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fluere fluorite  作者: jorotama
幕間
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幕間

 フィフリシスでの活動内容の説明が終了し、細かな手順などは明日以降追って詰めてゆく事にして、三人はその場を散開することとした。

 フローは話が終わると長居は無用とばかりに、真っ先に自室へと引き上げている。

 扉が閉まり、少し引きずった足音と杖のコツコツ鳴る音はもうすでに聞こえてこない。

 グラントが大きく伸びをして首や肩を回している。


 深夜を過ぎた時間だ。

 如何に屈強な男だとて、前日深夜から殆ど休みなく動き回っていて疲れがない筈がない。

 ジェイドは自分が部屋を引き揚げぬ限りグラントが休息をとることが出来ないのを承知の上で、どうしても一言苦言を呈さずにはおられず、この場に残っていた。

 恐らくそれはグラントも分かっていた事だろう。

 しばしの間を開けて、なかなか口を開こうとしないジェイドに困ったような笑みを浮かべながら


「……不満があるようだね……」


 と言葉をかけた。


「……分かっていながら、どうして彼女を攫ってくるなどと言う馬鹿げた事をされたのですか?」


 ジェイドとグラントとの付き合いは長い。

 子供のころから家同士の付き合いがあり、グラントの人となりは知り尽くしているつもりでいた彼だった。

 グラントは決して無能な人間でない。

 それが、本当ならエドーニアで諜報活動員の捜査員を見つけたのなら迅速かつ隠密裏に処分して当然のところを、二度とあの土地には入れなくなるというリスクを冒してまであのフローと言う女を攫って来るなど、愚かしいにもほどがある。

 しかもその相手をこちらに協力するように説得するなんて、あり得ない話なのだ。

 状況も味方して運よく説得することは出来たが、なにもそんな面倒なことをする必要はないのに。


「ジェイドが怒るのももっともだ。すまないな」


 言葉だけ聞けば素直に謝罪しているように聞こえる言葉だが、ジェイドは騙されなかった。


「悪いと思っていないのに、謝るのはやめてください」

「……」


 不機嫌さを隠さないジェイドに、グラントは悪びれた様子もなくむしろ嬉しげに見える笑みで答えた。


「まあ、そう言わないでくれよ。イイ女だろ、あのお嬢さんは」

「最初から彼女を処分する気など無かったんですね……」


 恨みがましく言うジェイドに、グラントは再び申し訳ないと言いながら頭を掻いた。


「まあね。でも、もしかすると自分で死を選びたがるんじゃないかとそれが心配だったんだけど、どうやら大丈夫そうで安心したよ。本当なら危ない仕事に巻き込むのも気が引けるんだが……」


 曇るグラントの表情に、彼があのフローと言う女のことを心底心配しているのが見て取れた。


「……リアトーマの間諜じゃないですか。何がそんなに気に入ったのか理解できないですね」


 ため息混じりにそう言うジェイドにグランドは


「理屈じゃないよ」


 ……と片唇を上げる。


「最初からわりと気に入ってたお嬢さんだったけど、短剣片手に捨て身で攻撃を仕掛けてきた時の目を見た瞬間、これは惚れたなーと思ったんだ」


 本気か嘘か、そんな妙な事をうそぶくグラント。

 もともと彼の一族は何処か奥の知れない人間が多いとジェイドは思っていたが、グラントがこれほど変人だとは呆れる思いがした。

 たしかに、あの女、多少見てくれは良い方であるかもしれない。

 だが、十人並みに毛が生えた程度だと思う。

 もっと、もっともっと綺麗な女は幾らでもいる。

 それを、敵国として対峙してきた国の手先の女。しかも、彼女には身体面でのハンデまであるじゃないか。

 世の中には『蓼食う虫も好き好き』と言う言葉があることは分かっているが、どうにも理解出来ない。


「本国に戻れば女などよりどりみどり寄ってくる方が、あんなどこの馬の骨とも知れぬ可愛げのない女を……やっぱり私には分かりませんね」

「……フローお嬢さんの可愛さが分からないとは、ジェイドは青いな」


 余裕ありげな笑みのグラントに己の若さを笑われた気がして、ジェイドは憎々しげに


「分かりたくなどありません」


 と言った。


「第一……グラント様にはレレイス様と言うお方がおいでなのに、どうするお積りなのか」

「ははは、レレイスと俺はただの友達なんだから、どうするこうするも無いさ」

「そう思っているのはグラント様だけじゃないですか?」

「そう思っていないのは当事者以外だけだと思うんだがねぇ……」


 抑えつつもどこかムキになったように反論するジェイドの様子に、自分よりも10歳近く年下の青年の男性としてのプライドを傷つけた事にグラントは気づき、内心仄かに苦笑しつつも話をそらした。


「それに……あのお嬢さんはどこかの『馬の骨』なんかじゃなく、もしかするとエドーニア領主の縁者かも知れない……」

「まさか」


 ジェイドは驚いた顔でグラントを見た。


「彼女の持っていた短剣の柄の裏に、小さく……家紋が彫りこまれていた。エドーニアの街では領主一家は雲上人も同然でその動向や家族構成の情報なんて入ってこないけれど、確か十年ほど前に代替わりされてまだ若いご領主が立たれているという話を聞いたことがある。王都へ向ったレシタルにその辺りの調査を頼んでおいたけれど、あのお嬢さんは社交界にはデビューしていないだろうから、彼女個人の情報を集めるのはなかなか難しいんじゃないかと思うんだが……」

「本人に聞いてみては……」


 ジェイドが言いかけた言葉を切って、苦笑を浮かべる。


「もし仮にそうでも……言う筈がありませんね」

「うん……」


 グラントも同じく苦笑を浮かべて先ほどフローが去っていったドアの辺りに目線を向けた。

 現在3人は協力体制を取ってはいるが、リアトーマ国とアグナダ公国は未だフドルツ山を巡って関係は冷え込んだまま。

 敵国の諜報員に不承不承身柄を預けている状態である今、彼女が自国の不利になる可能性のある『人質としての価値』を自ら明かすとは考えにくいことだった。

 この船へ乗船する際には「生か死か」の選択で、グラントらへの協力込みでの「生」を選びはしたが、事によっては前夜のように死をも厭わない危惧だってある。


「小利口な女が一番性質が悪い気がします」


 嘆息混じりのジェイドの呟きを受けて、グラントの唇の苦笑いが一層深さを増した。


「まあ……そう言うな。彼女にだって何らかの事情があるんだろう。俺にもフローには言っていない事も多い」

「女の気を引くために何もかもペラペラ喋るグラント様なら、部下は誰もついては来ませんよ」


 皮肉含みではあっても、グラントはジェイドの言葉に自分への信頼を感じ取った。


「それでは失礼します。おやすみなさい」

「ああ、また明日」


 ドアが閉まり足音が遠ざかる。

 グラントは船室のドアに鍵をかけてランプの灯を落とした。

 小さな船窓からは月の明かりに照らされて砕ける波頭が微かに白く見えている。

 前日からの長い一日が終わろうとしていた。


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