ドンマイヒーロー!2
「死にポイント、見逃したのかなー…」
死にポイント。僕が勝手にそう呼んでるだけだけど、死に役って言っても何処でも勝手に死んでいいって訳じゃない。
適切な場所で、適当な相手に、ベストなタイミングで死ぬことが重要なんだ。
僕はその正解な場所を死にポイントって呼んでる。
…ちなみに、死にポイント以外で死んでしまうとリセットされる。
文字通りリセットだ。今回の話で言えば、僕が朝ハルトに起こされたあの朝から始まる。
これが結構思いの外しんどい。何回も何回も同じことをループされるのだから当然なのだけど、とても気が滅入る。
そして今回のパターン。
もしかしたら、僕が死にポイントを見逃したのかもしれない。そんな場合。
この場合はすぐにリセットされない。だが、死にポイントを逃したということは死に役が死に役として役割を果たせなかったってことで。物語は完結しなくなる。
完結しなければどうなるかと言えば、完結しない物語は何の意味も持たない。"だから無かったことにされる"。
それは世界を救えなかった僕も例外ではなく、ちゃんと責任を持ってその役割を失敗した僕は無かったことにされまた始まるんだ。
――何度でも、死に役を。
「どうしたのリリー元気ないけど?」
「ん? レナス、いや大丈夫。ちょっと疲れてるだけだから」
「そうねぇ…私たちが世界を救って…色々あったものね」
色々、とは言うが。だいたいは宴会みたいなもんだったよ。
王様から勇者の中の英雄とか、偉大にして最も聡明なる賢者だとか、戦場を駆る女神だとか…あとは何だっけ?
とにかく御大層な就職にも使えない肩書きを貰ったことから始まり、あっちで勇者こっちで勇者と。王都だけの話ではなく、全世界規模のお祝いだったから今日の今日までてんやわんやだった。
「まぁね。でもハルトの方はまだまだ首が回らない状況みたいだけど」
「それはそうよ。彼が世界を救った立役者だもの。私たちはそのおまけ」
「おまけでいいよ。これからずっと世界を救った英雄とか思われながら生きるよりね」
「ふふ、やっぱりリリーは変わってるわね」
「…そういえば、ランドルフはもう帰ったんだっけ」
「えぇ、もう飲み飽きたって言って帰ったわ。きっと、自分の娘にちゃんと報告したかったんでしょうね」
「レナスは帰らないの? エルフの里に」
レナスはエルフの里のお姫様だったのだ。でもその箱入り娘状態が本人は嫌だったらしく、たまたま旅の途中に立ち寄った勇者に何やかんやあって、最後の最後まで旅を共にした。
つまり、絶賛家出中のお姫様な訳。
「帰る…かぁ。そうね、いつかは帰らなくちゃいけないと思ってる…」
「…はぁ、煮え切らないなぁ」
「だって、だってしょうがないじゃない! …私がいくらアピールしたってハルトは全然そういう目で見てくれないんだもん!」
そして絶賛恋に恋するお年頃ってやつだ。
――…、
「ねぇ聞いてくれるリリー! ハルトの奴ったらまたいかがわしいお店に行ってるの!」
「また…? あいつってそういうとこ好きな奴だっけ?」
「うんうん、でもなんだか上の偉い人の付き合いとかで通い初めたんだけど…」
「ハマっちゃった、と…」
アホだ。いや男の性質にアホとか言っちゃダメか。色ボケ茄子め。
「なんだい。つまりここ最近会う度不景気そうな顔をしていたのは、そういう事情?」
「…そうなの。ごめんね、愚痴に付き合ってもらって」
「いやいや、別にいいよ。アイツの不祥事は…幼なじみの僕にも責任はある」
よくある初期メンという奴で。
僕リリーの立ち位置は、勇者ハルトの小さい頃からの旧友。幼なじみってことになる。
だから親しい間柄でのハルトへの相談は、自動的に僕が毎回受けているので今回に限った話じゃない。
まぁハルトとは言う奴は、正義感は強いが馬鹿なので…。うん、馬鹿過ぎて馬鹿だ。
っていうか、こういうった話の勇者ってのは馬鹿じゃないといけない決まりでもあるのか?
だいたいが鈍感で馬鹿ですけこましっていうパターンなんだけど。なんだろう、全次元勇者検定というこういう馬鹿しか受からない検定でもあるんだろうか。
「そうだよ…ね。リリーは幼なじみだもんね…ずっと一緒にいられるもんね…」
「レナス…?」
どれぐらいの物語を、数え切れない程の登場人物を、僕は見てきたか覚えていない。
世界を救うには死にポイントを見極める必要があり、必然的に僕は人を見る目も情勢を見極める力も他人の心の機微にも敏感な方のつもりだ。
大前提として、僕が死んでいないということはこの物語は完結するか否かまだ分からない。
大事なことは、僕が死んで物語が完結するということは同時に物語を完結させるキーパーソンも僕の身近にいるってことだ。
「(…レナスか?)」
エルフの里のお姫様。この物語の終着点がまだどこにあるのかも分からないが、不穏な空気を漂わせている彼女が。物語に何かしらのアクションを起こす可能性は高い。
「うんうん、何でも無い。じゃあ、ハルトのこと…よろしくね」
「(それは絶対何でも無い発言じゃないね)」
僕が死ななくとも魔王は倒せた。
いつもは魔王を倒すことが"物語の結末"だったからこそ、その魔王を倒すために僕は死んだ。
死ななくても倒せたということは、今回の物語では魔王を倒すために死ぬのは正解じゃない。
「死にポイントは、まだこの先だ…」
今この世界には、あんぽんたんの勇者と。初めての恋に胸を悩ますエルフの姫様。
彼らが、もしくは彼らに関係する人物の誰かが"物語の結末の鍵"になる可能性は極めて高いはず。
「面白くなってきたな」
こういう展開は嫌いじゃ無い。
死に役は死に場所を探すのが、結構好きだ。