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第1話

 都市伝説。

 簡単に言うと、人から人へ口伝えやネットなどを通して広がる現代の噂話。

 まあ、下水道のワニや都庁の巨大ロボットなど、その内容は幅が広いが、有名なものといえば「トイレの花子さん」「口裂け女」「人面犬」などの怪異系の都市伝説だろう。

 そんな都市伝説の中で、注目されつつあるのがここ

 きさらぎ駅

 きさらぎ駅とは、この世には存在しないはずの駅。つまり、この世ではない場所にある、いわば異界の駅ってことだ。

 ネットで話題になってから、このきさらぎ駅の噂は若い人たちに広がりつつある。

 そんな中、この状況に悩んでいる者がいる。

 この僕だ。

 僕は、今話題のきさらぎ駅の駅長だ。

 きさらぎ駅は異界…俗に言うあの世と現世…この世の中間地点としての役割を担う駅(「この世」「あの世」って言い方は好きじゃないけどね)。異界の住人が現世に遊びに行くときの見送りや、死者をヨミの国へと送る案内が僕の本来の役目だ。

 しかし…何故、このようなことになっているのだろう…。

「はあ…」

「どうしたんだ駅長、ため息ついて」

ふと、頭上から良く知った声がした。

 デスクから顔を上げると、車掌姿をした笑顔の知り合いが、僕の前に立っていた。

 彼は猿夢。

 性格には、猿夢の中に出てくる列車の車掌だ。

 猿夢については詳しい内容は省くが、人懐こそうな明るい笑顔とは裏腹に、結構残虐な内容の怪異である。彼曰く、善人は狙わないらしい(他は知らないけど、とも言っていた。他もいるのかよ…)。

「ため息もつきたくなるよ…」

僕は、猿夢に愚痴をこぼす。

「最近、生きた人間のお客さん多すぎだって…、去年と一昨年あわせても1人いるかいないかだったのに、今年はすでに4人…5人だっけ?とにかく多い…異常だろ」

「まあまあ、いいことじゃないの?俺も最近客が増えて忙しいけど」

 たまに善人乗ってくるから困るけどねー。と、猿夢は苦笑する。

「いや、お前は業務の範疇内だからいいだろ?僕は生きた人間に対しては業務の範疇外なの。ここは元々死人とか怪異や妖怪のための駅なのに、生きた人間が来るなんて予測するわけ無いだろ…」

 僕はさらに深いため息をつく。そう、生きた人間が来るなんて予想外、いや1回や2回ならまだしも、このように何回も起こるなんて考えたことすらなかった。

「どうやってみんなこの駅にたどり着くんだろうな」

 そうやって笑う猿夢に「僕が知りたい…」といってやった。笑い事じゃない、本当のことだ。

「どうにかしたいよなぁ…」

『どうにかしようと思って、どうにかできるものではないと思いますが』

と、僕のつぶやきに反応する、猿夢とは別の声。

 声の方向を向くと、その先にはテレビがあった。

 先程までテレビの電源は切っていたはず、ところが、スイッチをいじっていないにもかかわらず、テレビの電源がついている。光るその画面には不気味な背景と、その背景にそぐわない凛とした態度の利発そうな女性の姿が映っていた。

「あ、エヌ。また遊びに来たのか?」

僕と同じように異変に気がついた猿夢が、平然とテレビの画面に向かって話しかける。

『ええ、まだ今夜の放送まで時間がございますので、お邪魔させていただいております』

はきはきとした口調でテレビの中の女性は答えると、にこやかな笑みを浮かべた。

 彼女の正体は「NNN臨時放送」通称「エヌ」

 簡単に言うとテレビで起こる怪異現象だ。彼女自体テレビの電波の怪異で、よくきさらぎ駅においてあるテレビに遊びにやって来るのだ(ちなみに、このテレビはエヌ専用のテレビである)。

『話はおおよそ聞かせてもらいました。確かに駅長さんのおっしゃる通り、ここ最近は異常です。当番組も去年、一昨年に比べ放送回数が異常なほど増加しております。正直なところ、私も非常に困惑しております』

聞き取りやすいアナウンスのような口調だが、喋っているときの仕草や表情からエヌも相当困惑していることが伺える。

『ですが、我々怪異にはどうすることもできません。我々怪異は幽霊以上ではありますが、妖怪未満の存在なのですから、この異常を正常に戻す力はないのです。とても残念ですが』

そう、エヌの言う通り、僕ら怪異の正体は妖怪のなりそこない、「幽霊以上妖怪未満」の存在だ。

 僕はこのきさらぎ駅では最も強い力を発揮できるけど、妖怪相手には五分五分かどうかも怪しい。この異常をどうにかできる力なんてあるわけない。

「でも…何とかしたいなぁ…」

わかっているけど、僕はもうこの状況にうんざりしているのだ。

 僕は正直、人間があまり好きではない。

 人間、悪い者ばかりではないと頭ではわかってはいるが、どうも人間を好きになれない。死者を相手にするのにも頭を悩ませているのに、生きた人間なんてどう対応していいかわからない。

「まあ、俺たちは神様じゃあないからな、気持ちはよくわかるが諦めるしかないよなぁ」

猿夢は同情するように、僕の方を優しく叩く。

『その通り、私も猿夢の車掌さんのおっしゃる意見に概ね同意いたします』

と、エヌは言う。このエヌの言葉に猿夢は

「『概ね』って何か他に言いたそうな言い方するな」

何かあるのか?と問う。

この問いに、エヌは『ええ』と応じる。

『確かに、我々にはこの異常を戻す力はございません。そこは諦めるしかないでしょう』

ですが、と、エヌはきりっとした表情を浮かべる。

『我々にもできることがあるのではないでしょうか?と、私は考えております。つまり、まだ諦めるのは早いのでは?ということを私は申したいのです』

「と、いうと?」

僕はエヌに話を促す。僕は今のところエヌの話の7割くらい理解していない。

 それを察したのか、エヌは『要するに』と話を進める。

『この異常に対して適応するためのルールを、こちらで作ってしまえばいいのです。そのようなことを罰するものは何も無いのですから、こちらで好きにやってしまえばいいと私は考えております』

例えば、と、エヌは先生の持つ指示棒のように、左の人差し指をピッと立てる。何かを説明するときのエヌの癖だ。

『当番組では、放送回数および犠牲者の増加に伴いまして、あらかじめこちらで犠牲者を絞り込んで放送するという試みを実施しております。この方法ですと原稿の量も少なくてすみますし、何より犠牲にならなくて良い者を犠牲にしてしまうというリスクが格段に減少します。犠牲者を絞り込むとい作業は必要となってしまいますが、デメリットよりもメリットのほうが多く見込まれます』

「ルールか…」

エヌの説明に僕は納得する。成程、確かにきさらぎ駅では「死者をやみ駅行きの列車に乗せる」ということぐらいしか決まりが無い。エヌの『犠牲者を絞り込んで放送する』のように、何かしらのルールを決めるのもありかもしれない(ちなみに、NNN臨時放送は明日の犠牲者を放送する番組だ、犠牲者がどのような基準で選ばれるのか、その犠牲者が明日どうなるのかは知らない)。

『猿夢の車掌さんの「善人は狙わない」のようなモットーでもいいでしょう。とにかく何かしらの決まりを作ってみてはいかがでしょうか?』

「同感だな」

エヌの言葉に、猿夢は納得だというように頷く。

「駅長、お前は今まで生者にどんな対応をしていたんだ」

「放っていた」

猿夢の質問にきっぱりと答える。

今まで1年に1人来るか来ないかだったから、それでよかったけど…

「多分、今の状況だとそれじゃあ対応できないだろ。エヌの言うとおり生者にも何らかのルールを作った方がいいぞ?」

確かに、猿夢の言うとおりだ。

「じゃあ…作るかな」

『そうですよ!』

僕のつぶやきにすぐさまエヌが反応する。

『何かしらの決まりごとがあった方が怪異として魅力がありますからね。ひょっとしたら都市伝説としてより有名になることができるかもしれませんよ!』

「いや、有名にはなりたくない」

僕はエヌに突っ込みを入れる。

有名にはなりたくないが…

「でも、この駅を守らなきゃだしね」

このきさらぎ駅を守るのが僕の役目であり、僕の存在理由だ。

だからこそ

「何か、ルールでも作るか」

僕は、今までのきさらぎ駅のあり方を、少しだけ変えることにした。


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