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fluere fluorite  作者: jorotama
第二章
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渡る鳥3

 あの後、私はたまたまこの船に乗船していた婦人衣料の商人などから、なんとか旅装を整えることが出来た。

 婦人衣料商を探し出してきたのはジェイドだけれども、最初に彼が商人から買い取ってきたドレスは相当に大きなサイズで、しかも、悪趣味極まりないシロモノだった。

 私にそのドレスを渡しながら、ジェイドはあらぬ方向を向いて


「し……下着などはご自分で選んでください」


 そう口ごもりつつ言った。


 ……当たり前だ。

 誰が良く知りもしない、敵としか思えない男性に下着の果てまで選ばせるものか。


 私は受け取ったドレスを黙って部屋着の上から被ると、ジェイドに案内させて商人の待つ別室へと向かったのだ。

 それから小一時間ほどで、自分の趣味とは外れて若干華美に過ぎたが嫌がらせの意味を込めて何枚かの高価なドレスをはじめ、短剣を入れられる革製のバック、絹の靴下やベルベットの靴下止めに美しいビーズ飾りの付いたキッドの靴など、おおよそ数日間の旅に必要なだけの商品を選んで、ジェイドが急遽手配した私用の部屋へと運ばせたのだった。


 部屋も特等室とまで行かないが、空いていた中では一番上等な一等船室だ。

 相当な額を請求されたに違いない衣料品に文句ひとつ言わないところをみると、どうやら彼らの資金は潤沢であるらしい。

 監査委員の老ラズロと知己の間柄らしいことと言い、彼らは本当に何者なんだろうと思う。

 私は、その辺も追々追及して行こうと心に決めた。


「それじゃあ話をしていただけるかしら?」


 私はグラントとジェイドに向けて口を開いた。場所は、大型船「レディ・ダイアモンド」の一等客室。私の部屋からほど近いグラントの部屋だ。

 衣服の手配などの雑事に紛れて、グラントの言った『私を信じさせるに足る証拠』の提示を先送りにされるのではないかと心配していたが、どうやらそれは杞憂だったらしい。

 着替えを終えた頃、部屋へ運ばれてきた軽い食事のトレイには、客室番号と食事を終えたら部屋へ出向いて欲しいと記されたメッセージカードが添えられていた。


「話をするよりも、老ラズロの遺言になったこの手紙を読んでもらいたい。その上で君が疑問に思った部分を補足していった方が早いと思う」


 手渡されたのは、倉庫でグラントが封蝋を開けたあの手紙。

 倉庫内では一瞬しか見ていないけれど、私は視覚的記憶力には自信がある。

 封蝋の色や形状はあの時の物と同じであると思う。中身は分からないけれど、外側を偽装した様子はないようだ。文の外側の検分を終えた私は中の便箋を取り出し、それを読んだ。


 こなれた……立派な筆跡の男文字で書かれた2枚ほどの手紙だった。


『……親愛なるグラント、お前がこの手紙を受け取った時、私はもうこの世にはいないだろう。

私は、私を信じてこの地へ送り込んだ王や国民を裏切った自分自身を罰せずに置くことは出来ない。卑怯な卑しい人間であると謗られて当然の人間だ。

私は愚かにも自分の身内のために国家を裏切っている。その事はお前も薄々気が付いていたのではないだろうか……。

だがどうしても私は娘を見殺しにすることが出来なかった。愚か過ぎる自分をこのまま生きながらえさせることはもう出来ない……』


 悔悟と慙愧の言葉から始まったその文章を読みすすめるうちに、私は自分の顔から血の気が引いてゆくのを感じた。

 一通りを読み終え、さらにもう一度読見返し、どうにも震えてやまぬ手で文をグラントに差し出す。

 なんだかとても口の中が乾いて、私はゴクリと唾を飲み込んだ。


「老ラズロは、アグナダ公国を裏切っていた……?」


 その問いかけに、グラントは無言で頷きを返す。


「老ラズロだけでなく……この10年、フドルツの金鉱から採掘量が減っていた間の監査委員すべてが、リアトーマ国とアグナダ公国を……」


 裏切っていたと言うの……?


 老ラズロの最後の文に綴られていたのは、採掘された金の不正流出の事実だった。


「ありなえないわ。無理よ……。監査委員は家柄だけじゃなく人格も優れた人間だけが選ばれる。そういうものである筈なのに、彼らが私利私欲の為に国を裏切るなんてありえないんじゃなくって?」


 あまりにもバカバカしい話だと一笑に伏してやろうと思ったのに、どうしてもうまく笑う事が出来ない。


「私利私欲の為に全ての監査委員が買収されたというわけではないだろう……。少なくとも老ラズロの場合は、愛娘を人質にされていたとその手紙にあったからね」

「それにフロー、君は知っていたかい?」


 一拍置いてグラントが続ける。


「この10年程の間に、監査委員を務めた人間が何人亡くなったかのかを。特に監査委員を勤め上げた後での死者が多い。表向きは不慮の事故や病死となっているモノばかりだけれど、不自然な点が多々見受けられるんだ」

 脅迫、買収……監査委員である間は本人が逃れ得ない何らかの手段で縛り付けておいて、その後は口封じ……。

「でも……だけど、そんな人間がそもそも監査委員に選定されるなんてこと……」

「これはあまり一般に知られていない事だけど、アグナダ公国とリアトーマ国、両国合わせて20人の監査委員を選定する選定委員会は、各国たった三人の少人数で構成されているんだ」


 その三人さえ押さえれば、20人のうちの大半を『エセ紳士』にすり替える事が出来る。

 金の採掘作業や採出に関する資料に不明瞭な点があっても、彼らはそれに目を瞑り……。結果、リアトーマとアグナダ公国間の関係は加速度的に冷え込んでいったのだ。

 グラントとジェイドの顔を私は黙って見た。

 心の中に自問自答してみる。

 彼らは私を騙しているのだろうか?

 考えるまでもなく、彼らには私を騙してこの場に連れてくる理由など存在しない。

 そもそも、こうして私を生かしておく必要がないのだ。


「いくつか質問してもいいかしら?」


 意を決して口を開いた私に、グラントが真面目な表情で頷いた。


「答えられることならなんなりと」

「貴方はいつからこの……金の流出の可能性に思い至っていたの、グラント」

「老ラズロが監査委員としてフドルツに赴任した頃からだから、本当に最近のことだよ。この手紙を彼から受け取るまでは疑惑だけで確証ではなかった……」

「そう……じゃあやっぱり貴方は最初、リアトーマとの戦争の下調べに来ていたのね」


 私のその言葉に、グラントは苦笑いを浮かべて肩をすくめて見せた。


「別にそれはもういいわ、それよりもラズロ氏は何故、フドルツで貴方と直接会った時にこのことを言わなかったのかしら?」

「……あの時は、秘書の男が近くにいた。たぶん彼が老ラズロに対する監視を行っていたんじゃないかと思う。

ただ、秘書は本国へ公文書を届ける任を負って、そのあと監査委員館を離れたはずだ。その間に、老ラズロは……」


 一瞬、グラントの表情が悲痛なものに変わる。

 生前の老ラズロと彼がどういった知り合いだったのかは分からないけれど、心の通う親しい親交があっただろうことが察せられる。


「老ラズロは監査委員館で俺に楽しそうに一人娘の話をしていた。本当は彼にはフドルツ山の金鉱の様子を聞き出せればと思っていたんだけれど、口を挟む余地がないほどだった。お歳を召してから出来た、たった一人の愛娘……。ましてや母親は彼女がまだ幼いうちに早世されているから、溺愛なさるのも無理はないと、正直なところ溜息まじりに話を聞いていんだけどね。……今なら分かる」


 そう。

 ラズロが何故、グラントに自分の娘の近況を詳細な所在地込みで彼に語りたかったのには理由があった。

 老ラズロは、己が置かれた状況を知らず敵方の監視下に置かれている愛娘を助け出して欲しかったのだ。

 だからこそ、彼はフドルツ山で行われている不正の資料を人知れず彼女へと託して、グラントに彼女と資料とを頼むと最後の手紙で懇請したのだった。


 ……もしも老ラズロの資料がこれから先、恐らくは遠からぬ未来に避けえない戦いを止める力を持つのならば……。

 お父様の愛した土地、エドーニアを血で汚す戦争を回避する可能性が本当にあるのならば、私は……。


「……わかりました。100%貴方達を信用したとは言い難いけれど、疑う理由もあまりなさそうだわ。

私に何をさせたいのか、仰って」

「ありがとう、フローお嬢さん。君にはフィフリシスの修道院で老ラズロの娘…メイリー・ミー・ボルディラマと接触してもらいたいのですが、頼めますか?」


 まるでお互いに何者かを知らなかった頃のように、丁寧で慇懃な口調のグラント。

 私は鼻を鳴らして唇を歪めた。


「断っていたら私はとっくに海に沈められていたんでしょう?何を今さら言っているのかしら」

 私の憎まれ口に、グラントは声もなくクツクツと笑い、ジェイドは呆れた表情で立ち尽くしていた。

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