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第十九話「姉妹」

 「……こん、ばんは」


 不信感を露骨に表しながら、私は返事をした。


 「そんなに警戒しなくても良くない?」


 くすくすと、口と目を半月型に歪めて、少女は首を傾げる。


 「あなたは、ええと……どちら様?」

 「私? 私はツカサって言うの。貴方のお名前は?」

 「……私は真由。神代、真由」

 「ふぅん。カミシロ、マユ。真由ちゃんって言うんだ。可愛い名前ね。そう言えば、貴方から名前を聞いたのは初めて」

 「……は?」


 何を言ってるんだ、コイツは。

 訳の分からない言い様に、まともな言葉も返せずに私は後ずさる。


 「やっとマトモな貴方に会えたわ。でも、貴方もなんだか落ち着きがないわね。あ、前の子とは違う子よね? 雰囲気も、喋り方も違うし。貴方は……なんだか男の子っぽいわ」

 「……ちょっと。どういうことよ。あんたの言ってること、私ひとっつもわかんないんだけど」

 「わかんなくていいわよ。もしわかっちゃったら、貴方死んじゃうかもしれないし」

 「は? ますます意味が……」

 「そんなことより。ねえ、どうして貴方はここにいるの? いつもの子は連れてないの? あの白い髪の。あの子のお名前も気になるなあ。あの子に案内されてきたんじゃないの?」


 ツカサと名乗った少女は、矢継ぎ早に、私とユキと子供たちの一部しか知らないはずのスイのことを口にする。


 「……マユ。聞かなくていいです。この人は、」

 「ほら。出てきてくれないの?」

 「っ……」


 にじり寄ってきたツカサの前に、遮るようにスイの像が現れた。両手を広げて、私を守るように。


 「なんだ、いるんじゃない。貴方と話すのも初めてね」

 「……マユに変なことを吹き込むのはやめてください」

 「怖い顔。私は貴方が何のためにいるのか気になるだけよ。それと」


 ぴ、と指先が私の方を向く。


 「真由ちゃんが欲しいだけよ」

 「……私が、欲しい?」

 「そ」


 くるん、と向き直り、ツカサは邪気なく微笑んだ。

 何言ってんだコイツは。気色が悪い。


 「ねえ、真由。私とお友達になりましょう? そうしたら貴方が知りたいこともわかるし、あの子たちに襲われることもない。あ、でもその子は捨てた方が良いかもしれないなあ。他の子と同じことになっちゃうと困るから」

 「……あの子たち? 他の子?」

 「そ。ドラグレス。ドラグニアの成り損ない。時々襲われて迷惑だったでしょ? 他の子は――他の子よ。貴方が気にすることないわ」


 スイの像が、近付いてきたツカサの体によってかき乱され、消える。

 私は、極端なまでに距離を詰めてきたツカサから身を守るように二、三歩下がる。胸ポケットのスイと、私自身を守るように。


 「……」

 「まあ、急に信用してって言っても無理だよね。そのくらいは知ってる。だから、私はこうやって脅すことしかできないのよね。残念ながら」

 「……何よ。どういうことよ。脅す?」

 「そ。私、仲良くしてくれると嬉しいんだけど」


 そう言ってツカサは微笑むと、目を大きく見開いた。

 ヨウタが出ていった時に見せたあの瞳と同じものを感じるような、爛々とした赤い輝き。

 ツカサはそのまま後ろへと大きく跳躍した。信じられない高さまで飛び、空中で体を捻って折れた鉄骨の上に飛び乗った。私じゃ、何回ジャンプしたって到底届かない高さに。


 月を背景に、ツカサは申し訳なさげな顔で笑んだ。


 「――こういう方法しかできないから。ごめんね?」


 ツカサはそれだけ言うと、鉄骨の上で深呼吸をする。

 そうして、さっきまで聴こえていたあの歌を――奇妙なテンポとリズムで、再び歌い始めた。


 「何を……」


 疑問を浮かべる間もほとんどない内に、周囲から視線を感じた。

 気配。何かから見られている。それも複数。その全てにあからさまな殺意がこもっている。


 「マユ、周り……」

 「……うん」


 視線だけで見渡すと、黒い大きな影がじわじわと、私を取り囲んでいることがわかった。


 竜――ツカサが、ドラグレスと呼んだもの。


 どうやらあいつらは、ツカサの支配下にあるらしい。あの歌で操っているのか。


 「ねえ、真由。私、できれば貴方のこと殺したくないの。素直に友達になってくれない?」


 歌の途中で一息入れ、ツカサはしゃがみ込んで私を見下ろす。


 「嫌だ。何企んでるかわかんないような奴と友達になんかなりたくない」

 「そっか。じゃあ――がんばって死なない程度に殺してあげないと」


 歌が再開する。ドラグレスの包囲網が、ますます狭まってくる。


 不意に、スイが画像を目の前に立ち上げた。そこには、拡大撮影された私と、その周りの竜の包囲網。見れば、一ヶ所だけ幅が広くなっていて、逃げ出せそうな空間がある。

 GJ、スイ。後で褒めちぎってやろう。


 「友達になりたいって相手に――猛獣けしかけるバカがいるかっ!」


 私は飛び出した。スイの示した空白地帯へと。

 直後、竜たちは一斉に私へ向かって迫ってくる。

 思ってるよりずっと足が動く。竜が包囲の輪を閉じるより早く、私はその外へと逃げ出した。


 「へえぇ。意外と足が速いのね。前の子は、もっと足が遅かったんだけど」

 「前の――私だか何だか知らないけど、そうやってその子も殺したのかよっ!」

 「……いいえ。――勝手に死んだわ」


 歌が止んだ。どうやら、突撃指示が済めば後は放置でもいいらしい。

 実際、歌がなくてもこいつらは最初から私に敵対的だった。ここまで誘導すれば、後は眺めているだけで良いってことなんだろう。悪趣味なやつ。


 「ま、マユ! 後ろっ」

 「えっ、う、うわっ!?」


 咄嗟に屈む。直後に、私の首があったところを竜の顎がガチンと挟み込んだ。


 「チッ、惜しい」

 「殺す気満々じゃねーか!」

 「そんなことないよ? ただ、その子たちは加減がへたっぴだから……」

 「いッ!?」


 二、三体の口が殺到し、背のリュックに引っ掛かる。危うく背負った物ごと絡め捕られそうになったところを必死で脱ぎ捨て、更に逃げる。後ろでリュックがバラバラに引き裂かれた。


 「ちゃんと避けてね」

 「っざけんな……!!」


 死なない程度に殺してくれそうになんかちっともない。あんなの一発で死ぬ。

 私は観念して足を止めると、すぐさま竜たちに向き直った。


 「あれー? 素直に殺されちゃうの? その子たち、一度動かすとブレーキかけるの時間かかるから、テキトーに抵抗してほしいんだけど」


 返事をしないまま私はホルスターからナイフを抜き、トリガーを引いた。

 私自身の苛立ちをそのまま全部変換したみたいに、ナイフの刃に赤い光が頼もしく灯る。


 ――誰かの身勝手に殺されるくらいなら、最後まで抵抗して生き残ってやる!


 「だああぁぁぁぁっ!!」


 向かってきた竜の一匹目を、すれ違いざまに叩き斬る。

 首の側面をざっくりと斬られて、一匹目は切断された首をプラプラと振り回して倒れた。


 二匹目。真正面から向かい合って、ぶつかる寸前にスライディング。顎下から腹の八割がたをストレートに切り裂いてやった。胴の下を抜けて瞬間的に起き上がった直後、後ろで竜が倒れる重い音がした。


 三匹目。向かってきたと同時に後ろにステップを踏んで、鼻先を撫で斬りにする。怯んで頭が下がったところに思い切りナイフを突き刺してやった。

 ヨタヨタとフラついて、三匹目の竜はその重い体をどずんと地面へ投げ打った。


 「……この間読んだ漫画の主人公みたいよ、真由」

 「……はっ、……はっ、そりゃ、……どうも……」


 あっと言う間に、私の周りには三体の竜の骸ができあがった。


 「可哀想に。みんな怯えちゃったわ」


 他にも竜がいる様子はあるが、怯えているのか、じりじりと警戒するように唸るばかりで、私には寄ってこない。どんなもんだ。いくら来たって全部やっつけてやる。


 「……っていうか、貴方本当に人間? 私だってそんなのまとめて相手するの無理よ」

 「しつ、れいだなっ、私は、人間だよっ」


 肩で息をしながら反論する。


 「あんたらみたいに、馬鹿みたいに早く動いたり、高く飛んだりなんか、できないっ」

 「本当にそうかしら。貴方、自分で思ってるより――いいわ。私が直々に確かめて……」

 「――マユっ!! ……お姉ちゃんっ!?」


 その場全ての視線が、一斉にそちらへ向いた。

 ビルの出口に、ユキコの姿があった。慌てて下りてきたのか、胸に腕をやって肩で息をしている。


 「ユキコ!」

 「…………何で、アイツがここにいんのよ」

 「……お姉、ちゃん?」


 ユキコが、不安げな目線をツカサへと送る。

 ツカサは一瞬目を見開いたが、すぐに俯くと、また歌い始めた。先程より一層悲しげで、寂しげな歌を。

 それに合わせて竜たちは思い出したように首を上げると、機械的にツカサの立つ鉄骨の近くへと向かう。ツカサは躊躇なく飛び降ると、竜を引き連れて去っていく。


 「ツカサ!!」


 私が名前を叫ぶと、ツカサは振り返り、冷たい目を向けたまま言い放った。


 「……真由。貴方は必ず手に入れるわ。もう手段なんて選ばない。覚悟しておくことね」


 それだけ言うと、ツカサは跳躍を繰り返してビル間へと消えていった。

 私を襲った竜も、ツカサの向かった方へと振り返ることなく走り去っていく。


 ――そうして、夜の東京に静寂が戻ってきた。


 「……何だったんだよ。アイツ」


 それだけ呟いて、私は震える膝をつき、溢れる涙を袖で拭った。

 戦うのは、いつまで経っても慣れそうにない。

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