

 どういうことかと考える間もなく、スイと同じような描写演出エフェクトを伴って、彼女は現れた。


 「す、スイ……!?」

 スイと、似ていた。

 スイとは対照的に真っ青の目をして、白く長い髪をふわふわと下ろしている。

 口元には柔らかい笑みが浮かんでいるのに、その青はスイよりよっぽど冷たい目に見えた。

その姿は妖精のようにすら見えるのに、まとう雰囲気は氷みたいに無機質だった。


 「いいえ、私はエミです。初めまして、真由。ようこそいらっしゃいました」


 深い青の目が、ツカサによく似た形で歪められる。


 「へえ、貴方のNS、スイって言うのね」


 思わず口にした言葉が、ツカサに拾われていた。


 「……スイ! これってどういうことなの!? ねえ、スイ!!」


 私は動揺をそのままスイにぶつけるが、反応がない。

 ここに入ってから、ずっとスイは黙り込んだままだ。


 「あらら。嫌われちゃったの? 可哀想に」

 「違う!」

 「そう。よく似てるわよね。私達のNS。それがどうしてなのか私もエミも知らないのよ。だから、その子に直接聞こうと思って。貴方と友達になってね」

 「……お断りだよ。どうして君なんかと」

 「断るって言うなら、ヨウタの安全は保障しないけど」

 「……っ」

 「別に酷いことはしないわ。私だって子供に手を上げるのは本意じゃないし、何より私たちは貴方の血が欲しいだけ。それを貰ったら返してあげるわよ。ねぇ、エミ?」

 「はい。ご心配なさらずに、真由」


 二人は――一人と一体は、にこやかに笑んでいる。

 散々に私に真実をぶつけて、その上私の血をよこせと言っている。

 確かに、それで片付く問題ならそれで良いのかもしれない。けれど、安易に信用していいのか。


 「……ねえスイ。どうしたら良いんだろう」


 ほとんど口の中だけで、そう呟く。

 返事はやはり――いや。

 返してくれた。私にしか聞こえない、とても小さな声で。


 「……信じちゃ、ダメです。ツカサさんはともかく、エミ……あいつは」

 「ねえ真由。良いでしょう?」


 私達の会話を知ってか知らずか、遮るようにツカサは結論を急く。


 「貴方の血をくれたら、私はヨウタを返すし、貴方にこれ以上危害は加えないわ。それ以上を要求したりもしないし、竜でなしに襲わせず帰してあげたっていい。ね?」


 「……約束を守るってんなら、信じる」

 「本当? 嬉しいわ。それなら――」

 「でも。その前に、ヨウタの無事を確認させてよ」

 「ええ。構わないわ。ねえ、エミ。真由をあの子の部屋へ連れてっても……エミ?」

 「……」


 エミは答えなかった。

 俯いたまま、口元に笑みを浮かべてふわふわとその髪を揺らすに任せている。


 「……エミ?」

 「――私に必要なのは、貴方の血ではありません。貴方そのものです」

 「エミ、貴方、何を言って……」

 「そして、私が今現在行うべきは――貴方の性能スペックを知ること」

 「!?」


 ツカサが一瞬驚愕に目を見開いたかと思うと、とろんと目が意思の光を失う。

そして、何度か痙攣するように身動ぎした後、顔を落としー―改めて、私へと向き直った。


 「……ツカサ?」


 顔を上げたツカサは、返事もしないままにっこりと笑んだ。


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