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第十七話「東京」

 ユキコと二人で街に出る。

 トンネルを抜けて外へ。黒い雨が降った日とは打って変わって晴れ晴れとした空だ。もうちょっと気温が低ければ、春先の空と勘違いしそう。

 しかし目線を下へずらせば、立ち並ぶビルに賑わいの様子なんてないのだけれど。


 「それで、ユキコ。出てった子の事って、詳しいこと分かる?」

 「う、うん。別に、変わった子じゃ、なかったとは、思うけど……うう、ん」

 「何か変なとこあったとか?」

 「時々、一人で散歩、してた……の、かも……あの子、コッソリ、抜け出すの、得意なの。いつも、その時を、掴めなくて、叱れなかった、んだけ、ど」

 「……私、実は外であの子に会って、それでここに連れて来られたんだよね」

 「後で、叱ら、なきゃ」


 ママさん、こわいです。


 とは言え、あの様子は普通じゃなかった。

 振り返ったあの瞬間、赤い目の輝き。

 元々、黒い雨で変化した子供たちは人間離れした目の色と髪の色を持っているけど、あの目はまるで……まるで、操られてるみたいだった?

……何を考えてるんだろう、私は。


 自分の考えに現実味があるのかわからなくて、ぶんぶんと首を振る。

 操られてるって。そんなことができるのはファンタジーかゲームの世界だけだ。


 「マユ、どうか、した?」


 ガタガタになったアスファルトの道を歩きながら、ユキコが聞いてくる。


 「……あのね、変なこと聞くかもしれないけど、ユキコって子供たちを操る力とか……なんてある?」


 きょとん、って言葉がぴったりの顔で、ユキコは目を瞬いている。

 しまった。変なこと言っちゃった。


 「そんな、こと、できる、わけ、ないじゃない。マユ、えと……だい、じょうぶ?」


 頭の心配までされてしまった。恥ずかしい。


 「いや……その、あのね。あの子、飛び出してった時、どう見ても普通じゃない顔をしてたっていうか……普通じゃなかったから」


 誤魔化すようにそう言って頭を掻く。

 ユキコは訝しげだったものの、それでも顎に手を当てて考え込んでくれる。


 「ごめん、ね。少なく、とも、私には、そんな力は、ないかな」

 「……じゃあ、他の誰かがその力を持ってる?」

 「わから、ない。わからない、けど……あの雨のせい、で、そういう、力を持った、人がいる、かもしれない?」

 「……それこそ、考えても無駄か。ごめん、変なこと聞いちゃった」

 「いい、よ。ひょっと、したら、そういう、可能性だって、あるもの」


 ――あの、竜が聞き惚れていた歌。


 それが、何だかそんな力を持っているような気がして、思いついただけだ。例えそうだったとしても、他のみんなには効果がなかったわけだし。


 「……」


 行き先を見る。

 方角だけで確認しているから曖昧だが、このまま進めばあの柱へと辿り着く。


 「ユキコは、あの柱の近くって行ったことないの?」

 「うん。ない、かな。お姉ちゃんは、よく、見に行ってた、みたいだけど」

 「ふーん……」


 相変わらず正体不明な柱は、空の青さをほんの僅かに反射して薄ら輝いている。

 若干の角度がついて斜めになっているそれは、周りのビルなんかよりもずっと高いし、横幅もそうとうある。。下手したら東京で一番大きなビルやタワーなんかより遥かに大きいのかもしれない。


 こんなものが、何本も東京に突き立っている。

 工事したんだか上空から落ちて来たんだか、はたまた突然現れたのか。

 どれにしたって、少なくとも平和の象徴ではないことだけは間違いなかった。


 「……よし。目印にもなるし、とりあえずあそこまで行ってみようよ。昼までには着いて、日が暮れる前にヨウタ君を見つけちゃおう」

 「うん、わかっ、た」


 目印にはちょうど良いけど、本当にあそこにヨウタ君がいるのだろうか。

 不安はあったが、目的地もない今、私達はそこを目指す他なかったのだった。







 「……意外と早く着いたね」


 携帯を見れば、時刻は昼前ちょっとを指している。スイは私達に気を遣ってか喋らないまま。

 だが、端末メニューの中にフワフワとスイのアバターが浮かんでいて、ニコニコしている。

 ご丁寧に、昨日着たままの衣装データを表示させて。

 笑いそうになったのを咳払いで誤魔化しながら顔を上げると、目の前には柱がそびえていた。


 「……おっ……きい」


 首を真上に上げて、それでもなお頂上が見えない。霞んでいる。

 ビルの群れの中に無造作に突き立ったそれは、近付いてみればますます大きなものに見えた。とてもじゃないが、幅やサイズは計り知れない。


 「来たのは、初めて、だけど、凄いね」

 「うん。一体何で出来てるんだろう……もうちょっと、近付いてみようか」

 「うん」


 ユキコと共に、ビル間を抜けて先へ進もうとする。

 路地裏に入ったところで、ユキコが不意に立ち止まった。


 「……マユ。だめ。そこから、出ちゃ。だめ」

 「えっ?」


 踏み出した足を止め、路地から外を覗く。


 「――っ」


 思わず声を上げてしまいそうになった。

 ビルの合間を抜けたそこは、不自然に大きな広場のように開けていた。

 しかし、そこら中はまるで車の廃棄場みたいにたくさんの物が積み上げられていた。


 ――死骸。龍の死骸が無数に積み上げられていて、そしてその中心に、あの黒い柱が突き立てられていた。まるで墓標のように。

 けれど、死骸だけではなかった。動く姿もある。


 「……」


 ユキも一緒になって路地から外を見る。


 「ちょっと、凄い量、いるみたい。出ない方が、良いかも」

 「えっ、そんなにいる……?」


 ユキが無言で指差した方には、竜の姿がある。しかし、一見すると死骸の一つにしか見えない。が、よくよく見てみれば。


 「……瞬きしてる」


 丸くなった犬のような体勢で、その一匹は眠って――いや、待機しているのだろうか。

 そんな感じで横になった連中が、私の目には数匹は映る。しかし、ユキにはどこに何がいるかわかるらしい。それも雨の力なのだろうか。


 「動いて、ないけど、起きてるのが、何十匹も、いる、みたい。出てったら、危ないと、思う」

 「むむむ……」


 歯噛みする。けど、私達の目的はあの柱なんかじゃない。ヨウタ君を見つけ出すこと。今はそっちの方が大事だ。

 私は、首に下げていた双眼鏡で柱の根元を見る。


 「……入口? 入口みたいなのがある」


 根元には、ぽっかりと口を開けた大穴があった。と言っても、縦も横も幅が広すぎて、ちょっとした隙間くらいにしか見えなくもないけれど、人がまとめて何十人で入れそうなスペースだ。もしかしたら、何かの施設になってるのかもしれない。


 「……引き、返そう。危ないし、ヨウタのこと、見つけないと」

 「……それがいいかもね」


 踵を返して路地から引き返し、私はもう一度柱へ振り返った。


 「……」


 あの有様じゃ突っ込むわけにもいかない。

 私は首を横に振ると、戻っていったユキコの背を追いかけて走るのだった。







 日が、傾き始めていた。

 東京は、たった二人で一人の子供を探すには広すぎる。それを痛感することになった。


 「東京、か……」


 東京駅。豪奢で近代的なのに、どこかレトロな雰囲気のある大きな駅舎だ。

 見覚えだけは強くあった。私の記憶の中にあるそれと、ほとんど何も変わっていない。草木や崩壊に蝕まれていることを除けば。


 近場にある大きなオフィスビルや地価が高そうな建物は、どれもこれも冗談じゃないほど大きい。探したって無駄なんじゃないかってくらいどこもロビーそのものから大きくて、とても一個一個見ていくことなんて不可能だった。


 私たちは、ひとまず駅の中を探索することは諦めた。

 立ち並ぶ大きなビルの一つ、埃まみれのロビーに二人で座り込んで、私とユキコはすっかり消沈してしまっていた。

 私は、私自身も気乗りしない調子で、隣のユキコに声を掛けた。


 「……もう夕方だし、そろそろ帰らないとまずいかも」

 「……」


 ユキコは、体育座りをしたまま喋らない。


 「ユキコ」


 「……だ、め。見つけ、て、帰らない、と」

 「でも、このままじゃ私達まで帰れなくなっちゃう」

 「――だめ!」


 怒声を上げて、ユキが立ち上がる。

 拳を強く握り、震える声で。


 「わ、私たちが、諦めたら、あの子、だって……」


 言葉にならず、ユキコは顔を覆ってくずおれてしまう


 「大丈夫、大丈夫だよ。まだ半日だもん。ヨウタ君も、考えなしに出てったわけじゃないと思うよ。焦るにはまだ早いって」

 「だっ、て……だって……」

 「ほら、ね。ヨウタ君だってママのそんな顔見たくないよ」

 「……」


 泣き始めてしまったユキコをなだめすかしていたら、いつの間にか随分と時間が経ってしまっていた。時刻は十八時。もう日はすっかり落ちて、後は暗くなるだけだ。


 この周辺に竜はいないけど、あの巣みたいなものを目にした以上、下手に動くと竜の縄張りに突っ込みかねない。


 「……ユキコ、夜目って利く?」

 「夜、目?」

 「うん。暗いところで目がちゃんと見えるかってこと」

 「見える、けど、あんまり、暗いと、わかんない」

 「そっか」


 どうやら目は赤くても、夜は普通の人間と変わらないらしい。

 そうなると、とりあえずこのビルで夜を明かした方が良さそうだ。さすがに、ここまで竜が入ってきてるってことはないだろう。外壁のガラスも割れてないし。


 「ユキコ。まだちょっと明るい内に、寝床になるところを探そうよ。このまま下にいたら風邪引いちゃうかもしれないし」

 「……」


 無言で頷いて、座り込んでいたユキコは私の手を取った。

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