第十五話「閑話」
「私、丸一日寝てたのか……」
目を覚まし、携帯のホーム画面を覗いて頭を掻く。
「疲れてたんでしょう。ユキコさんが何度か来てくれてましたけど、ずっと眠ってました」
「嘘っ。私変な寝言とか寝相とかしてなかった?」
「いいえ。ただ、ユキコさんがニコニコしながらマユのお顔を眺めてたりしましたよ」
「え、えと。そっか……」
「あ、ムニャムニャしながら軽く歯軋りはしてたかもしれませ」
「や、やめて。そういう情報要らないから。いいから」
話の腰を折って起き上がり、うんと伸びをしてしばらくボーッとする。眠たくはないが、やることもない。
「……何十年前の漫画なんだろ、コレ」
辺りに散らばった漫画の幾つかを読んでいたら、不意にノックの音。返事をしてしばらく待つと、ユキコではなく、探索に付いてきたあの二人の子供たちが現れた。
「あ、昨日の。君たちは平気? 帰りに怪我とかしなかった?」
「う、うん」
ショウがおずおずと頷いた。なんだか申し訳なさそうな顔をしている。
「あ、あのな、マユねーちゃん。……ごめんなさい」
「……ごめんなさい」
続けてリリも謝ってくるものだから、訳が分からず私は狼狽してしまう。
「えっ、ちょっ、ちょっと何? 私、謝られるようなことされたっけ?」
「……だってねーちゃん、俺たちのこと守ってくれたから具合悪くしたんだろ……?」
「私たちのせいです。ごめんなさい」
……そうか。そういう風に見えてしまったのか。
私は起き上がって、二人の前に立った。こうして見ると、この子たちはホントにまだまだ子供なんだなあと思う。それでも素直に私に会いに来て謝ってくれるのは、きっとユキコの躾が行き届いてるからなんだろう。
内心ユキコに感謝しながら、彼等の頭をそれぞれ撫でてやる。
「ううん。平気だよ。みんなのせいじゃない。心配してくれてありがとね」
「でも……」
「いいの。私、こうして元気でしょ? それに、私のせいでみんなが悲しい顔してるのはやだなあ。だからほら、ね? 笑って。私、みんなの笑顔見れる方が嬉しいよ」
「ねーちゃん……」
「じゃないと……こうするぞー!」
手近にいたショウを引っ捕まえて、思い切り脇腹をくすぐってやる。
「ぎゃー!? や、やめろー! あははははは!!」
「リリもー! ほーらこっちおいでー!!」
「きゃああぁぁ!? やめてよおねえちゃん、やめ、ふふふふふ!!」
しばらく戯れていたら、少しだけ扉が開いて、覗くようにユキコの顔が現れる。
「マユ、元気になった、みたい、だね」
「ユキコ」
ユキコが顔を出してほんのり笑む。
「もうすっかり元気だよ。っていうか、元々元気だったんだけど」
「……そう言って、マユは、無理するタイプ、でしょ」
どうだろう。そうだったかもしれない。
あんまり自分の体調に頓着したことはないかも。
「ほら、二人、とも、マユに、無理させちゃ、ダメよ。離れて、離れて」
はーい、と蜘蛛の子を散らすように私から離れる二人。ユキコのカリスマは絶対だけど、若干もうちょっと遊んでやりたい気持ちもなくはなかった。とはいえ、私は病人だしね。
「ごはんの用意してくるー」
「……おそうじ」
やることを口にして駆けていく二人。当番制って訳でもなかったように思うけど、ホントによく出来た子たちだと思う。
「……あの二人、シンと、合わせて、子供たちの、中でも、リーダー格、なの。だから、しっかりしようと、してくれるのね。背伸び、しなくても、いいのに」
「……なるほどね」
ママに良いところを見せたいわけだ。そりゃあ、私にちょっかいだってかけたくなるんだろう。
「……どうし、たの?」
「ううん、なんでも」
鈍感というか、なんというか。ママは天然で人たらしなんだろうな。
まあ、だからこそ、この場所この状況で子供たちが生き残ることができてるんだろう。
「そうだ、マユ。その服も、洗濯、するから、脱いで」
「……えっ。だっ、こ、これ脱いだら替え無いんだけどっ」
「お姉ちゃんが、置いてった、服がある、から」
「そ、それは私が使っていいの?」
「いいの。ほら、早く、脱いで」
「ひ、ひえー!?」
思ったよりも強引に脱がされて、私はその後着せ替え人形にされるのだった。
「フリフリ。リボン。カラフル。フリフリ……」
「目が泳いでますよマユ」
「ふふ、うふふ」
記憶を失う前ですらきっと着た覚えもないようなゴテゴテ、フリフリの派手な服を着せられ、『じゃあ、洗濯してくるからそのままでいてね』と投げ出された私は、ソファーに座り込んで西洋人形のように固まっていた。
「マユはいいなあ。私、専用のデータがなければ見た目も変えられないので……」
「いいもんでもないよ、落ち着かない……。そういや、スイのデザインは誰がしたの?」
「私ですか? うーん、多分、秘匿された記憶データの中かと……」
「それも結局わからないか」
私は、改めてスイと向き合う。じっ、とその顔を覗き込む。
きょとん、とした目で見返してくるその顔は、やっぱり少し私の顔に似てる気がする。赤い目に白い髪と、現実離れした容姿ではあるけど。
「ねぇスイ。スイのデータって、私じゃイジれないの?」
「え? う、うーん。できるのかもしれませんが、あまりオススメはしないというか」
「どうして?」
「その、私の人格データまでおかしくなったりするかもしれないですし」
「じゃあほら、外見だけでもイジったりとか」
「そのくらいなら……できるのかな?」
スイ自身もよくわかってない、といった顔で首を傾げる。
「そういえば、携帯はまだあんまり触ってなかった」
「わわわ」
適当に操作してみると、中空にたくさんの数値やグラフが立体映像で表示される。
ほとんどのパラメータには鍵のマークでロックがかかっていたものの、外見のパラメータはどうやら好きに操作できるようだった。数値やスライダーで表現されているためよくわからないが、見たところスイには、写真で撮った服をそのまま適用できる機能があるらしい。
数値部は、なんだかスイの見かけにそのまま直結してしまいそうな項目がたくさんあったのでやめておいた。突如二メートルの巨体に変化するスイとか絶対見たくないし……。
「じゃあ……スイ、撮影モード!」
「ふえぇい」
「私を撮影して、服のデータを取り込んで自身に適用してみて」
「えぇ、でもマユ」
「め・い・れ・い」
「ううぅぅ」
スイの像から撮影された私のデータが、スイの外見に投入される。端末側に表示されたスイのデフォルメされた可愛らしい外見に、私の今着ているゴスロリな感じの服装が適用された。
……おぉ、思ったよりも自然なイメージになってる。
そう思って顔を上げると、既にスイの格好は、私の着ているそれと完全に同一の物へと変化していた。
「……あの、マユ?」
私の衣装と同じ、煌びやかなデザインのそれを纏ったスイの姿。
頬を赤らめて、上目遣いで困惑顔の白い少女の姿。
「にひ」
「悪い笑顔!?」
「他にもまだまだ服あるんだよね」
「う、うわー!? まだやるんですかマユ! ちょっとー!!」
「ふははー、次は貴様の番だ―!!」
その後しばらく、私がやられた分の三倍くらいの時間をスイの着せ替えごっこで楽しんだ。




