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第二十三話「神杖と血」

 東京駅に戻って来た。まだ日は高い。

 二台目の携帯を手に入れて、カンテラで手回し充電ぐーるぐる。満タンまでは程遠い。

 そんな風に暇を潰しながら歩いて、私は東京駅の近くまで戻ってくる。日差しがそんなに鋭くないのは、やっぱり人がいないからだろうか。


 「……あれ」


 歌だ。歌が聴こえる。

 あの歌が、東京駅の周辺に流されている。どこかのスピーカーから流れてるんだろうか。


 「ま、ますたっ。アレっ」

 「え?」


 日差しの下に、青い髪。あの背丈。

 フラフラと歩いているのは、間違いなくヨウタ君だ。まるで意思を失っているみたいに、足元が覚束ない。


 「どこに隠れてて……っ」


 見れば、彼の周りを守るように、竜が複数体群れている。

 だが、襲われるような様子はない。よく見れば、竜はヨウタ君と同じように、意思を感じない足取りで同じ方向を目指している。

 そして、その進行方向にあるのは――。


 「柱……」


 ――黒い柱。青空を背景に、相変わらず異様な存在感を誇示していた。

 他のビルは空の青を反射して輝いているのに、あの柱だけは黒々と日の光に鈍い反射を返していた。そのせいか、妙に不気味な雰囲気をまとっている。


 ヨウタ君は遠ざかっていく。黙って見ていたら、このまま行ってしまうだろう。


 「追いかけるしか、ないか」

 「……マユ、やめておいた方が」

 「そういう訳にもいかないよ。ユキコに頼まれてるし」

 「後悔、するかもしれませんよ」

 「……スイ? あんた、何を知って……」


 どこかから聴こえる歌の調子が変わった。テンポが早くなり、落ち着きのないペースで流れ出す。それに合わせるように、ヨウタも竜も、操られた人形のように柱へと走り出してしまう。


 「あっ、ちょ――速ッ!?」


 竜はともかく、ヨウタ君が信じられないほど速い。

 あっという間に柱の方へと向かっていく。私は、躊躇なく駆け出した。


 「……襲ってこない?」


 走って竜を追い越すが、どれもこれも柱には向かっているのに私のことは全く眼中にないようだった。有難いけど、いつ後ろから襲われるかわかったものじゃない。

 私はそのまま竜を無視して、柱の麓、死骸の山に辿り着く。そのまま駆け込みそうになったが、竜が隠れていないかと私は立ち止まった。


 「……何も、いない? 全部、中に行ったのかな」


 私は、ゆっくりと柱に空いた穴へと向かっていく。

 周りは全て竜の死骸がへばりついたように固まっていて、慎重に歩くのもぞっとしない。


 柱は太陽を背に巨大な影を落としていて、私のいる辺りに暗がりを作り出している。そのせいか、辺りはお化け屋敷か何かみたいにひんやりとした空気を持っていた。


 カンテラに明かりを入れて、掲げる。

 柱に空けられた穴は、柱全体の横幅に比べたら全然小さなものだけど、人が入ろうと思えば簡単に進入できるほど大きなサイズだ。それどころか、穴の周りには竜たちが押し合いへし合うように殺到した形跡があって、まるで中にある何かへと向けて必死で辿り着こうとしたような――そんな印象さえ受ける。

 多分、数匹どころじゃない数が内部に潜んでいる可能性だってあるだろう。


 「何が待ってるんだろう」


思わず、不安が声に出る。

 足が震えそうになる。

 そんな私の心境を知ってか知らずか、スイが像を立ち上げ、先んじて私の前に立った。


 「……スイ?」


 こちらに手を差し出して、スイは言う。

 無機質に。冷たく。


 「行きましょう、マユ。本当に行くというのなら――ここからは、私が案内ナビゲイトします」


 爛々と輝く両の目の赤は、どこか竜たちが持つ赤い色に似ている気がした。


 広大な空間なのだろうと思った、

 歩いても、足音が響いている感じがしない。明かりを向けても足元しか見えないし、照り返してくるものもない。ただ、なんとなく空間は下へと向かっているようで、スイは螺旋らせん状に前へと進んでいる。左右どちらかに進めば、壁に当たるのかも。


 「スイ、どこまで歩くの?」

 「目的地までです」

 「そうじゃなくて、どのくらい歩くかだよ」

 「もうしばらくです」


 聞いても無駄かもしれない。

 足元は、アスファルトか何か――ひび割れた、学校の床――リノリウムって言うんだっけ。あんな感じの床が、石くれや埃、土埃にまみれて延々と続いている。

 何となく足跡のようなものも見える気がするけど、暗いのとガタガタすぎるのとで判断できない。


 「……ねえ、そろそろ疲れたよ。スイ――」


 そう言いかけたところで、突如スイの像が真っ暗闇の中に掻き消えた。


 「……あれ? スイ?」


 返事がない。

 端末を取り出して、携帯に呼びかけても答えがない。


 「……スイ?」

 「――あら?」


 闇の中から声がした。


 「ようこそ真由。まさか、本当に来るなんて思わなかったわ」

 「な……ツカサ? ちょっと、どこにいんのよ! こちとら暗くて見えないのよ!」

 「そう騒がないの。みんなが起きてしまうから」

 「みんな……?」


 ぱちん、と指を鳴らす音がした。

 直後、大きな機械音と共に足元に光が灯っていく。ライトアップするように。


 「エミ(・・)の言った通りね」

 「……ッ!?」


 照らし出されたのは、『第三神杖封印区画――一般職員進入禁止』と大きな文字で書かれたとてつもなく巨大なシャッターと、その前で得意げな顔をするツカサの姿。


 辺りを見回せば、竜の死骸――いや――死骸じゃない。死骸に似た、黒い塊。

 人間大サイズの黒い塊が、金属質な光沢を返しながらてらてらと輝いている。なのに、鱗のような表面の隙間からは有機的な質感が見えていて、どこか生き物の蛹のようにも見えた。

それらはいくつもいくつも大きな空間の隅に等間隔で並べられている。それらの下にはどれもチョークか何かで白い文字が書かれていて、名前――? らしいものが刻まれている。


 「いらっしゃい、我が城へ。歓迎するわ」

 「……そういうの、サムイんだけど。何企んでんのさ」

 「何も? 私は私の目的を果たすため、貴方を待っていた。そして、貴方は来てくれた。それだけで十分じゃない?」

 「悪いけど、あんたの思い通りにゃならない」

 「ならない? そう。それは結構ですけれど、そもそも貴方は()()()()来たのかしら」

 「何って……ヨウタを救いに」

 「ああ、あの子。そっか、なるほど。貴方、ユキコに頼まれたのね。だからエミは……」


 表情こそ変わらないが、ツカサの雰囲気が明らかに変わった。怒っているような、悲しんでいるような――そのどちらでもあるような。


 「安心しなさい。貴方がここにいる以上、あの子に手を出したりはしないわ。ああ、でも、貴方が言うことを聞かなかったり、ダメ(・・)になったりしたら、話は別だけど……」

 「……どういうこと?」

 「こっちのお話よ」


 不意に、ツカサは右手を上げた。


 「とりあえず捕まえておかないと、落ち着いて話もできないわよね」


 そう言った直後――私の背後で猛烈な轟音が響く。

 振り返ってみれば、そこには前方にあるシャッターと同じくらい大きく分厚い――隔壁が降りていた。


 「これで竜でなし(ドラグレス)の邪魔も入らない。さあ、私と――」


 その直後だった。

 私の近くにあった黒い塊の影から、不意に何かが飛び出した。


 「!?」


 目で追えないくらいの速度で飛び出した何かは、黒い髪をなびかせ、真正面にいたツカサへと一気に距離を詰めると、その細い首を両手で一気に締め上げた。


 「……な、え……そんな……!?」


 私は、目の前に飛び出した人物の姿が信じられなかった。信じたくなかった。

 黒い髪を乱暴に流し、白いワイシャツを着て、赤いチェックの黒いスカートを着た――。


 ――私の姿が、そこにあった。


 「ぅ……、く……」


 ツカサは容赦ないその手に――『もう一人の私』に締め上げられている。

 私は、私は何もできることもなく、ただ呆然と見つめていた。

 どうしたらいいのかわからなかった。


 「っ、ぁ、あな、たの、知り、たかった、真実……これが、その、一つ目……」


 ツカサは不敵に笑うと、『私』の白い両腕をそれぞれ両手で掴んで、握りしめる。

 みし、みしみしみし。そんな音が聴こえそうなくらい、『もう一人の私』の腕は締め付けられていく。鬱血うっけつすれば赤とか青とか、嫌な色にでもなるはずなのに、強く圧迫されるその腕は白いままだ。むしろ、ますますとその白は濃くなっていく。


 「そし、て……二つ、目は、こ……れ……!!」


 ――べしゃり。


 トマトが破裂するみたいに、『私』の両腕は嫌な音を立てて弾け飛んだ。ツカサの化け物みたいな握力のせいで。

 目の前で、ツカサは『私』の噴き出した血に染まる。

 『私』は、腕を失くした勢いのまま大量の血を撒き散らして倒れ込んだ。

 その身を血に染めながら、ツカサは半月形に口元を歪ませた。


 「都合が良いわね。説明する手間が省けたわ。この子、貴方に付いてきたのかしら」

 「…………あ、ああ。あ」


 知りたくなかった。

 何となくわかっていたとしても、やっぱり私は知りたくなんかなかったのだ。


 「これが、貴方の真実。貴方の正体」


 ボタボタとツカサの千切り取った腕から滴るそれは――。


 「貴方は人間なんかじゃない」


 ――絵の具のように真っ白な、血液。


 「……私と同じ、化物よ」


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