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ドンマイヒーロー!5

 絶対の善なんてない。

 絶対の悪なんてない。


 性善説。性悪説。人はそんなことを語るが、産まれときを善と取るか悪と取るかは人それぞれだ。

 善の裏には悪があり、悪の裏には善がある。


 魔王が人間を滅ぼそうとするのは魔物にとっては正義だ。

 勇者が魔物を滅ぼそうとするのは魔物にとっては非道だ。


 だからハルトが悪くなったとは言えない……なんてことはある訳ない。

 結局決めるのは僕自身なんで他の人間がどうだとか魔物がどうだとか関係あるか。

 僕の友人を泣かせる奴は悪だ。

 独善的? 大いに結構。僕は僕でしかない、他の奴なんて知ったことじゃない。

 …流石に世界規模だとか言われると考えるけどね。


 そして僕が完結させたい物語にとって、ハルトを善とするか悪とするかなんて結局のところ分かったもんじゃない。

 昼ドラが書きたいならあれで正解だろうしね。


 でも僕はレナスがあんな風に泣く結末も、ハルトがあんな屑のままな未来も。

 死に役として幼なじみとして溜まったもんじゃないんだ。


「結局のところ…ね」

「何が言いたい、リリー」

「君を殺してしまっても、僕は別に構わないってことだよ」


 偉大にして最も聡明なる賢者…だっけ?

 まぁそんなご大層な名前を貰った僕は、自身が愛用しそして魔王にまで使った杖を構えていた。


「…冗談か、それにしちゃあ笑えないけどな」

「君の中の幼なじみが冗談を言うタイプだったか振り返ってみるといい」

「まぁ人生初の戯れ言にしては、センスがねぇなぁ」

「君は昔から何かと僕をイライラさせてきたけど、今この瞬間が一番の苛立ちを覚えたよ見るに堪えない勇者くん」

「勇者じゃねぇよ、英雄だ」

「…そうだね、君にとってはもはや英雄という張りぼての看板がお似合いだ!」


 魔法。ファンタジー世界における、王道にして単純な力。

 リリーの知識と体が僕に無数の火の玉を、雷を、水を、岩を出現させる。


 僕は無造作にそれを目の前の奴に振るった。

 バラエティに富んだ着弾音が響き渡り、巻き上げられた土煙はハルトの姿を隠していた。


「…昔の仲間と、あぁあと幼なじみのよしみだ。半殺しで、許してやるよ」


 傷一つない。

 腐っても勇者。人類を魔王の魔の手から救世主、英雄と呼ばれるだけはある。

 ろくに剣を振るわなくなった間を差し引いても、こいつが人類最強の人間だというのは変わらない。


 だが、勇者だろうが英雄だろうが仲間だろうが幼なじみだろうが。


「お前はもう、僕の敵だ」


 今僕の最大戦力でぶち殺す奴に変更は無い。



 ――…、



「ちっ、全く魔王を倒しちまったのは失敗だったかもなぁ。こんなに腕が落ちてるとは…」

「………」

「"魔法使い程度を殺す"のに、こんなに時間がかかるとはよぉ!」

「ゴフ…ッ!」


「オフ…グッ、エフッ!」


 血が溢れる。ろくに息も吸えたもんじゃない。吸わなきゃいいって分かるんだけど、体はね。心はね、そう簡単に死ぬのを諦めさせてくれないんだよ。それが苦しみを長引かせるものだけかも知れないとしても。

 歯がゆいよ。リリーは友人を苦しめる、堕落した親友を止められなかったことを激しく悔しく思っている。



 そして僕も、"やはり"こうなるのが物語の結末なのだと確信している。



「あぁ思えばお前は、昔からの馴染みだったよなぁ。魔物も人も、結構ヤってきたけど親しかった奴を殺すのは初めてだ…」



 顔を動かすのも辛い。嫌でも耳から入る親友だった奴の声を聞くのも、苦しい。それでも動け、動けと心は体に訴える。



「"こんなにも"何も思わねーもんなんだな、容易いわ」



 あぁ本当に、親友は人をやめてしまったんだ。それが悲しい。痛みより、悲しい。

 そしてそれを見届ける僕は、こんな糞ッたれた脚本を書いた神に怒りを抱く。



「――ねぇ…ハルト。起こして、くれよ…」

「はぁ?」

「死ぬのなら…せめて、起きて死にたいよ…」

「ハハッ…そっか、そうだな。忘れてたよ」



 意味が分からないやり取りだろう。でも、昔から付き合ってきたからこそ分かる。

 僕は昔から寝るのが苦手だった、寝起きも悪かったし"寝相"も悪かった。だから良く直して貰っていたんだ、一緒に良く昼寝をしていた友達に。"うつ伏せに寝ていたら起こしてくれ"って。



「ほらよ、これで満ぞ――」



 目の前にいるハルトの顔は、驚きで間抜けな顔をしていて。それが昔のハルトを思い出させて、嬉しくて辛かった。


 ハルトの口を自身の唇で塞いだ僕は、溢れ出る気持ちも一緒に込めるように口を開いた。

 僕は無防備に近づいてきたハルトの唇を奪ったんだ。愛しい人を求めるように、殺したいほど愛していたかつての親友をね。



 既に体中猛毒に犯されている、血と一緒に。



「おまっ、何…しやが……った…」

「………」


 視界が霞む、耳も良く聞こえない。体が生きることを無理だと分かっていても、無理矢理動かそうとしているからだ。良くやった、良くやったよリリーの体は。

 だからもう楽になろう。やり切ったんだよ僕たちは。"魔王"を倒したんだ、だからもう眠ろう。


 そして今度こそ、



「おや…す――」



 良い物語を、歩んでいこう…。




 ――――…、




「――ね、糞でしょ」

「えーと、つまりこれはハルト君が魔王になっていたという話ですか?」

「そうとも言えるね。しっかりと筋道を立てていくとこの物語で魔王っていうのは存在ではなく、概念的なものだったってことだよ。魔王は伝播する、強い奴からそれを倒したより強い奴に。止めるには殺す者が、殺す奴と一緒に死ぬしかない。そういう糞みたいな設定だったってことだよ」


 結局この話も魔王を倒すっていう目標は他と変わらなかった。ただし死に役として機能するのが脇役とした踏み台ではなく、僕が主人公とした魔王との共倒れが条件だったってことさ。勇者を止められる力を持った、昔からの友人でパーティーの仲間というポジションがね。


「…しかしそれは、ある意味当然のことかもしれませんね。世界で一番の強さを持ってしまったら、それで世界を支配しようとするのはある意味で当然の欲求ではある」

「そうなのかな?」

「それは君も変わらないですよ。死に役として物語に入る度、君は心の中で下に見ていないですか。結局は、物語の登場人物に過ぎないと」

「…それは、そうかもしれないけど……」


 確かに、僕にとって物語の中の人物は正しく本の中のキャラクターでしかない。一定の好意を抱いても、どこかで線引きをしている感覚はある。

 でもそれは別に――


「確かに"初めに"説明しましたね。物語の人物に、必要以上に"共感"してはいけない。あくまで私達は"外側"の人間であり、彼らと違う存在であるのだから」

「………」

「でもそれは、彼らを下に見ていいということではありません。彼らもまた違う世界で生きて、物語を紡ぐ"人間"なのですよ」

「……分かってるし」

「よろしい。君もまだ死に役として新米ですからね、決してこの物語の魔王になってはいけませんよ」

「……うん」


 この物語にも、学ばなくちゃいけないことはあったみたいだ。

 でも一つだけ僕も言いたいけど、僕を諭してるときのラルクの顔がすっごくウザかった! なんだよ、そっちだってちょっと僕より長く生きてるからって先生風吹かしちゃってさ!


 もちろん僕は大人だからそんな事は言わないけど、代わりに良い気になっているラルクに聞いてみることにした。


「ねぇラルク、なんで人間ってさハッキリしてないんだろうね」


 勇者だった奴が魔王になったり、友達だった奴が敵になったり。気が気じゃないだろうなぁ、もし僕が人間だとしたら隣にいる奴がもしかしたら明日には自分に刃を向けて来るかもしれない世界なんて。

 僕は本当に、死に役でよかったよ。


「それが人間の性質(さが)なんですよ。人は、"誰かに決められて動く機械"じゃないんです」


 だからこそ、そうラルクは続けた。



「人は物語を紡げる」





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