第十二話「地下施設」
六本木の地下に広がる大規模レジャー施設、ミッドタウン。
不思議と、何度か来た記憶がある。いや、記憶というよりは、そんな気がする程度だけど。
ユキコに案内されて辿り着いたのは、大きく広い地下複合空間――の残骸。今は廃墟、遺跡と変わらない。
ほとんど真っ暗だけど、自分の記憶とそこまで構造は変わっていないように思う。
辺りは水の匂いと、森の中のような濃い植物の匂いで満ちている。そう言えば、施設の中に水が流れてるところがあった気がした。そのせいかな。
地下にあるお陰か、上のように錆まみれになっていたりはしないようだった。空気も澄んでいるし、風がない分外よりもずっと静かだ。
「ここは、竜も、入って、来れないから、安心して、ゆっくりできるん、だ」
入るなり、止める間もなくシン君が闇の中へと駆けていく。
「シン。外には、出ないで。それと、あんまり、遠くまで行かないように、ね」
はーい、と返事。どうやら、この中は本当に安全らしい。ユキコも当たり前のようにシン君を見送っている。
「ちょうどいい、ね。探し物、しちゃおっ、か」
「……あはは。ごめんね。ユキコ」
「うう、ん。大事な、ことだ、もの」
暗い中を案内されながら、ユキコに尋ねる。
「ここ、安全なんでしょ? なら、あんな駐車場じゃなくてここに移住したらいいのに」
「ううん、そうも、いかないわ。ちっちゃい、子供たちも、いるし。もし、途中ではぐれたら、どうしようもないし、何より……」
「何より?」
「あそこ、は、みんなが、帰ってくる、ための場所、だから」
「……ユキコは、えらいね」
「そんなこと、ないよ。勇気が、ない、だけ」
そう言ってユキコは笑う。
その選択だって、とても勇気ある選択に見えた。戻って来るかもわからない仲間たちの帰る場所を保ち続けることも、こうやって街に出て、日々を生きる糧を自分の手で得続けることも。
「そう、だ。ここ、ね。水が、まだ出るの。綺麗なの、が。シャワー、浴びられる、よ」
「ホント? 嬉しい! ……夏場とはいえちょっと寒そうだね」
「それは、しょうがないよ」
ユキコに案内されて、内部を散策する。
外ほどの老朽化はなく、静まり返った空間に冷たい空気の落ち着いた場所だった。
水の流れていたはずの壁に水は流れていなかったけど、代わりにうっすら苔が生えていて、吹き抜けの天井から差す光が幻想的な光景を作り出していた。
「あの、雨。建物は、壊すけど、植物とか、生き物には、あんまり、影響がない、みたいなの。大人は……違う、けど」
「そうなんだ……」
言われてみれば、苔の覆うそこにあまり劣化は見られない。植物がその効果を防いでいるのか、それとも単にあまり吹き込んでいないだけなのか。見上げれば、天井のガラスは半分溶解したような形で垂れ下がっている。
「……何にしても、お試しで浴びるにはちょっと勇気いるよね」
「やめ、といた方が、いいと、思う。多分、平気だろうけど、もしも……ううん」
その先は、ユキコが言わなくてもなんとなく察しがついた。
「……ねえ、ねえ。マユ」
「ん? どしたの、スイ」
「ホントに、ここにいて良いんでしょうか」
ざあざあと冷たいシャワーに肌を打たれながら、脱衣籠の中のスイの声に耳を傾ける。
無事当面の着替えを揃えた後、ユキコに案内されて、レジャー施設からは少し離れたシャワーの場所を教えてもらった。
なんとかクリニック、みたいな文章の書いてある看板が途中にあったから、多分ここで働いてた医療関係者向けの設備なんだろうなと思う。
「ここにいて良いか、ってどういう意味?」
「ええと……何て言えばいいかわからないですけど、良くないことが起きる気がします」
「良くないこと、かあ。人工知能がそんな曖昧なこと言うの?」
「ううん……よく、わからないですけど」
それきり、スイは黙ってしまう。
何が言いたいのかよくわからないけど、危惧することでもあるのだろうか。
三日ぶり、少なくとも目が覚めてから三日ぶりくらいの冷たいシャワーを浴びながら、カラッポの頭を回す。
確かに、ユキコが信用できると確信を持ったわけじゃない。
あの子たちも、ヨウタ君と、シン君以外の子はまだ話してもいないし、何かされるかもしれない。
けど、ユキコのあの献身的な様子を見て、疑えるかと言われるとわからない。信じてしまいたいと思う。いや、信じたい。
だからこそ、スイの疑念や不信がわからないのは問題なのかもしれないけど、少なくとも今の私には、あの子たちが危険な存在だとは思えなかった。
――私は、間違っているのだろうか。
「……私は、大丈夫だと思うよ。スイ」
「……」
返事はなかった。スイなりに心配してくれてるんだろう。きっと。
さて、と体を洗いながら視線を落とす。……そんなに豊かではない胸がある。
これは、これはまあ、今後に期待するとして……やっぱり、白い。
次に洗える機会がいつかもわからない。指先から爪先まで丁寧に洗いながら、その白さの原因は何かと頭を巡らせるも、全く見当もつかない。
手首に視線をやり、目を細める。薄い、透き通った肌。病的に。赤さはない。
じっと見つめる。水の音が次第に激しくなってくるような錯覚に、心臓の鼓動が早く聴こえる。この下には、血が流れている。どくん、どくんと。赤いはずの血が。そうに決まっている。
私はふっと口元に笑みを浮かべた。
……あるわけがない。
少しだけ伸びた爪をそっと白い肌の上にそえて、何度か深呼吸をして息を整える。
そして、私は、手首にゆっくりと爪を食い込ませ――。
「――わああぁぁぁ!!」
「きゃああぁぁぁぁ!?」
「!?」
外から悲鳴が聴こえた。しかも、一つじゃない。
今の様子だと、そう遠くない。ユキコか、シン君か、それとも――
「――ひょっとして、あの付いて来てた子たち!?」
慌てて外に出て、びしょ濡れの体をほとんど拭くこともなく慌ててシャツを羽織り、スカートを履く。
「マユ!? い、今の……!」
「うん、聴こえてた! 急いで助けに行こう!」
籠から携帯を手に取り、ワイシャツではなくスカートのポケットに放り込む。
リュックを背負うか一瞬迷い、ホルスターもリュックも、どちらも持って駆け出した。。
――お願い、無事でいて。




