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fluere fluorite  作者: jorotama
第六章
21/29

踊る白鳥4

 その日の午後になり、昨日レレイスが言っていた通り、セ・セペンテス別邸からサラ夫人が何台かの馬車を連ねてこのユーシズへ到着した。


 アトリエにこもりきり絵の下地を作っていた私がサラ夫人の部屋へ挨拶に行くと、どうやらサラ夫人はレレイス公女が私に絵の制作依頼をする為に来たことを承知していたらしい。

 絵の具の付いたエプロンをつけたままでのご挨拶を詫びる私に、暗青色の瞳にいたわりを込めて


「レレイスの姿を描いているのね。……かなり強引に頼まれたのではない?」


 そう優しく声を掛けてくださった。


「いいえ、レレイス様はとても美しいお方ですわ。……私のような未熟な人間が描くにはもったいないくらいです」


 答えた言葉にはある意味偽りは無かった。

 ただ、その言葉の裏側には言葉にしがたい切ない気持が疼く。


「根を詰めてはいけませんよ、フロー。明日……いいえ、後でお部屋へ伺っていいかしら。久しぶりにワタクシも楽器に触れてみたくなったの」

「勿論ぜひ。申し訳ございません。私があの部屋を使わせていただいているせいで……」


 恐縮する私に、サラ夫人が年齢を思わせない少女のような笑みを見せて首を振る。


「普段は楽器など触れることはないの。あの部屋は誰かが使ってあげなければ勿体無いわ。それに……貴女にはワタクシの伴奏をお願いしようと思っているのだけど、お邪魔じゃない?」

「いいえ。どうせ絵の具が乾くまで今日は出来ることがないんです。私で宜しければお相手させていただきますわ」

「では着替えたらすぐにお邪魔するわ。フロー、貴女には渡したいものもあるの。夕刻まで時間を開けてくださいね」


 渡したいもの?


 一体なんだろうと内心首をかしげながら、私はまだ荷物の整理がすまないサラ夫人の部屋を出て自室へと戻った。


 広げていた画材をセ・セペンテス以来私の側で仕えていてくれるテティに手伝ってもらい片付け終えた頃、サラ夫人が部屋へと訪れた。

 一応絵は別室へ運び、窓を開けて空気を入れ替えたけれど、絵の具のにおいがまだ残っているのが申し訳ない。


 それにしてもどうしたのだろうか。

 普段から若々しく活力にあふれたサラ夫人ではあるけれど、なんだか少女のように見える。


「ここでね、ワタクシはアクシ……主人と初めて出会ったわ」


 その言葉を聞いて、サラ夫人がやけに若々しく見える理由が私にも分かった。

 彼女は今、当時の事をありありと思い出しているのだろう。


「グラントに聞いていて、アクシの事を? 彼が諸国を放浪する吟遊詩人だったと言う話を」

「はい」


 と肯定の返事を聞いて、サラ夫人は収納から一本のウードを取り出して弦を一本、その音を確認するように弾いて手近にあった椅子に腰を下ろす。


「ワタクシが17歳の頃だったわ。……ふふ……毎日のようにこのユーシズの森に出ては狩りに明け暮れる生活を送るワタクシを、父が心配したわ。少しは女らしい事も覚えろと」


 唇を突き出しふてくされた表情のサラ夫人が、こちらを見ながら瞬きをする。


「レース編み? 刺繍? そんな肩が凝りそうなことは嫌いだわ。昔からワタクシは馬で駆けたり、森で狩りをしたり……剣のお稽古をしたりする方が性にあっているんです。グラントが子供のころはワタクシが剣の手ほどきをしたのよ。……あの頃は当然ワタクシの方が強かったわ。グラントもあんな憎らしい性格に育つとは思いませんでしたしね」


 ピン

 ピン


 弦をつま弾きながらサラ夫人は笑う。

 私も引き込まれて笑顔になりながら、シェンバルの椅子を引いた。

 銀色と黒の鍵盤をいくつか、音を確かめながら弾く。

 グラントがユーシズに来るまでの間、暇に任せて弾いていたから指は動くようだ。


「それでもあまり煩いものだから仕方が無く……音楽くらいなら習い事をしてもいいと申しました。だけど、どうせ習うのなら、その辺の音楽教師では嫌だと言ったんです。世界に通用するような人間を連れて来いとね。一流につかず、ただどうでもいいような趣味を一つ増やすなんて、そんな無駄な話があるかと。あら厭だわ……改めて思いなおすと、なんて可愛くない事を言ったのかしらワタクシ……。これではグラントの可愛げのなさを責められないわねぇ……」


 ほっと嘆息してサラ夫人は再び口を開いた。


「後日、父はこの部屋の改装を始めたの。教師を雇い入れるならこの屋敷は街から離れていますもの、こちらに住み込んで戴かなければならないって。その後しばらくしたころ父が私を呼びつけて、約束通り一流の人間を連れてきたと言ったのよ。……あの時の得意そうな父の顔は忘れられないわ。約束なんてした覚えはなかったけれど、父が約束と受け取ったからにはワタクシも覚悟して楽器に臨むつもりでこの部屋の扉を開けたのよ。どうせ顰めつらしい髭の『巨匠』でも連れてきたのだろうと、ノックもせず扉を開けた先にあの人……アクシがいたわ……」


 一流の音楽家としてバルドリー家に雇い入れられた……『吟遊詩人』……。

 アクシ……と言う名前に、なんとなく引っかかるものを感じ、私は記憶の糸をたどった。

 記憶はいつくかのメロディを連れて、ひとつの名前を私の記憶の表層に押し出す。

 ……急に胸がどきどきとした。


 まさか……。


「あの……サラ夫人。もしかして、グラントのお父様と言うのは……吟遊詩人アクレシフォス……と、仰るんじゃ……」


 シェンバル、フェタ、ウード……あらゆる楽器に精通し、各楽器におけるいくつもの名曲を世に残した吟遊詩人が、かつて存在していたことを私は知っていた。

 私だけじゃない、きっと音楽を愛する人間だったら誰もが知っている筈だ。


「あら、良くご存じね」


 サラ夫人は驚いた顔をして言った。

 グラントといい、サラ夫人と言い、どうしてこの一族は私の事をこうも心底驚かせ、絶句させるんだろうか?


「冴えない顔でね、痩せてひょろ長い男だったわ。こんな人で大丈夫なのかと疑わしくて、まずは一曲演奏してみろと私が言うと、アクシはシェンバルを弾いてくれたの。楽器に向った途端、冴えない男にしか見えなかった彼がとても素敵に見えたものよ。あの瞬間、ワタクシはアクシをなんとしてでも、どんな卑怯な手を使ってでも手に入れてやろうと……ふふふ。そう決めたのよ」


 そして……彼女はそれを実行したのだ。


 若くして周辺各国の王侯貴族たちに寵愛された吟遊詩人アクレシフォスは、数十年前に突如としとして姿を消したと言われている。

 あまりの才能に、妖精の女王に攫われたなんて逸話もあるくらいだ。

 それがまさかバルドリー侯爵家の婿養子になっていたなんて、誰が信じられるだろうか。


「……久しぶりにアクシの事を誰かに話せました。時には思い出の虫干しもいいものね。それじゃあ、何か適当な曲を弾いてもらえますか?」


 まだ内心動揺が残っていたけれど、私はサラ夫人の求めに応じ、かの吟遊詩人アクレシフォスが残したシェンバルとウードの為の小曲の冒頭をポロロと弾いて見せた。


「この曲でよろしいでしょうか?」

「ああ……アクシと昔弾いたことがあるわ」


 嬉しそうにサラ夫人が笑う。

 私は少し緊張していた。

 なにしろ、サラ夫人はあのアクレシフォスに師事していた人間なのだ。

 先ほどから見せる堂にいった調弦の様子と言い、きっと素晴らしいウードの弾き手に違いない。

 上手に伴奏を務められるか不安に思いながら鍵盤をたたき、メロディアスな冒頭部分を奏で、情緒的なウードの絡みを待つ。


 ……サラ夫人の演奏は、私にとって衝撃的なものだった……。

 まず、入るタイミングが……あり得ないくらいに早すぎる。

 定められた拍子を外れ、駆け出し、停滞するリズム。……勝手に書き換えられた音階と、必要以上に多い遊び。

 言っていいものかどうか迷うけれど、サラ夫人のウードは絶望的に……下手なのだ……。

 心の中ではこの酷い演奏に動揺しながら、なんとか意志の力でシェンバルを弾く手を止めず、私はサラ夫人の様子を窺った。


 一心不乱にウードを弾くその姿は実に楽しそうで、何かの悪戯を行っているようには見えない。

 もしかしたら……と私は思う。

 グラントがメイリー・ミーと作ったあの曲も、わざと滅茶苦茶なつくりにしたものと信じていたけれど、彼は本気であれを名曲と信じているのかしら……。

 自分の演奏ペースまで乱されそうになり、踏みとどまる為に相当の精神力を要したように思う。

 だからその曲が終わった時、私はくたくたに疲れ果ててしまっていた。 


「楽しかったわ……」


 満足の溜息とともにサラ夫人が言う。


「大変だったろう、フロー。御苦労さんだったね」


 気持ちを逸らさずとにかく自分の演奏に集中していた私は、そう声を掛けられるまでグラントが音楽室へ来ていた事に気がついておらず、驚いて顔を上げた。


「人が音楽を楽しんだのに、大変だったとはなんですか?」


 不愉快そうに言うサラ夫人に、グラントは落ち着いた様子で答えた。


「母上のウードは人を惑わす音楽だと、かつて父上も言っていたではありませんか。アレに巻き込まれないためには心の力が必要です」

「ああ……確かに……そんなことをアクシは言っていたわ。……もう一曲弾いてもらおうかと思ったけれど仕方無いわね……」


 不承不承ではあったけれど、グラントの言い分に納得したらしいサラ夫人がウードを床に置いた。

 私は表情と言葉には現わしはしなかったけれど、心の底でホッとしてしまう。

 それにしても、人を惑わす音楽とはうまいことを言ったものだ……。


「耳は肥えてても演奏するセンスは持ち合わせていないからね、この家の人間は……」

「貴方もアクシに似れば音楽性あふれる殿方になれたでしょうにね。似たのは髪の色くらい……。つまらないこと」


 グラントが苦笑いを浮かべた。


「まぁ今更そんなことを言っても仕方がないですね。……そうだ、丁度良いところにきましたねグラント。貴方、一階に下りてワタクシが連れてきたお針子さん達にこの部屋へ来るように伝えて来て。レレイスがここで夜会を開くと、セ・セペンテスを出る前にこの一帯の知り合いに招待状を出してしまったようよ。だから今日は夕刻までフローは体が空かないの。さあ、早くお願いね」

「レレイスが……?」


 渋い表情になったグラントを、サラ夫人が廊下へと追い立てた。


「あの……夜会って……?」


 またもや何が起きているのか分からない私は、おずおずとサラ夫人の背中に向って疑問を投げかける。


「そう、レレイスも普段ならこんな勝手なことはしないんでしょうけれど……色々と思うところや事情があるのね。彼女を許してあげて。夜会には貴女も出席していただくことになっているわ。これからドレスの仮縫いをします。……今回は、まだ正式にバルドリー家の新しい家族として貴女の事をご紹介させてはいただけないの、フロー?」


 何もかもが唐突に過ぎて、私は驚いてサラ夫人の顔をまじまじと見つめた。


 この家の家族として……?

 私が?


「……その表情かおじゃあ、やっぱり時期尚早のようね。……グラントったら、なんてだらしのない」


 イライラとした様子でグラントが出て行った戸口を一瞬振り返り、大げさすぎるくらい大きなため息をひとつ彼女は吐く。


「ねぇ、フロー……さっきはグラントとアクシはあまり似ていないと言いましたけれど、彼はやっぱりアクシの息子だわ。……彼はワタクシを愛してくれてこの家に入ってくれたけれど、根っからの吟遊詩人。あの人をこの家の婿養子にするというのは、自由に空を飛ぶ鳥を籠の中に閉じ込めてしまったのと同じ事だったんじゃないかと思うのです。あの人はいつも笑顔でいてくれたけれど、きっと外の世界を歩きたかったのよ。グラントがまだ子供のうちにアクシが逝ってしまったのは、もしかしたら……ワタクシが彼をここに縛り付けてしまったせいなんじゃないかと今でも思うわ。こんなことだったら家を捨ててでもアクシと一緒に世界を歩けば良かった。……そう思わずにいられないのです……。だからワタクシはフラリと家を抜け出て、商隊の護衛に入り込んで旅を始めたグラントを諌める気持ちにはなれなかった。商人になって周辺の国を歩き始めた時にも、やっぱりアクシのように大きな……世界の風に当たりたいんだと妙に納得しました。それが、今度はフロー……貴女をどうしても手に入れたくて攫ってきたと言うじゃない? その辺はワタクシやバルドリーの家の血を引いているのね。グラントは紛うことなくワタクシと……アクシの子だわ」


 そしてシェンバルの前に腰かけたままの私の手を取り、強い瞳で私の瞳をまっすぐに覗き込んで言った。


「ワタクシはね、フロー。例え貴女がどんな……どんなハンデを持っているとしても、貴女をグラントの、ワタクシとアクシの息子が愛した女性として迎え入れたいと思っているのです。ワタクシにとってアクシ以外考えられなかったように、父にとって母だけだったように……。きっとグラントにとっても貴女しか考えられないに違いないから……そのことだけ、忘れないでいて」


 強い……とても強い瞳で見つめられ、私は自分の心の中に隠している事を見透かされているような気がした……。


 サラ夫人に私は言ってしまいたいことがあった。

 ……私はその時そう思いながらも、どうしても口を開くことが出来なかった。


「さあ、どうやらお針子さんたちが来たようよ。どうぞ、入っていらっしゃい」


 扉からのノックに答え、サラ夫人は少し優しい目をして私を見る。


「素敵なドレスを作りましょうね。勝手に布地を選ばせてもらったけれど、きっと貴女にとても似合うはずですよ」


 何人かのお針子達が、真珠のような光沢のある絹と霞のような紗の布地を手に私の周りを取り巻いた。


 レレイスがこのユーシズで主催したという夜会までの間、私はそれなりに忙しく過ごしていた。

 頻繁に行われるドレスの仮縫い。

 美しい飾りのついた靴の合わせ。

 レレイスの肖像にも打ち込んだ。


 彼女の柔らかな輪郭やあの……人を魅するような瞬間の表情を描き出すには、乱暴な筆致は許されない。

 サラ夫人も夜会の準備や手配に忙しいらしく、あの後は一度しか私の部屋でウードの伴奏を要望していなかったし、グラントはセ・セペンテス別邸で何か仕事があるらしく、何日かの間留守にすると言い残し、慌ただしく出かけて行った。

 また何か問題でも起きたのかと心配な気持ちになるけれど、彼がいない方がレレイスの肖像の制作ははかどっているような気がしている。


 そのレレイスも、今は狩りの季節に入ってたくさんの上級貴族が集うこの地方のあちこちへ社交的に出歩いき、忙しそうだった。

 グラントの言ったとおりジェイドもこのユーシズの屋敷に到着したのだけれど、以前エドーニアの館から攫われた私がエルルカの近くの倉庫に連れて行かれた時に、老ラズロの死を伝えに来た……確か、レシタルと言う名の男性とともに、レレイスの警護として彼女が出かける際には同行している事が多いようだ。

 なんだかレレイスの周りには警護の人間が多いような気がしたけれど、やはりこの国を統べる大公の一族の人間としてはこのくらいで当然なのかもしれない。


 考えてみれば、バルドリー侯爵家の当主でありながら単独で各国をふらふら歩きまわっているグラントの方がおかしいのだ……。

 先だって、夕餐に顔を合わせた時彼女は私にこう言った。


「世の絵描きが貴女のように一度相手を見ただけで描き上げてくれる方ばかりなら、これほど楽なことはないわね。子供のころ家族で肖像を描いてもらった時は、何度も何度も同じポーズをとらされて大変だったことよ」


 確かに子供ならば長時間の拘束にうんざりしてしまったに違いない。

 私としても今回だけは自分の、この『映像を忘れずに覚えていられる』能力に、少しだけ感謝していた。

 レレイスが私の描きかけの絵を見て、どう思うのかが怖かったのだ。

 だけど私は、彼女を描くのならあの美しい瞬間を置いて他にないように思っていた。

 夢見るような瞳に、思わず抱きしめたくなるようなたおやかな肩の線。


 どうしてグラントが彼女を好きにならなかったのかが、私には分からない。

 あの時のレレイスを見ていたら……そしたら、もしかしてグラントは……レレイスを……。

 なんだかこう言うと変に聞こえるかもしれないけれど、彼女の絵を描いている時の私は、彼女に……恋心にも似た憧れを抱きながら筆を進めていた。

 レレイスの名前で開催された夜会を控えた朝に、私はその絵に最後のひと筆を加えて完成とした。


 後で……いいえ、明日の朝、レレイスに絵を手渡そう……。




 リアトーマ国での私は、社交界とは無縁に今までの時を生きて来ていた。

 この国より少しだけ窮屈で封建的な国であるリアトーマでは、私のようなハンデを持つ人間は表舞台に出されることなど殆どないのだ。

 恐らくエドーニアの本家にずっといたならば、生涯を人目に触れないように過ごすことになっただろう。

 だから当然のように、正式な夜会服に身を包んだことなど一度も無かった。


 私はテティに手伝ってもらい髪を綺麗に結いあげ、サラ夫人が用意してくださった髪飾りをつけて身支度を整えた時点で、とても重要なことを見落としていることに気づかずにいた。

 ふわりと広がる大きなスカート部分は真珠色の光沢の絹の上に、霞のような紗をかぶせたものだ。

 幾重にも重なった紗のペチコートがスカートを雲のようにふわふわと広げている。

 私が痛めた左の脚は、ただ普通に立つ分には短い時間なら何も問題は無いけれど、長時間や、歩くとなると杖が必要になる。


 ……だけど……。


 自分の周りをふわふわと取り巻く絹と紗の真ん中で、私は愕然となった。

 ペチコートで膨らませた大きなスカートが邪魔になって、杖が突けないのだ。

 ……いや、それ以前に、肩と背中の空いたこの美しい夜会服に無骨な杖の組み合わせ自体、とんでもないミスマッチと思われるだろうけれど……。


 それにしても、どうやって大広間まで行けばいいのかしら……。


 少しくらいの距離なら壁にすがって脚を引きずって歩くこともできるけれど、この広い屋敷を何段もの階段を下り移動するとなると、到底無理な話だ。

 仮縫いの時には移動は無いし、私の脚をお針子達は気遣い、一度に立っていなければいけない時間はとても短く済ませてくれたのだ。

 あの時に気がつかない方がどうかしていたけれど、私だって生まれて初めて作る綺麗な夜会服が出来あがる様に浮かれてしまうことくらいある。

 だけど、それにしてもどうしよう。

 まさか広間で着替えるわけにも行かないし……。


 部屋の真ん中で私が呆然と立ち尽くし、私から渡された杖を手にテティがおろおろとしていた時、扉がノックされた。

 我に返ったテティが急ぎ扉を開けると、この数日来ユーシズを留守にしていたグラントが、そこに立っていた。



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