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fluere fluorite  作者: jorotama
第三章
9/29

小夜啼鳥2

 フィフリシスの建築物と路面との大半が同じ薄薔薇色の石を切り出して組まれているので、この街は街全体が淡い薔薇色をしている。

 薄薔薇色の街並みはところどころにこんもりと茂る緑の木々によって引き立てられ、暗色の水路によって区切られる。

 見晴らす先には明るい空と目を射るばかりに青い海。

 とても、絵になる街だと思う。


 表通りには観光客相手の、美しい看板と商品が陳列された飾り窓を持つ小奇麗なお店が並んでいた。

 土地柄か、画商と楽器店が多いような気がする。

 小さな噴水のあるちょっとした広場には絵葉書を売る露店と、似顔絵を請け負う大道画家がチラチラと見えた。

 私はゆっくりと店々の窓を眺めながら歩いてゆく。

 途中、一本裏通りに入って小さな画材店に立ち寄り、一冊のスケッチ帳と筆記具を手に入れてきた。本当なら画材道具一式を入手して、本格的にフィフリシスの美しい街並みを描きたいトコロだけれど、それはさすがに出来なかった。


 さっきメイリー・ミーのいる修道院を出てちょっと経った頃から、小さな鍔付帽をかぶった青年が一人、私をつけて来ていることに気がついていた。

 顔色が悪く、首を前に突き出したように見える姿勢の悪い男性だ。

 こちらに危害を加えるつもりはないのだろうが、さすがにそんな監視付きで絵に没頭することは出来そうもない。

 私は水路沿いのカフェに入り、単色のパステルで水路に架かるアーチと街並み、水面に映った小舟の影などを、甘いお酒を炭酸水で割った飲み物を啜りながら描いた。

 同じカフェの店内席に男も腰を下ろし、ワインの杯を手に気のない様子で時折こちらに目を向けている。

 私を警戒している様子は無く、たぶん念のために尾行してきただけのようだ。


 それにしても、こう……華美な洋服というのは絵を描くのには邪魔で仕方がない。

 ヒラヒラと大きく開いた袖口のフリルが、折角いい具合に濃淡の付いたパステル画の表面をこすって伸ばすし、鍔の広い帽子で下を向くと、必要以上に手元に影が出来て暗い上に重くて首が痛い。なんとか一枚描き終わり、ハンカチで汚れた手を拭う。

 目線の端に退屈そうな男の姿がちらりとかすめた。

 私はバッグにスケッチブックを仕舞い込み、店を後にした。


 街の中の人々……殊に少女の着ている洋服を眺めて、何店舗かの婦人服店に入り、先ほど会ったメイリー・ミーが着てもおおよそ不具合のないだろう寸法の洋服を何着か選んで、宿泊する宿へ届けてくれるように言伝る。

 店の外から私の出てくるのを待っている男は、私が自分の為の洋服を選んでいるとしか思わなかっただろう。


 寄り道しながら大きな宿に入ったのが夕方頃。

 部屋から表の通りを見てみたが、既に尾行してきた男の姿は消えていた。

 私がメイリー・ミーの知人のただの観光客であることを確認して、安心して帰ったのだと思う。

 

 夜になって、その日別行動を取っていたグラントとジェイドと宿近くの食事処で合流した。

 グラントの指示で動いていたジェイドはどうか分からないが、グラントはフィフリシスには何度も来た事があるようだ。

 彼が商人を『かたる』為に作らせたと思っていた装飾ウードが実際にグラントの手によって流通し、結構な人気を博していると聞いた時にはさすがに私も驚いた。


「今回はウードだけじゃなく、エドーニアで技術の浸透した金の箔をこちらに持ち込んでみたんだ。以前キミに見せたものよりも薄くて、しかも金の産地からほど近い場所で作られた分、安い。次は金の粉も作ってこようかと思っている。遠い東の国では金の箔や螺鈿と一緒に『蒔絵』と言う工芸技術にも使われているそうだ。こっちでは絵画にも箔の需要があるし、金の粉は箔よりも更に使い勝手も良いだろうから、なかなかいい商売が出来そうだよ」


 そんなことを上機嫌で言うグラント。


「……やり手ね」


 半ば厭味のつもりで言う私に、グラントは満更じゃないようにワインの入った素焼きのカップを傾けた。


「だけど残念だったわね。貴方はもうエドーニアには出入り出来ないんじゃなくて? せっかく旨味の出てきたお商売だったのに、お気の毒だこと」


 私はフィフリシスの名物料理、塩蔵肉を野菜と煮込んだものに砕いたアーモンドをまぶしローストした料理を切り分けていた手を止めて、グラントを見ながら肩をすくめて見せた。


「それは大丈夫。エドーニアの職人へは『グラント・バーリー』とは別の名前で箔や楽器の発注をしているから、発注書を誰かに持たせて向こうへやれば何の問題もない」

「過ぎるほど用意周到で、素晴らしい商人魂ね。まるで本当に商人のようだわ……」

「まるでじゃなくて、本当に俺は商人だからね」


 そうウソぶく彼を私はじっと見つめた。

 本当に彼は何者なのだろうか?

 彼は老ラズロと知己なのだ。

 老ラズロは爵位自体は下位であっても立派な貴族だ。

 メイリー・ミーはグラントとどうやら幼い頃から親しく行き来していたようだし、家ぐるみの付き合いがあったと思った方がいいだろう。

 グラントもある程度、名のある家柄と見ているのだけれど……。


「本当の商人は、こんな活動をしないものよ」


 ぽつり言う私に、グラントが返す。


「本当のお嬢さんは、キミのような活動はしない」


 まあ……確かにそうだけれど。


「嘘をつくなら100%すべて嘘で固めて本当を忘れるか、それとも真実の中に少しだけ嘘を混ぜるか、キミはどちらを選ぶ?」

「……本当の自分を忘れることは難しいわね。どこかで自分が零れ出る瞬間があるから」


 そういうことだよと、グラントが笑う。

 完全なはぐらかしだ。

 私はムッとした表情でワインをゴクゴクと飲んだ。


 ……美味しい。


「それにね、商業組合に出入りしていると、いろんな情報が得られるものだ。経済はその国の状況を一番如実に表わすものだからね」


 話しながらグラントの目線が店の入り口に動くのに気づき、そちらを見ると、外へ出ていたジェイドがこちらへ歩いてくるところだった。

 手には大きめの封筒。

 歩きながら店員にエールを一杯席に持ってくるよう注文を出し、ジェイドが座る。


「遅くなりました」

「御苦労さん。どうだった?」

「はい、こちらに出来ています」


 そんな会話を交わしながら、ジェイドがグラントに封筒を手渡した。

 ジェイドの前に飲み物が届けられるのを少し待ってから、グラントが再び口を開く。


「商業会館で情報を色々と仕入れてきたんだが、このボルキナでは鉄の値段がかなり上がっているようだよ」


 私とジェイドは同時に眉を顰める。

 鉄は武器製造には必要不可欠だ。

 リアトーマ国でもアグナダ公国でも武器を大量に必要として、この地でも鉄を押さえ始めていると言うことなのだろうか。


「戦争は、近い、そういうことなの?」


 なんとも形容しがたい焦燥感がちりちりと胸を焼くような気がする。


「このままではね……。でも、それだけじゃなく不審な部分が鉄の価格の上昇にはあるんだ……。値上がりし始めた時期がね、少し早すぎる」

「……どういうことでしょうか?」


 ジェイドの問いに、グラントはちらりと周囲を見回し近くに聞き耳を立てる人間のいない事を確認してから、気持ち声をひそめて話しだした。


「この国に限って言うなら、10年近く前から鉄の値段は少しずつ上がっているようなんだ」


 10年……前?


「物価の変動とか……その頃の国内事情とかですか?」


 ジェイドが眉間にしわを寄せながら首をかしげた。


「リアトーマとアグナダの金産出量減少は、いつから表沙汰になったかを覚えていて?」


 私の問いかけに、ジェイドは一瞬言葉を詰まらせる。


「……10年までは経っていませんね。いかに情報に敏い商人達とは言え、武器の為の鉄をその頃から確保していたとは考え難い」


 そうだ……考え難い事ではあるけれど、もしも…両国間の金産出量の減少を知っていたとしたなら……?


「グラント様、それは早い時期から情報が漏えいしていたと言うことなのでしょうか?」

「可能性はある……」


 可能性……。

 確かに可能性ならある。

 けれど、いくらなんでも情報の流れが早すぎやしないだろうか。

 私は老ラズロの一人娘、メイリー・ミー・ボルディラマが『この国』で人質とされている意味について考えた。

 一瞬でいやな結論に達し、私は思わずナイフとフォークをテーブルに放り出してしまいたくなった。


「情報が……漏洩したのではなく、それはもとより承知のことだった可能性もある……そういうこと?」


 ひそひそと声を顰めて言うと、グラントがなんとも言えない渋い表情で小さく頷いた。


「可能性は」


 リアトーマ国とアグナダ公国のどちらか、または両方の内部に裏切り者がいて、消えた「金」はその人間達の懐を潤しているのだとばかり思っていたけれど、もしも、それが国外へと流れていたとしたら……?


 私は意識してゆっくりと、そして、そおっとナイフとフォークを皿に乗せ、空いた両手で包みこむようにワインの器を掴んで赤い液体を喉へ流し込んだ。


「黒幕はこのボルキナ国……そういうことですか?」


 絶句していたジェイドが信じられないという様子で言った。


「確証は無い。可能性の話としては、それもあるかも知れない」


 そう前置きをしてから、グラントが言う。


 このボルキナ国という国は、芸術と文化の街フィフリシスがあまりにも有名で印象は薄いが、もともと軍事的にかなりの力を有している国らしい。

 海を挟んで離れているせいで気に留めることは殆どなかったけれど、そういえば、私の生まれ年にボルキナ国では小国をひとつ侵攻によって北部に併合していると、子供時代に家庭教師から教えられたのを突然思い出した。


「本当か嘘か、50年前のリアトーマとアグナダのフドルツ山を巡る戦いの時、両国が疲弊しきった状態を狙ってこの国が侵攻の準備を進めていたと言う話を、俺は昔、ウチのジイさんに聞いたことがある。まあ、その時はボルキナの戦争準備よりも先に、『聖職者的紳士的協定』なんてありえない協定が二国間に結ばれて計画は水泡に帰したんだが、リアトーマとアグナダの共倒れを狙っていた当時の王や軍属は、さぞかし悔しがった事と思うよ……」


 今回は……10年という長い時間をかけて、この国は軍備を整えつつある。

 リアトーマとアグナダが戦争になって、フドルツ山周辺の国境地帯に戦力が集中した時、または二国が戦で疲弊した頃合いを見計らって、ボルキナが海を越えて侵攻してくる。

 もしも二つの隣接する国が戦争を始めたのなら、そんな事態もあり得ると言うこと……。


 私は、改めてメイリー・ミーと、老ラズロが彼女へ託しただろう資料の入手の重要性を思い知った。



2012・9・5

2017.2.26

誤字脱字等修正いたしました。

ご報告ありがとうございます。

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