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第十八話「青い髪」

 ビルの非常階段を二人で登る。


 当然ながら電力は供給されてないようなので、夕陽の明かりが入ってた内はともかく、三十分もしない内に随分と暗くなってきてしまった。

 二階はそのままオフィスフロアだったけど、窓が割れてそこら中荒れ放題。下は割と綺麗だったが、その後も数階分は全て荒れていて、綺麗な部屋を見つけるのに苦労した。


 何階か登ると窓の割れていないフロアがあり、その隅の方にソファを見つけることができた。外はもう既に真っ暗だ。


 「ここなら、そこそこ安心かな」

 「うん……」


 ユキコは、相変わらず気落ちした様子でソファに座っている。


 「ちょっと、その辺調べてこようかな」


 ……黙っていても間が持たない。私はソファから立ち上がって、軽くストレッチしてから辺りを探索しようと足を踏み出した。


 「ちょっとー、マユ」


 「ん?」


 小声で、スイが話しかけてくる。


 「傷心の女の子を一人置いてー、マユはー、一人でその辺をブラつくんですかー」

 「……あのさ。私にそんな、男の子に期待されるようなことを言われても……」

 「もー。マユも分からず屋ですねえ。気を張るしかないこの状況で、ユキコさんが頼れるのはー、マユだけなんですよー。もう少し気を遣っておやりなさいなー」

 「…………」


 ごもっともだ、とは思う。と同時に、スイが本当に人工知能きかいなのか怪しくてしょうがなくなる。

 まあ、その辺の疑問はともかく。私は立ち上がって伸びをしたフリをして、やっぱりソファに座り直した。


 「く、暗いからやめよっかな」

 「……」

 「ねぇ、ユキコ。あのね、えと……す、好きな人っている!?」


 自分で自分の言葉を疑った。


 待て、待て待て。何を聞いてるんだ、私は。

 ほら見ろ、ユキコだってキョトンとしてる。何言ってんだコイツって顔してる。昨日のより 尚更唖然としてる気がする。やらかした。完全に失敗した。


 まずこの状況でこれを聞く意味がわからない。自分で自分の頭をバッチンバッチン叩いてやりたい気分だ。

 ていうか私にだって好きな人なんかいねえよ。思いつきもしねえよ!


 ――しかし、予想の斜め上を行き、ユキコはおかしそうにくすくすと笑ってくれた


 「……ふふ。ごめんね、マユ。心配、してくれて、るんだよね」

 「あ……あ、えっと……え、えへへ」


 照れ隠しに笑う。尚更ユキコは笑う。めっちゃ恥ずかしい。


 「……実は、ね。私、好きな人、いたんだ」


 おお、まさかのカミングアウト。いや、私はその人のこと知らないけど。


 「お姉ちゃんに、ついてっちゃった、けど、ね。その人だけは、私のこと、いつも、かばって、くれて。お姉、ちゃんが、何かしたら、俺が止めて、やるから、って。そう言って」


 ユキコはソファの上で体を縮こまらせて、膝を抱えて、懐かしそうに言葉を続ける。


 「懐か、しいなあ。無事だと、いいな。……ねえ、マユは、好きな人、いないの?」

 「えっ!? う、うーん……記憶、ないからなあ」


 まさか反撃を喰らうとは。でも、あいにくと私の中にはそう言った記憶がない。


 「なく、ても、いいんだよ。そういう、気持ちになったこと、ないの?」

 「……そういう、気持ちか」


 ユキコの言葉を反芻する。

 私は、人を好きになったことはあるんだろうか。きっと、十何年か生きてきた私の人生いのち、一回くらいはそういうこともあったのかもしれない。なんだか、考えてたら恥ずかしくなってきた。いもしない好きな人を想像して、頬に血が上るのを感じる。


 ――私の、好きな人?


 「やっ、う、ううん、いなかったとっ、思うっ」

 「……マユ、声、上ずってる、よ? だい、じょうぶ?」

 「だ、大丈夫。大丈夫だから」


 だいじょばない。

 励ますつもりがからかわれたような気持ちになって、私はぷしゅーと煙を吹いた。


 「……あの、ね。マユ。ホントに、ありがとう」

 「えっ。う、ううん。っていうか、なんで?」

 「……一緒に、いてくれたり、こうして、手伝ってくれたり。私とだって、まだ、会ったばっかりなのに。こうして、私の味方で、いてくれるの。とっても、嬉しいよ」

 「……ユキコ」


 私は――私は、できることがないから、ユキコの味方をしているだけだ。

 何もないから、カラッポの自分を埋めるため、こうしてユキコと一緒にいる。

 けれど、それも良いのかもしれない。私は少なくとも、今こうしてユキコの笑顔が見られることが幸せだ。

 だから、私は……ユキコを助けて、私がここにいる理由を作りたいんだろうと思う。


 でも――。


 私は、私からユキコの手を握り、その目を見つめた。


 「ううん。こっちこそ。ちゃんとヨウタを見つけて、一緒に帰ろうね」

 「……うん」


 いつか私はカラッポと向き合わなきゃいけないから、甘えてばかりもいられない。

 それだけは、きっと間違いない。






 リリリ、と虫の声がする。


 「……ん」


 真っ暗な室内から虫の声が響いていた。

 隣では、私と頭を突き合わせて寝ていたユキコの姿。フロア内から見つけてきた猫のブランケットを羽織って、その青いまつ毛をしっとりと濡らして眠っている。


 じっと見ていたら、もぞもぞと身動ぎした。ドキドキする。私が男の子だったら、唇の一つでも奪ってしまいたいくらいに、ユキコは綺麗な顔立ちをしている。

 黙って眺めていたら、私は自然とその顔に、自分の顔を近づけていた。


 ――生唾を飲み込む。


 「イタズラしちゃダメですよー、マユ」

 「うわっ。たた、起きてたのかよっ」

 「しー。ユキコさんー、起きちゃいますよー」

 「こんにゃろう……」

 「わー、叩かないでー」


 胸ポケットの携帯をゴンゴン叩きながら、私は立ち上がった。

 座って寝ていたから、体の節々がちょっと痛い。いつものように伸びをして、欠伸をする。


 部屋の中、どこからか虫の声がしていて、夏の夜の風情を感じた。どこから入ったんだろう。

 しかし、こんな文明の名残の中で虫の声なんて聴かされたら、ますますここには人がいないのだと実感してしまう。

 あの竜さえいなければ、廃都観光の一つでもしたものを。


 「……トイレ」


 夜の空気の冷たさに、私はカンテラを持ってフラフラとフロアを出ようとする。


 「……一応これも持っていこう」


 引き返すと、枕元に置いていたナイフホルスターを腰に括りつけて、私は改めて廊下へ出た。


 「……」


 ゴオォォ、と空気の流れる音がする。

 これだけ大きなビルだから、自然と空気が流れるようにできているのだろうか。それとも、どこかのフロアに穴でも開いていて、吹き抜けているのか。

 何にしても、真っ暗だ。天井が崩れているかもしれないし、床だって穴が空いてるかもしれない。足元には気をつけないと。

 トイレは止まっているだろうけど、その辺で済ませるよりはよっぽど衛生的なはず。それに、適当なのは何より私が嫌だ。


 お化け屋敷よりもヘタをしたらゾッとするような真っ暗のトイレに入って座る。

 ……闇の中で黙ってると、完全に無音だ。耳鳴りがしてくる。

 案外中は綺麗だったけど、やっぱり落ち着かなない。手元の光しかない闇。ていうか、流したら流れたのもびっくりした。慌てて用を済ませて外に出る。

 壊れていなければこんなものなのかもしれないな、と思う。


 しかし、いつまで経っても来ないのちょっと不安だな……なんてことを考えながらお腹をさすりつつ、フロアに戻ろうとすると。


 「……また、あの歌だ」


 耳を澄ますと、昨夜聴いた歌声がかすかに流れてきている。

 さすがに今度は聞き漏らすまいと思い、私は携帯を取り出した。


 「スイ。ほら、今度は寝ぼけてもないし聴き取れるでしょ。この歌」

 「歌……ですか? ええと……ごめんなさい、私には何も」


 隣に立ち上がったスイの像は、思いの外申し訳なさそうというか、困惑した顔をしている。この様子だと、本当に聴こえていないのだろうか。


 「私もはっきりとは聴こえないけど……じゃあ、外に出てみよっか」

 「え。でもマユ、夜に外へ出るのは危険ですよ」

 「わかってるよ。ただこの歌が何なのか知りたいだけだから」

 「むむむ……気をつけてくださいね」


 携帯をポケットにしまい直し、私は非常階段からロビーへ向かった。

 下へ降りるほど、その歌は次第に近づいてくる。


 「ねぇ、聴こえるでしょ」

 「……ううん、マユ。私にはわからないです」

 「ホントに……?」


 下まで降りて、扉を開けた。

 ロビーに出ると、うっすら土埃で汚れたガラス壁の向こうに満天の星空が見えた。天の川さえ見えそうだけど、満月に近い月が出ているから星の光は程々だ。

 ガラスに反響するように、歌声はそう遠くない位置から聴こえている。


 「外、出てみるか」

 「どうなっても知りませんよ?」

 「こんな綺麗な歌だし、襲ってくるような相手じゃないとは思うけど……」

 「その綺麗だっていう歌、私には聴こえないんですけど」


 スイと言い合いしながら、私は閉じられた非常扉から表に出て、通りに向かった。

 ビルは、月光を浴びて死んでいることすら忘れたようにきらきらと輝いている。


 歌は、近い。

 軽く歩いて、月の方に向き直ると――人影があった。

 月の下で舞う、水の流れのような青い長髪。

 寂しげな横顔で歌い踊る、白いワンピースを着た赤い目の少女の姿――。


 「……あら?」


 赤い眼は、私たちを見ると同時に寂しげな色は失せ、楽しそうに歪んだ。


 「こんばんは」

 「……!」


 話しかけてきた少女の顔は――その赤い目以外、ユキコにそっくりだった。

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