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第二十話「疑問」

 真夜中に起きたと思ったら、乱闘騒ぎに巻き込まれた上、訳の分からないことを言われて。

 かと思ったら、可愛い美少女に猛烈なアタックを受けている。ハグされている。

 ロビーまで戻った私は、ボロボロになった私の姿を見たユキコに全身全霊の心配をされていた。


 「……ちょっと。ちょっとユキコ。離して。離してよ」

 「……」


 ホールドするユキコの腕をぼむぼむ叩く。しかし、ユキコはがっちりと私を捕まえたまま離してくれない。


 「大丈夫だから。私生きてるから」

 「……」


 渋々、ユキコは体を離してくれた。


 「でも、そんな、に、血まみ、れ」

 「これはほら、あの竜の血だよ。それに、怪我一つしてないし」

 「あん、なに、泣いてた」

 「あ、あれはただの癖で……ふぎゅっ」


 また抱きしめられた。胸に押し付けられる感覚は気持ち良いし、良い匂いもするんだけど、正直苦しい。この胸は凶器だ。顔が飲み込まれる。ふぐぎゅうぅぅ。


 「……ぐるぢい」

 「あ、ご、ごめん、マユ」


 離してくれた。なるほど。素直に苦しいと言えば良かったのか。

身長差のせいで、私の顔はちょうどその位置にジャストフィットしてしまうのだ。


 「……お姉、ちゃんが、ごめん、なさい」


 本当に申し訳なさそうに、ユキコは目尻を下げて謝る。


 「う、ううん。ユキコのせいじゃないよ。それに、その、ツカサちゃん……だっけ。私も怪我してないし、殺す気はなかったみたいだし……」


 いや、実際は勢い余って殺されそうなくらい殺意全開だったんだけど。


 「……」


 ユキコは押し黙ってしまう。姉があんな風になっていたら誰だって混乱するだろう。

 頭を掻いて、私は胸ポケットから携帯を取り出した。あんなに戦った後で気づくのもどうかと思うけど、ストラップか何かつけておかないとその内胸から飛んでいきそう。


 「スイ。あんた何か知ってそうだったわね。知ってること教えてよ」

 「マユ、口調が安定してないですよ」

 「はぐらかすな。こっちは色々あって気が立ってんのよ!」


 しばらくの沈黙の後、スイの像が立ち上がった。

 ロビーのソファにユキコと二人で座り込んで、スイと相対する。


 「……わかりました。お話しできる範囲でお教えします。……何を知りたいんですか?」

 そう言うスイの顔は、ひどく無機質に見える。いつものようにからかってくるような調子は見えなかった。


 「まず、ツカサ。スイはあの子のこと知ってるの?」

 「いいえ」

 「でも、あの子はスイのこと知ってたみたいだけど?」

 「私と同型のNSナビを積んだ携帯を持つどなたかが存在していたのだと思います。記憶でも共有していれば話は別ですが、私はあいにくSA端末スタンドアローンなので」

 「……SAってなに?」

 「わかりやすく言えば、私は私個人で思考していて、他の端末とは繋がってない、ってことです。ネットワークに繋がっていないパソコン、と言えばわかっていただけるでしょうか」

 「ふーん。じゃあ二つ目。別の私のこと、知ってる?」

 「いいえ。仮に知っていたとして、そういった情報の詰まったデータにロックがかかっているので、参照できる権限がありません」

 「……本当に?」

 「はい」

 「ツカサの目的。想像つく? ドラグニアって何?」

 「わかりません」

 「じゃあ最後。私の正体を教えて」

 「質問の意味がわかりません」

 「……前とおんなじね。結局何もわからないんじゃない。あんた、本当に私の味方?」


 言って、ちょっと言い過ぎたかと思う。

 その言葉に、あからさまにスイの眉が下がった。私自身、言った後に目を伏せてしまった。


 「少なくとも私は、マユに……真由様と行動を共にして、直接不利益になってしまうようなことをしたことはない……と、思っています。どうでしょうか。私には、判断しかねます。私の行動をどう思うかは、マユ次第ですから」

 「…………」


 腕を組んで、考え込む。


 スイは――多分、私の知らないことを知っている。それも、割と重要なものを。

 何故隠しているのかはわからない。わからないけど、そこに何か理由があるのは間違いない。本当に、全てロックされて知ることができないだけなのかもしれないけど。

 そして、ツカサだ。どうして彼女は私を狙う? 『他の私』ってのはどういうこと?


 「ね、ねえ……マユ。スイ、ホントに、何も、知らないんじゃない、の?」

 「……」


 ユキの言葉に、スイを見る。

 しょぼくれた顔をした、いつものスイだ。最初の真面目そうな雰囲気はどこ行ったのよ。

 ここ数日ちょっと毎日のように見た、私によく似たその顔。

 疑いたくない。何より、私自身疑いたくてこんなことを言ってるわけではないのだし。それに、スイが私に危害を加えたことがないのも事実。毎回励ましたり、味方ではいてくれた。


 携帯を開け、ロックされた端末のストレージの直前まで操作する。

 鍵のマークをタップすると、パスコードの入力欄が現れる。何を入れても多分無駄だし、私が思いつきそうなワードや数列もない。下手に弄っても開かなくなるだけだ。


 私はため息をついて、携帯を胸ポケットに入れ直した。


 「じゃあ、ラストにもう一個質問。スイ、今のパスコードの答えはわかる?」

 「……わかりません」

 「そっか。……じゃあスイ。質問は終わり」

 「……」

 「でも、一つだけ約束してくれないかな」

 「はい。何でしょうか」

 「もしスイに隠してることがあっても、なくても。――最後まで私の味方でいて。約束できる?」

 「……! マユ、でも私は」

 「いいから。……そんな顔しないでよ。簡単でしょ? 今までと変わらないでしょ?」

 「……はい」


 スイは、つらそうな、苦しそうな、よくわからない気持ちを抱えたような、そんな顔をしていた。

 私は、スイを信じようと思う。

 何か隠していても、このまま東京ここにいれば、必ず知ることになる――はずだから。


 だから、今は追及してもしょうがない。きっと。


 「ありがとうございます、マユ。……信じてくださって」


 返事の代わりにため息交じりに笑って、胸の端末を軽く小突いた。







 朝が来た。どんより曇った灰色が、空を覆うように貼りついている。

 ロビーに戻ると、ちょうどユキコも下に降りてきたところだった。


 「おはよう、ユキコ」

 「おは、よう」


 私はユキコより少し早く起きて、昨日襲われた竜が撒き散らした色々な物を回収していた。

 運良く缶詰なんかは無事だったものの、水のペットボトルは一つ残っただけで、後は全部破けてしまっていた。こんなの、加減されたって穴だらけになるに決まってる。


 血まみれ――と言っていいのかわからないけど――のままだと嫌だったので、近場の服屋から似たようなデザインのワイシャツを借りてきた。いや貰った。お金があれば払いたいんだけどね。


 ユキコはソファに座って足をプラプラさせながら、不安げに口を開く。


 「……ヨウタ、どこに行ったん、だろうね」

 「うん。ひょっとして、あの子……ユキコのお姉ちゃんなら知ってるんじゃないかな」

 「……どう、だろう」


 表情が陰る。実の姉が、何もかも変わっていたことはユキコとてつらいのだろう。


 「お姉、ちゃん、何も、変わって、なかった」


 変わってないのかよ。


 「でも、あの、竜を、操る、なんて、ことは、できなかった。お姉、ちゃんだって、前は、あいつらに、襲われてた、のに」

 「ってことは、何か操る手段を見つけたってことか。……あの歌とか」


 ユキコは頷いた。


 あの歌――不思議な響きだった。なんだか、フワフワしてるというか、聴いていると心が落ち着かない感じになってくる。直接心を不安定にさせられてるみたいな。


 「そう言えば、スイ。結局あの子が歌ってた歌、聴き取れなかったの?」

 「えっと、はい。……強いて言うなら、マイクに入ってきた音は、まるでノイズのような……ほとんど聴き取れないくらい、かすかな高音のように感じました。私の可聴域を超えているのかもしれません。マユとユキコさんには、どんな風に聴こえていたんですか?」

 「え? うーん……ら、ら、らー……みたいな」

 「マユ、恥ずかしがってる場合ですか」

 「う、うるさいな。私は歌とか苦手なの」

 「……~♪」


 不意に、ユキコが隣で鼻歌を歌い始めた。

 ツカサが歌ったものが酷く悲しいものだったとしたら、これは心の落ち着く、穏やかなもの。

メロディまでほとんど完全にコピーできている。あの一回聴いただけで覚えたのか。

 と思ったら、盛り上がりに入ろうと言ったところでユキコは咳き込んだ。


 「……けほ、けほ。覚えたの、ここまで」

 「すごい。よく覚えられたね」

 「むむむ。やっぱり聴こえないです……」


 スイは残念そうに言う。私の耳からすれば、普通に歌っているようにしか聴こえないのだけど。不思議だ。


 「とりあえず、またヨウタ君を探しに行こっか。今日も見つからなかったら……一旦帰ろう。 手持ちの食料とか、色々少ないし……」

 「……うん」


 ユキコは納得の行かない様子ではあったが、頷いてはくれた。

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