fluorite2
「長の間お世話になりましたサラ夫人。私……ここからお暇することになりましたので、そのお礼とご挨拶に参上させていただきました」
扉が開けられ部屋へ招じ入れられてすぐ、私は余計な前置きを抜きにしてサラ夫人へこの挨拶の言葉を述べた。
狩猟用の長靴をずらり並べて選んでいたらしいサラ夫人が、これを聞いて軽く片眉を上げる。
「何のお返しも出来ぬまま、こちらを去ることは大変に心苦しい事ですが、どうぞお許しください」
そう言葉を結び、さっきグラントにしたのと同じように一礼した。
「……リアトーマへ帰ると言うのですか?」
静かに、サラ夫人が私に問いかける。
私は黙って頷きを返し、少し俯いた。
なんだか彼女の暗青色の瞳を見返す事が、心苦しかった。
数秒の間をはさみ、私の耳に微かな嘆息が聞こえたような気がした。
「それは……貴女が御子を産めない体であることと、関係があるのかしら……?」
私が驚いて顔を上げると、サラ夫人が優しい……でも悲しそうな目をして此方を見ている。
何故?
私はそう言葉にしようとしたけれど、うまく声が出ない。
察したサラ夫人は、口元に微かな笑みを浮かべ静かに話しだす。
「貴女のお世話をしているテティがね、貴女に月の物が来ていないことを、もしかして毒がまだ体から抜けきらないせいではないかと…とても心配して、ワタクシに報告しに来たのよ。ワタクシは最初、グラントが上手いことやって子供でも出来たのかと思いもしたけれど、どうやらそうじゃない……。それで、そう言う可能性があると思っていたのです。本当なのですか……?」
「……申し訳……ございません……」
私はただ、ただ、申し訳ない気持ちになり、彼女に頭を下げる。
「子供の頃の怪我と熱が原因で、私には年に一度か二度、月の物がある無しで……。主治医も恐らく子は成せないだろうと申しておりました」
「……そう。でも、謝って欲しいわけじゃないの。辛いのは貴女の方でしょうに。ねえ、ワタクシは前にも申しましたね? 貴女にたとえどんな身体的ハンデがあったとしても、ワタクシは貴女を受け入れたいと思っていると。
その気持ちに微塵の変わりも無いのですよ」
そうだ……このユーシズにサラ夫人が到着した日、彼女はご自分のご主人とのなれ染めのお話を私に聞かせてくれたあとで、確かにそう言ってくれた。
そうか、あの時には既に彼女は私の体の事を、知っていたのか……。
「まさか、グラントがその事を知って貴女の事を?」
瞳の中に微かな怒りの炎を灯し、サラ夫人は言う。
「いえ、違います。グラントは……彼は、それでもいいと……。だからこれは、ひとえに私の我儘からのことです」
本当に申し訳ないと詫びる私を、サラ夫人が優しく抱きしめてくれた。
「まぁ何を謝ることがあるというの、フロー? 誰しもが思い通りの人生を歩ける訳ではないのですよ。貴女はグラントに無理やり攫われてこの国に来て、さんざん振り回されたではないですか。もっと堂々としていらっしゃい。……でも……ねぇ……」
彼女は暗青色の瞳を涙にうるませ、少し悲しそうな表情で私の瞳を覗き込んでこう言った。
「ワタクシは、また……貴女とウードの合奏をしたかったわ」
と。
私がユーシズのバルドリー本邸を立ったのは、その数日後の事だ。
あの日以来、グラントとはまともな会話を交わすことはなかったが、彼が私のために全ての準備をしてくれた。
しかもジェイドを私をエドーニアに送り届けるための護衛として、そしてセ・セペンテス以来身の回りの事をしてくれているテティを世話係として同行させてくれた。
「フィフリシス以来、ユーシズでのレレイス様の事まで……貴女には我々の力になって貰いましたからね。このくらいのお返しをしなければ寝覚めが悪くて仕方がありません」
ジェイドは私から目を反らして、そっけなくそう言った。
自分から言い出したこととは言え、女一人での旅に不安を抱いていた私にとって、ジェイドのその申し出はこれ以上ないくらいにありがたいものだった。
「本当のところ、グラント様があまりに貴女の事を案じておいでなので見ていられませんでした」
ちらりと此方へ少し怒りのこもる眼を向けて、ジェイドが言う。
……ああ……グラント……本当にごめんなさい……。
私の心はぐらぐらと揺れるけれど、いくら揺らいだところで結局は同じ結論にしか至らない。
私を見送りに玄関ポーチに立ったサラ夫人が黙ったまま、ぎゅっと私を抱擁してくれた時にも、彼女が
「いつでもまた帰っていらして」
そう言葉を掛けてくれた時にも、私はぐらぐら揺れる心のままに胸一杯の感謝の気持ちを込めて一礼すると、そのまま馬車に乗り込んだのだ。
グラントは私を見送りには出てこなかった。
だけどそれで良かったかも知れない。
彼の顔を見るのは辛いもの。
私達が向かったのは、フィフリシスからこのアグナダ公国へ渡るのに使った港町から近いセ・セペンテスではなかった。
秋になると北のホルツホルテ海は荒模様の日が多く、この時期にリアトーマへ向うなら南のアリアラ海からの航路を選ぶのが当たり前だったからだ。
アリアラ海に面したタフテロッサと言う港町に私達は数日過ごした。
リアトーマとアグナダ公国とは冷戦関係にあるとは言え、最低限の国交は確保されている。
タフテロッサからリアトーマ国ラサスへ向けて、不定期ながら船が出る。
グラントが手配してくれた船はフィフリシスからアグナダへ渡った時に乗った『amethyst rose』ほどの大型客船ではなかったけれど、ある程度の規模のある、新しくて綺麗な船だった。
秋から冬にかけては、アリアラ海には北西の風が吹く。
風に逆らい、船はゆっくりとリアトーマへ向った。
たっぷりと時間があって、良かったと思う。
私はテティが心配するくらい、部屋で涙を流し続けた。
自分の愚かさや、どうにもならないこの頑固さが厭で仕方が無い。
フィフリシスではエドーニアに帰らなくて済むことに安堵した癖に、ユーシズではエドーニアに帰らねば自分の存在意義を 失うと、グラントの気持ちを踏みにじってまでこうして船に乗り、船の上ではグラントとの思い出を悲しみ涙を流す。
どうして私はこんなに愚かな生き物なんだろう?
グラントの元に残れば良かった。
そう……さんざん涙を流し、後悔にくれる時間があったからだ。
船がリアトーマ国ラサスへ入港したのは、秋も深まったある穏やかな朝の事だった。
エドーニアに戻ったところで、私にはもう以前のような活動をする気持ちは無かった。
グラントらに顔が割れている事もあるけれど、彼にもう二度とあのような事をしないと約束をしたから。
屋敷に戻って何が出来るか分からない。
でも、何か……母様や兄様のお役に立てることを探して生きていこうと、私は決意していた。
多少辛いことがあったとしても、グラントとの思い出が私を支えてくれるだろう。
もう私は何も持っていないフローティアじゃない……。
屋敷へ……エドーニア本邸へ戻る際に私が一番心配していたのは、エドーニアの街外れの私の館から攫われた事件が、母様や兄様にどう伝わっているかだった。
まさか今までの事を正直にすべて二人に話すわけには行かないだろう。
屋敷を出ていた娘が急にこうして現れたことを、二人はどう受け止めるだろうか……?
「貴方の事をどう説明したらいいのかしら……?」
ジェイドが手配してくれた馬車で屋敷に向う道すがら、私は不安な面持ちも露わにそんなことをジェイドに聞いた。
「私……一人で屋敷に戻ってもいいのよ。なにか……適当な言い訳を考えておくから」
そう言うと、ジェイドはとんでもないことを言うなと言いそうな、憮然とした表情で首を振る。
「貴女を屋敷まで送り届けるよう、グラント様からくれぐれもと言いつかっています。それに……恐らく貴女が心配することはないと思いますけど……」
「……どう言うこと?」
ジェイドは軽く肩をすくめ
「グラント様はこういうところ、ぬかりのない人ですから」
そう言って、森の中にちらちらと見えてきたエドーニア本邸へと目を向けた……。
この屋敷に戻るのはいつ以来の事だったろうか。
私が屋敷を出たのは15歳の時だ。
自分が子供を作れない体であることを知って、私は母様にとってもエドーニア領主である兄様にとっても役に立つ事が出来ない人間であり、目に入れば不愉快な人間だろうと判断して外で暮らすことを決めたのだった。
最初からアグナダ公国側の間諜を兄様へ報告する活動を行っていたわけではない。
街に不自然な行動をとる人間がいる事に気づいたのは数年経った後だった。
あれは私が17歳になって暫くの頃か……。
私の能力を使って間諜の報告をさせて欲しいと交渉するために、この屋敷へ来たのは。
情報の行き来は夜来鳥を使って行っていたから、それ以来この屋敷に足は踏み入れていないことになる。
車止めに馬車を寄せ、ジェイドに手伝ってもらって私は馬車を降りた。
テティとジェイドを伴って扉の前に立つと、私達の到着を見ていたのだろう使用人が中から扉を開けてくれた。
お父様がこの地で亡くなられて以来、その死の様を思い出すからと、別邸から殆どこちらに来ていなかった筈の母様が驚いたことに開いた扉の向こうに立っている。
母様とまともにお会いするのも何年ぶりかの事だ。
……少しお歳を召している……。
こんなに母様は小さい人だっただろうか。
母様の水色の瞳には涙が光っている。……母様が私を真っ直ぐに見てくれた最後は一体いつだったろう……。
予想していなかった再会に驚き動けない私に、母様は静かに歩み寄り両手を回してしっかりと抱擁してくれた。
「フローティア……」
涙声で名を呼ばれ、温かい胸にしっかと抱かれ、私はこれが本当の出来事かそれとも夢でもみているのか分からなくなる。
「……母……様?」
おずおずと声を掛けると母様は私から身を離し、つま先から頭の先までを見て、瞳を濡らしたまま微笑みを浮かべたようだ。
「無事で何よりです……フローティア」
呆然としたままの私の視界に、ホールの奥からこちらに向ってくる兄様の姿が映る。
数年前にお会いした時には無かった立派な髭を蓄え、いくらか恰幅の増した落ち着いた姿をしていた。
ジェイドが兄様に向い一礼し、懐から一通の手紙を取り出した。
「エドーニアご領主エクロウザ様、私は、アグナダ公国バルドリー侯爵家当主グラント・バルドリー卿より、エクロウザ様のお妹君フローティア様をお送りするよう言いつかいましたジェイド・ブルドライと申します。事の詳細につきましては事前にバルドリー卿より文が届いておりましょうが、こちらに今一通書状をお預かりいたしております」
そう口上を述べながら、ジェイドは恭しく封蝋のされた手紙を兄様へと手渡した。
「今現在のアグナダ公国とリアトーマ国との状況から致し方が無い状況であったとは言え、フローティア様をこちらにお連れするのがこうも遅くなりましたこと、バルドリー卿に代わりまして心よりお詫び申し上げます」
なんだかいま一つ私には状況が飲み込めない。
ジェイドの言葉からすると、どうやらグラントは私がここに着く前に何らかの連絡をエドーニアに入れているらしいけれど、まさか彼自身が私を攫い、アグナダ公国へ連れ去ったのだとは言っていないだろう。
……だいたい、そんなことを誰が信じると言うのだ?
バルドリー卿自身が、この国に侵入してきたと言う時点ですでに『あり得ない』のだから。
事態が理解できるまで、私は大人しく口をつぐんでいた方が良さそうだ……。
しかし、ジェイドとテティとは今日だけでも屋敷へ泊るようにと引きとめる兄様に、久しぶりの再会の邪魔をする訳には行かないとそれを固辞し、挨拶もそこそこにエドーニア本邸を去って行ってしまった。
……これでは彼の口から事情を聞きだすことは出来ない。
どうしたものかと思っていた私がバルドリー卿からどのような手紙が来たのかと兄様へ問うと、兄様はあっさりとその手紙を私に見せてくれた。
……今となっては懐かしいグラントの筆跡。
中を読んで私は愕然とする。
手紙の中で私は、あのエドーニアの館から商人を装った人買い組織の人間に攫われた事になっていたからだ。
人買い組織は若くて育ちの良い女を攫い、船で遠い遠い異国の王侯貴族へと売ろうとしていた。
そこにたまたまバルドリー卿の船が通りかかり、異変を察知して囚われていた人々を解放し、自分の乗る船へと招じいれた。
その中に、私がいた……と、至極まじめな文体で書かれていたのだから……。
私はリアトーマ国やエドーニアの兄様へ迷惑がかかることを恐れ、なかなか身元を明かさなかったけれど、数か月が過ぎてやっとエドーニア領主の妹であることをバルドリー卿に告げたそう。
ただ、両国の関係が非常に微妙である時期なので、すぐにはお送りすることは出来ない……。
……と、そんな荒唐無稽な話が記されている。
私は空いた口が閉まらない気持で手紙から顔を上げた。
「さすがはかのバルドリー卿のご子孫だけあって、たいしたご慧眼をお持ちです。もし貴女の乗せられた船を……バルドリー卿が怪しい船と見抜かなかったとしたら……」
声を詰まらせ、母様が言う。
兄上は無言でひとつ頷いた。
……そうか……。
私は心に深く納得した。
『かのバルドリー卿』のご子孫『バルドリー侯爵』と言う名前を、彼はうまく利用したのだ。
人間と言う生き物は立派な看板や肩書に弱い。
嘘くさい手紙も、立派なバルドリー侯爵の署名を与えられることで真実の重々しさを纏う……。
申し訳ないけれど道中疲れてしまったと二人に詫び、早々と部屋へ下がった私は寝台に腰かけ枕を抱えると、それに顔を埋めて大笑いした。
どうしてこんな荒唐無稽な……バカバカしい話をグラントは考えついたんだろう。
私を攫ったのは彼なんだもの、人攫い組織の人間がグラントであることは分かるけれど、それを成敗して救いだしたのもグラントと言うのは無い。
だいたい、船の上からあの船は怪しい船だ……なんて、どうやって気がつくというのだ?
海賊船のように髑髏の旗でも上げていたとでも言うつもりなのかしら?
「ありえないわ……グラント……」
呟く私の頬に、ポロリと涙が一粒転がり落ちた。
考えてみれば、彼の行動のすべてがあり得なさすぎるのだ。
私が人攫いの組織の人間に攫われた以上に、真実はもっとあり得ない話だった。
グラントはいつ、あの手紙を兄様へ出したんだろう。
私よりも手紙は相当に早く到着している。
でも、以前にも彼はフドルツ閉鎖地区をアグナダ公国側からリアトーマ国側へと抜けて来ているのだから、今回も同じように手紙を運ばせたのだろう。
バルドリー侯爵と言う肩書や、レレイスや大公一族の口添えを得ればたやすい事に違いない。
私が船でゆっくりとこちらに向かっている間に、陸路、手紙は届けられたのだろう……。
私の我儘を許してくれた上に、こうして帰宅した私が何の憂いもないよう手を回してくれたグラントの気持ちを想うと、もう泣くまいと思っていたのに涙は止めどなく溢れ出してくる。
それから数日過ぎたころだったろうか。
何か兄様のお役に立てることは無いかと虚しくうろうろとしている私に、母様が言った。
「また何か危険なことをしようとしているのでしたら、絶対に許しませんよ」
「……分かっております。もう、二度とエドーニア市街の館へも……戻ることはいたしません……」
家の名など名乗らない一人で生活して行くので家を出してくれと、反対する母様を振り切って私が家を出たのはまだ私が少女だった頃だ。
それが世間知らずにも……愚かしい親切心で人攫い扮する商人を館に招じいれ、まんまと攫われてしまった……と言うことになっているのだから、母様にそう言われるのも当たり前だ。
「そうですか。なら宜しいのです」
少し安心した表情で母様は言う。
「貴女がエクロウザを手伝ってあのようなことをしているとは、私は存じませんでした。……ただ貴女は……屋敷にいづらそうにしていたことを知っていたから、最後には家を出る事を認めてしまったのです。フローティア……エクロウザの気持ちもお察しなさい。あの子も貴女を気にかけていない訳ではなかったのですよ。だからこそフローティア、貴女があの子の役に立ちたいと申し出た時、無碍には断らず、貴女には分からぬようにですが、エドーニア市街の貴女の館近辺にも巡回警備のルートを作っておりました」
「……兄上が……?」
私は驚いて母様の顔を見る。
「残念なことに、その警備を掻い潜るようにして貴女は連れて行かれたのですけれど、貴女が行方不明になっている間、どんなにか二人ともに切ない思いをしたものか……」
「申し訳……ございませんでした……母様……」
言葉を口にしながらも、私は本当に申し訳ない気持ちよりも驚きの方が強かったかも知れない。
母様は水色の瞳で私をじっと見つめ、ふいと横を向く。
そう、私は小さい頃……お父様が亡くなられた後には、お母様の横顔ばかりを見てきたと思う。
だからこちらを真っ直ぐに見る母様の顔は、なんとなく見慣れない気持がするのだ。
「……私は、フローティア……貴女とどんな風に接したら良かったのか、解らずにおりました……」
横を向いたまま、母様がポツリと言った。
考えるまでも無く、私には母様が何のことを言っているのかが分かった。
「貴女がどこかへ消え失せて以来、私はずっと考えていたのです。小さかった貴女が、何故にリスタス……貴女のお父様の、あのように残酷な……無残な姿ばかり描き続けていたのか」
「……はい……」
「でも、いくら考えても私にはさっぱりわかりませんでした」
怒ったような表情で母様が唇を結んでこちらに向き直る。
「ですから、最初から貴女自身にどうしてなのかを問えば良かったのだと、つい最近になってやっと思いつきました。フローティア、あれは一体どういうわけだったのです?」
私は……母様のその表情や口調に、内心驚きを隠せずにいた。
ずっとずっと、きちんと話などしたことが無いとは言え、母様と言う人はこういうきっぱりとした性格の人だと言う事を、私は今まで知らずにいたのだ。
こんなに真っ直ぐにそんな質問が出るとは思っていなかった私は、少しおどおどとしながらつかえつかえ答えた。
「……私にも……どうにもならなかったの……母様。お父様の最期のお姿が目に焼き付いて……とても、とても苦しかったんです。あの……それで、絵に描いて頭の中から外に追い出してしまうことが出来ないかと、私……」
「……そう……だったの……」
大きく嘆息した母様の水色の瞳に涙の珠が大きく盛り上がった。
「どうして今まで貴女に聞けなかったのかしら……。貴女はあの時、涙を流しもせずにただあの恐ろしい絵を描き続けていたわ……。使用人の中には、貴女に何か恐ろしいものが取り憑いてリスタスをとり殺したのではないかと、酷いことを言うものまで出る始末だった。そんな事を言う者を叱責しながら、きちんと本当の気持ちを貴女に訊けなかったのは、……私も心のどこかで疑っていたからかもしれないわね……。母様を許して……フローティア……」
両手で顔を覆い小さく肩を丸めて泣き崩れる母様の姿があまりにも儚げで、……そして小さくて、私は胸が痛くなった。
「違うんです……母様」
そっと震える肩に手を置くと、その肩は思った以上に薄い。
「あの時、もし同じ事を聞かれたとしても、私には自分の心をちゃんと話せたとは思えませんもの。自分がしたかった事に意味合いを見つけ出せたのは、ほんの最近の話なのです……。だから……母様……」
泣かないで下さいと……言葉にする私の瞳からも、涙の粒がとめどなく零れおちた。
随分長く、そして遠回りをしてしまったけれど、やっと私達母娘は正面から向き合うことが出来た。
ねえ、グラント……私、この為だけにでもエドーニアに帰って来て、本当に良かったと思っているわ。




