第十話「決意」
「ねえ、マユ。マユってば」
「何さ」
「あの人たち、信用してもいいんですか?」
「……」
広場――トンネル内に備わった大きな駐車場を利用しているらしい。
その広場の隅に、もらったクッションを引いて私は座り込んでいた。足元には、まだ未開封の缶詰がある。彼らも主に拾ってきたこれを食べているらしい。私も幾つか貰った。
「正直、わかんない。あのユキコって子も何考えてるのかよくわかんないし、それに……」
顔を上げる。赤い目の幾つかがこちらを見ている。不審そうな目で。
そりゃ私は部外者だけど、何もあんな顔で見ることないんじゃないかと思う。
「……まあ、今のところ何も起きてないし、しばらく様子を見るよ」
「そんなのんびりしてていいんでしょうか……」
スイの不安もわかるけど、私だって誰もいないところで一人眠るのは寂しい。誰かいるなら、そりゃ頼りたくもなる。例え、それが私の知る人間と少し違うように見える相手でも。
「おねえちゃん」
「ん?」
赤い目と、目が合う。青い髪の少年が、いつの間にか私の近くに来ていた。
ぱちぱちと瞬きする大きな目は、なんだか見覚えがあるような。
「助けてくれてありがとう」
「え?」
ぺこり、と一礼して、少年は焚火の近くへと戻っていった。
「……助けた? 私が?」
「ひょっとして、あの時恐竜に襲われていたとか、ですかね」
「あー……そうなのかな?」
首を傾げる。もしかして、恐竜をおびき寄せた時、あの子が下にいたのだろうか。そうでもないと今のお礼の辻褄が合わない。となると、あの時飛び降りたのもさっきの子?
「……ますます、普通の人間じゃないのかも。でも……」
焚火のそばに座る男の子は、その子だけは、私を真っ直ぐに見てくれていた。
「人助けも、悪い気分じゃないかも」
「偶然助けたのにですか?」
「うっさい」
スイをたしなめながら、ぱこ、と缶詰を引き開ける。
牛肉の時雨煮。これはホームセンターから持ってきたやつだ。
当然、賞味期限はとっくに切れている。
「……スイ」
「遺言とかそういうのはいいです」
「先読みするなよ……なんかスイ、私への対応が雑んなってきてない?」
「そんなことないですよ」
一緒に持ってきた割り箸をパチンと割って、しばらく中身を見つめた後、箸をつけて口へ運ぶ。ほろほろとした肉質のそれを、ゆっくりと咀嚼する。
「……」
「どうですか、マユ」
「……普通にイケる」
もぐもぐと口に入れながら言う。
予想外にも、美味しかった。賞味期限は切れているはずだが、気にならない程度には箸が進む。黙々と食べきって、一缶すぐに空けてしまった。
続けて、ここで貰ったのも数缶開けて食べてみる。魚とか、野菜の煮物とか。どれも傷んでいたり、味が落ちている様子はない。
「……なんか、やっと人心地ついた気がする」
「お腹、大丈夫ですか?」
「うん。少なくとも、今は……」
腹を撫でさすりながら、ため息をつく。
満足感に浸りながら周りを見渡すと、少年少女たちはみんな思い思いのところで横になったり、トランプか何かで遊んでいたり、ボードゲームみたいなものを触っているような子たちもいる。
中でも一際小さな子たちは、その大半がユキコの周りに集まっている。絵本の読み聞かせをしているみたいだ。あの本屋から色々持っていったのはユキコだったんだろうか。
「十人……えっと、全部で十五人くらいかな」
広場の中にいるのは、ユキコの周りに集まる四人ほどと、後はそれぞれグループがあるようで、二、三人ごとに集まっている。意外なほど穏やかに静かで、変に騒ぐ子がいたりはしない。
「あの、ユキコ……さん?」
私がユキコのそばに寄ると、波が引くように子供たちはその背に隠れる。
「こら。マユは、何も、しないわよ」
ユキコのお叱りに、おずおずと子供たちは顔を出す。
「ごめんね、マユ。この子たち、人見知りが、激しいの」
「大丈夫ですよ。きっとこう、私みたいなのが来たのも、初めてでしょうし」
「……ねえ、マユ。敬語じゃなくても、いいよ。私のことも、ユキコとか、で、いいから」
「そう……なのかな。じゃあ、えっと……ユキコ?」
そう呼ぶと、ユキコは柔らかく微笑んだ。この子の笑顔には、何か魔力がある気がする。うっとりするというか、見惚れてしまいたい気分になる。
そのまま黙っていたら、ユキコの方が落ち着かなくなってしまったらしい。
「……えっと、私、顔、何か、ついてる?」
「あっ、いや、何も。ただこう、美少女だなあと」
誤魔化しにもならないような台詞で誤魔化す。そう言うとユキコはしばらくきょとんとしたように目を丸くしていたが、くすくすと笑った。
「私、マユの方が、美人だと、思うけど」
「そんなことないよ。その……目とか、綺麗」
「……ありがとう」
少し、その顔が曇った気がした。しまった、地雷踏んだか。
「……あの、ね。私、こんな風に、喋るの、苦手だし、鈍臭くて、足も、遅いし。みんなと違って、目も、この色、だし。それで、なんていうか……嫌われ、ちゃって」
ユキコは俯いて話す。きっと、こうやって胸の内を話す相手もいなかったのだろう。
「ホントは、ね。もう少し、私と同い年か、それより上くらいの仲間が、何人かいたの。でも、みんな、散り散りに、なっちゃって。残ってるのは、この子たちと、私だけ」
そう言って、ユキコは儚げに笑った。
「だから、ね。マユが来てくれて、私、とっても嬉しいの。この子たちも、ちょっと、人見知りだけど、そう思う時が、必ず来る、はずだか、ら」
「ユキコ……」
決まり悪く、頭を掻く。
頼ってくれるのは嬉しい。何もない、自分のことすら知らない私を。
「あなたが、満足するまでで、いいの。私たち、邪魔したり、しない。だから、しばらくでいい、から、私たちと、一緒にいて、ほしいんだ。……だめ、かな?」
でも……私は……。
「……わかった。ちょっとだけ――お世話になるよ、ユキコ」
「ホン、ト? 嬉しい。ありがとう、マユ」
その笑顔を、今は曇らせたくないと思ってしまった。
翌朝。東京の街は深い霧が出ていた。
私達が眠った駐車場は、そのまま中を通って、今は廃ビルになった立体駐車場の屋上に出ることができた。
遠くまで見通せるけど、ビルの輪郭は大体どこもぼんやりとしている。普通に見えるのは、あの異様に高く大きい、鋭くそびえた何本かの黒い柱だけだ。
この向こうにあるはずの街では、当たり前の日常は続いているのだろうか。
「……こうして見ると、普通に都会の朝です、って感じなんだけどなー」
ホームセンターから貰ってきたお高い望遠鏡で、眼下を隅々まで眺めてみる。朝は恐竜も寝ているのか、それらしい姿は見えない。霧で隠れているだけかもしれないけど。
朝陽の柔らかな色に染められる街並みは、思わず見入ってしまうほどに穏やかだった。
「……マユは、東京、好き?」
「え? んー、どうだろ……あ、でも東京の地理には何故か詳しいから、そうだったのかもしんない」
「そう、なんだ。私も、朝の東京は、好き。あ、でも、夜も、好きかな。どっちも、好き」
屋上の端に座って、ユキコはプラプラと足を揺らしている。
「今日は、霧で見えないけど、いつもは、もっとずっと、澄んで見えるの。窓の、一つ一つ。その中。置いてある、物に、書いてある、文字とか、きっと、誰かが使ってた、ものとか、ぜんぶ。それが、みんな、眠ってるみたいに、そこにあるの、眺めるのが、好き」
「ほうう……」
詩人だ。無垢に笑うユキコは、景色の向こう側にかつての賑わいを見つめている。
私も、そういうノスタルジックな気持ちは持ってるつもりだ。でも、どうだろう。こんな風になってほしいと思ったことも、ひょっとしたらあったかもしれない。ユキコとは違う、暗い気持ちや、憂鬱な気持ちから。
でも、だからって私がそう望んだから滅んでしまったなんて、そんなことはないはずだ。それなら、他の人の抱く暗い気持ちでもう何百回と滅んでしまっているだろうし。
そう言えば。まだ色々と聞いてないことがある。せっかく二人でいるんだし、聞いとこう。
「ねえ、ユキコ。ユキコは、私以外の、その……髪の青くない人に出会ったことって、ある?」
「ある、よ」
「ホントに? その人たちって……」
「ごめん、ね。あんまり、話したく、ない」
「うえっ、あ、えと。聞いちゃまずいことだったかな……」
「ううん。でも、聞いても、しょうがないと、思うから」
そう言って、足を止めて顔を落とすユキコ。
迷う。だけど、聞いておきたい。……聞かないわけにもいかない。
「……これからしばらくここにいるのに、教えてくれないこと?」
「……」
ちょっとずるい言い方だと思った。言ってから、ちょっと後悔した。
でも、多分、こういう状況だと隠し事は少ない方がいいはずだ。お互いのためにも。
「……たまに、ね。……死んでる、の。人が。でも、死んだ、瞬間は、見つけられなくて。いつも、いつも手遅れなの。みんな、お祈りしたり、頭を抱えるみたいに、してて。建物の、中とか、道路の真ん中、とか。顔は、わからないの。けどみんな…………えと、あのね……」
「……わかった。わかったごめん。ごめんね、ユキコ」
やっぱり私が悪かった。きっと、思い出したくないような有様なんだろう。
思ったより、東京には良くないものが潜んでいるらしい。ここから見下ろす景色はこんなに綺麗なのに、誰かが何かを企んで、罪もない人が巻き込まれてるのか。
何にしても、気に喰わない。私もその企みの手の内で踊っているのかもしれない。けれど、そのまま踊りっぱなしは嫌だ。
「……よし。ありがとね、ユキコ」
「え? う、うん……」
もう一つ、目的が増えた。
記憶を取り戻す。そして、東京で何かしてるヤツを見つけて、ぶん殴る。少なくとも、そのくらいのオトシマエはつけてもらわないと気が済まない。
私の青春の一ページを、こんな廃墟の中に封じ込めたりなんてさせないんだから。




