第十一話「調達」
下へ戻ると、薄暗がりの中で赤い目が見返していた。思わず私は硬直してしまうが、ユキコは固まる私に不思議そうな目だけ向けて、中へと戻っていった。
「ヨウタ、おはよう。早い、のね。もう、みんな、起きたの?」
「うん。起きてるよ」
ててて、とママ――ユキコと手を繋ぎ、ヨウタは私にも振り返ってしばらく見つめると、満面の笑みを浮かべてくれる。かわいい。この子は、どうやら私に警戒を向けてこないみたいだ。
「……ユキコは凄いね。この子たち、みんなユキコが育ててるんでしょ?」
「そんな、凄いことなんか、ないよ。みんな、頭も良いし、聞き分けも、いいから、私、苦労、してないだけ」
ヨウタと手を繋ぐユキコは、こう言ったらなんだけど聖母のようだ。
子供たちが言うことを聞いてしまうような、そんな不思議な魅力があるのだろう。
私だって、そのくらいの歳だったらこんなお姉さんに甘えてみたい。真面目にそう思う。
「……マユ、難しい顔、してる? 大、丈夫?」
「あっ、いや、なんでもないなんでもない」
顔に出てた。
午後からは食料や資材集めをするらしい。
年長組の子たちが三人いて、普段はその子たちの中で二人が居残って子供たちの世話。もう一人はユキコと一緒になって食料を探す。そして今回は、それに私が加わることになった。
「私、荷物持ちくらいしかできないけど……いい?」
「もち、ろん。私たち、二人だけだと、限度があった、から、とっても、助かるわ」
「……うん」
表情自体はあまり動いてないはずなのに、ユキコはいちいちとても嬉しそうな反応をしてくれる。こんな顔を見せられたら、子供たちだって、この子の曇った顔は見たくなくなるんだろう。
一緒についてくるというシンくん……年長組の中でも一番の年上なガキ大将だそうで、フンフンと鼻を鳴らしてやる気満々だ。
「オイ真っ白ねーちゃん! かーちゃんは俺たちんだからな! やんねーかんな!」
「はいはい。わかってるよ。てか、真っ白言うな」
「シン。慌てて、ケガ、しないようにね」
あったりまえじゃん! と元気よく応えるシン。
なんだか、きっとここは上手く回っているのだろうな、と思う。
「マユ」
「ん? どした、スイ」
携帯を取り出すと、久々に、液晶上にスイの像が浮かぶ。眉根を寄せて、表情が不穏だ。
「気をつけて。どうやら、何人かついてくるようですよ」
え、と振り返りかけたが、チラッと後ろを見るに留める。
出て来たトンネルの周りに散らばるガラクタや車の陰から、青い髪が揺れている。めっちゃ目立つ。バレバレ。
「あらまあ。可愛らしいことで」
「……? マユ、どうし、たの?」
「ん? あ、いや、なんでもない」
ふふふ、何かしてくる気かな? お姉さんが遊んでやろうではないか。
内心邪悪な笑みを浮かべながら、私はユキコに伴って歩き出したのだった。
「それで、ね、この辺の、食べ物は、大体、取り尽くし、ちゃったの。だから、割と、遠出しないと、いけなくて。あと、実は、畑とかもあったり、するんだけど……」
ユキコは地図を開いて、今までに使った食料品店やホームセンターなどの場所を教えてくれた。どれも丁寧に赤丸や注意書き、付箋などが貼ってあって、ユキコのマメさがうかがえる
私だったら、多分胸ポケットの中のコレに任せちゃう。
「そういえばユキコ、携帯は無いんだね」
「けい、たい……?」
「……えっと、これ。こういうの」
携帯を胸ポケットから取り出して見せる。ユキコはキョトンとしている。
「……そういうのが、置いてあるお店は、知ってる、けど。触ったこと、ない」
「使い方は……わかんないか」
「……? うん」
首を傾げて肯定するユキコ。
てっきり当たり前に使えるものだと思ったけど、そもそもありふれてなければ使うこともないのか。携帯を持ってる私の方がイレギュラーなんだろう。
「何に、使うの?」
「えーっと……暇潰し、とか? ね、スイ」
「私そのものを暇潰しみたいに言うのはやめてくれません……?」
「……」
あれ、一緒にいる二人が喋らない。
「えと、ユキコ? シン君……?」
二人とも、それぞれ信号みたいな目をパッチリ丸くして驚きに満ちた顔をしている。
「スゲー! なんか喋った! 何今の! スゲー!」
「……マユ。ええと、あの。それ、なあに?」
シン君、もう目なんかキラキラさせて、両の拳を握って興味津々。
ユキコ、穏やかに笑っているように見えるが、どう見てもワクワクしている。
「スイ、自己紹介」
「ええーっ」
「ほら早く」
私が急かすと、近くの空気が一瞬揺らいだ後、スイの姿が現れる。
照れてるんだか機嫌を損ねてるんだか曖昧だけど、体の後ろで手を組み、視線は明後日の方を向いて、落ち着かなそうに体を揺らしている。
「……えと。スイと言います。マユ……真由様のNSです。よろしくお願いします」
コイツ、実は典型的な内弁慶なのでは。
私に対しての対応とあからさまに違うぞ。
「……かわいい」
「すげー! どうなってんのこれ! すげー!」
ユキコはもう小動物を見るかのようにうっとりした目で、シン君は子供向けアニメのヒーローでも目にしたかのような反応だ。
対してスイは露骨にげんなりとした顔。私の方をチラチラ見てもう姿を消していいかと言いたげな視線を送ってくる。いい機会だし構ってもらえばいい。
「ね、ねえ、触っちゃ、だめ?」
「すげー!! 魔法!? 幻術!? ニンジャ!?」
「あうううマユうぅぅぁぁぁ」
「気に入ってもらって良かったじゃん。遊んでもらいなよ」
「遊ばれてるんですけどー!」
その後は散々、やっちゃダメと言われたことをやられたり、質問責めにされるスイだった。
「スイ、今どの辺?」
「はい。今は…………ううん、なんだか通信状態が良くないですね。今は、えっと、六本木の近く……くらいだと思います」
「六本木か。華やかなイメージあったけど、これは……」
私達が通ってきた道は、どこもことごとく錆びきっていて、綺麗なイメージからは大きくかけ離れていた。
知らないわけじゃなかったはずなのに、この変わりようじゃ私にもわからない。
舗装されていたはずのコンクリートはぐずぐずだし、ビルのガラス窓は腐食したみたいに溶けている。柱も赤錆に覆われて、少しでも触れたら折れそうだ。風雨に曝された建物の上の方は、赤く零れ落ちたチョコレートみたいな有様になっている。想像以上に凄まじい。
「この辺りは、海の、近くでもないのに、風化が、とてもひどい、の。あの、雨がよく、降るから、なの、かな……」
「……」
黒い雨。ふと空を見上げてみれば、朝の晴れ空に比べると少し曇りがちになってきているようだ。ビルが多いから雨宿りには困らないだろうけど、運悪く本降りの時に外にいたらたまらない。
「こういう時、天気予報なりあれば良いんだけどね」
「はーい私は全自動お喋り人工無能ですーマユお話しましょー」
「……さっきのこと、まだ根に持ってんのスイ」
「ぶー。知ーりませーん」
シン君の遊び相手にさせておいたらすっかり拗ねてしまった。後でなんか適当にフォローしておこう。
「マユ。私に、ちゃんと、ついてきてね。裏路地通る、時、迷っちゃうと、困るから」
ユキコの先導で、ほとんど建物の中を通って移動した。
どこもかしこも鍵はこじ開けられていたり、壊されていて、とにかく細い道ばかりを通っている。あの恐竜を避けるためのルートが強かなまでに構築されているのだろう。何度かその姿を見かけこそしたものの、襲われることはなかった。
シン君も随分慣れているのか、私が苦労する道をひょいひょいと進んでいってしまう。
「ねーちゃん、おっそいー!」
「うるせー! こちとらっ、慣れて、ないんだよっ」
煽られながら、ボロボロになった路地を通る。壁が崩れて障害物になっていたり、足場が砂のようになっていたり。ちょくちょくユキコも立ち止まって様子を見てはくれるが、あの子、何気にシン君よりもっとずっと慣れている。迷う気配も疲れてる様子もない。
「これも、ね。元いた、みんながやったんだけど。今は、利用させて、もらってるの」
「そう、なんだ。はっ、はぁ」
「……! マユ、ストップ。シンも」
大きな通りに出る直前で、ユキコの手が私たちを制止した。
ごるる、と低い唸り声を伴いながら、あの恐竜の横顔がすぐ近くを通り過ぎる。
「……あの、黒い、大きなトカゲ、みたいなの。私達は、そのまま、『竜』って呼んでる」
「竜……」
見ての通り、そのままを表した言い方だなあと思う。確かに、それ以外言いようがないけど。
「私、たちは、そう呼んでる、けど、いなくなった、みんなは、他の呼び方、してたかも。えっと……どらぐ、れす? だったかな……」
「ドラグレス……」
私たちくらいの年頃らしいというか、若干中二病な臭いがするというか。
「何か、意味、あるみたいだけど、私、教えてもらえなかった……」
「ふーん……どうせ大した意味もないでしょ。カッコつけだよ、カッコつけ」
「ふふ、そう、かもね」
こんな可愛くて素直な子を、仲間外れか……。
どうも腑に落ちなくて首を傾げる。
ユキコは、通りの向こうを覗き込んだまま油断なく様子を見ている。
「ここを、抜けたら、すぐ、そこだから。マユ、お疲れ、さま。もう少しで、休めるよ」
「あ、はは。さすがにちょっと疲れたかな……」
慣れない道を歩いて、思った以上にくたくただ。
と、そういえば大事なことを忘れていた、とユキコに近寄って耳打ちする。
「あ、あのね。ユキコ。その…………」
「……ごめ、ん。マユ。気が、利かなく、て。後で、一緒に、探そっ、か?」
「う、うん」
もじもじと、私はユキコから離れる。
「ねーちゃん、かーちゃんと何こしょこしょ話してたの?」
「……内緒!」
「へー?」
男の子相手に言えるわけないじゃない。
替えの下着、そろそろ見つけなきゃと思ってた、だなんて。




