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fluere fluorite  作者: jorotama
第三章
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小夜啼鳥4

 カフェ・リルカは、いかにも若い女の子が好みそうな可愛らしい装飾に満ちた明るいお店だった。

 ピンク色の小花模様で裾にふんだんなフリルが踊るテーブルクロスやカフェカーテン。

 盛大に甘ったるい色の造花が盛りつけられた壺は、淡い黄色にリボンやお花の浮き彫り。


 ……くどい。


 そこここに可愛らしくはあるけれど、私から見ればゴチャゴチャしすぎた雑貨があちこちを埋め尽くし、店内の大半が若いお嬢さんたちで溢れていた。

 そんな中で私はまるで花籠のように大量の花を飾った帽子を被り、大きなリボン飾りのついたレースの手袋の手で、店内に入ってきた紺色の制服姿のメイリー・ミーに向けて手を振った。


「こんにちは、メイリー・ミー」


 私が挨拶すると、メイリーは小さく会釈を返して私の陣取ったテーブルへと歩いてきた。

 先日修道院の集会場でも見かけた友人が二人、彼女と同行している。


「こんにちは、フローティアさん」


 メイリーにそう挨拶されて、一瞬だけ、私は驚いた。


 そうか……あの時私は緊張していて、しかも焦っていたから、ついその名前を彼女に名乗ったのだった。

 まあ……そのくらい大したことはあるまい。


 改めてメイリーの顔を見直すと、表情が硬いのが分かった。グラントからの手紙を読み、老ラズロの死以外はだいたいの事情を彼女は把握した筈。

 そこはかとなく漂う緊張感にも無理はなかった。


「フローでいいわ。こちらメイリーのお友達ね。私はフロー、先日もお会いしましたわね。メイリーのちょっとした知り合いなの、よろしく」


 私は椅子から立ち上がることなく、メイリーの二人の友人達に会釈をした。


「ごめんなさいね、私、脚が悪いので座ったままですけど、許してね」


 先日の事を思い出しているのか、くすくす笑いながら二人の友人達が私に向けてお辞儀をする。

 笑ってはいても良家の子女らしく、礼儀正しい。


「ね、お近づきのしるしに今日は私が何か御馳走させてくださらないかしら? よければあちらにお菓子が色々あるみたいだから、選んでいらして? ……メイリー、貴女はちょっとここにいてくれる?」


 ある程度裕福な家の出のお嬢さん達の良いところは、変な遠慮をしないことだと私は思う。

 二人も素直に私に礼の言葉を述べると、飲み物やお菓子を選びに店の奥へと楽しげに歩いて行った。


「……フローティアさん……グラントの手紙、読みました。あの……本当にこんなことが……?」


 二人が去ってすぐ、メイリーがひそひそと声を顰めて私に疑問を投げかけてきた。

 疑って当然だろう。

 こんなこと、普通の生活をしている女の子が巻き込まれるなんて考えられない話だもの。


「本当の事よ、信じてメイリー。それが、そうなのね?」


 手には銀色の金具の付いた手提げバッグと、ブックバンドで括った……楽譜入れのようなものを何冊か持っている。

 グラントは手紙に、老ラズロから送られた物をここへ持ってくるようにと指示していた筈だ。

 老ラズロと交わした書簡類はおそらくメイリーの手提げの中にあるのだろう。


 私はさっと店内と店の外の席を見渡した。

 ……先日、修道院からの帰りに私を尾行してきていた男の姿が道路の向こう側に見えた。


「手紙以外にお父様から最近戴いたのは、これだけなの……でも……」


 両手で抱き締めるように楽譜入れを掴み、メイリーは信じられないと言いたげな表情で私を見ている。


「道の向こうにあなたを監視している男がいるの、だからそっと、一瞬だけ横の窓を見てちょうだい」


 私が小路に面した窓を見るようにメイリーに指示を出すと、そちらをちらりと見たメイリー・ミーの瞳が大きく見開かれた。


「……グラント……!」


 窓越しにグラントがメイリーにむけて片目を瞑って小さく手を振った。


「……じゃあ、本当に……」

「そう、本当の事よ。……グズグズしている時間はないわ」


 道の向こう側にいた男が、こちらに歩いてやってきていた。

 私はメイリーに店内の化粧室へ行くように指示する。


「右端の用具入れに貴女の着替えがあるの。急いでそれに着替えて堂々と店の出口から出て行って。この店の裏手の水路に小舟を用意してあります。仲間は貴女の顔を知っているから向こうから合図してくれるわ。……グラントと私は後から合流するから大丈夫よ。……楽譜入れは用意したバッグには入らないわね。……いいわ、それはお預かりさせていただくから置いて行って」


 こくりと一つ頷き、メイリーは化粧室へと歩いて行った。

 男がカフェの外の空席に座るのが見えた。

 上手くゆくだろうか……不安が胸をよぎる。


 私は平静を装ってテーブルのホットチョコレートのカップを掴み、甘い液体に口をつける。

 冷めたホットチョコレートはべったりと甘ったるくて、液体なのに喉に詰まるような気がした。

 屋外のテーブルに座った男が私の方へと視線を向けている。

 先日修道院から尾行をしたメイリー・ミーの知人だと言うことは分かっているだろうが、私をどういう人間だと考えているだろうか……。


 お昼が近くなっているせいで、店内には人が多くなってきていた。

 やがてショウケースのお菓子と飲み物を選び、注文を終えたメイリーの友人たちが席に戻ってくる。

 視線の端に着替えを終えて地味な制服からありきたりで可憐な洋服と帽子に着替えたメイリー・ミーが、化粧室から店の外へと歩み去るのが見えた。

 化粧室の出入りは結構ある上に、地味な制服よりもこんな場所では普通のドレスの方が却って目立たなかった筈だ。


「せっかく外出許可日を楽しんでいらしたのに、お邪魔してごめんなさいね」


 私はメイリーの友人達に笑顔を向けて形式的に詫びを言った。


「いいえ、だって外出日と言ってもいつも学校内と同じ顔ですもの、誰か違う方とお話出来るのは大歓迎です」

「それに、ここの焼き菓子は美味しいんです。御馳走していただいて嬉しいわ」


 給仕が彼女たちの注文の品をテーブルに運んできた。

 私は料金といくらかのチップを彼に手渡し、二人の友人達に顔を向けた。

 メイリーと同じ17歳前後だろう。

 裕福で幸せな家庭に生まれ育ち、きっとこの先、小さな悩みや悲しみはあるだろうがそれぞれがそれぞれの幸せを掴み生きてゆく女の子達なんだろうと思う。

 ふと胸の中に悲しいような気持ちと、彼女たちの将来が幸せなものであるように祈りたいような思いが芽生える。

 こんな時に、そんな場合じゃないのに、不思議だ。


「あの……メイリーは…?」


 雀斑のある細面の少女が、空いた席に目をやって私に問う。


「化粧室へ行ったのだけれど……。でも、お茶が冷める前に先にいただいた方が良くってよ」


 しばらくの間、私達は他愛のないお喋りをしながら、お茶を楽しんでいた。

 若い少女たちの集団生活の様子など、私の知らない世界の話はとても興味深い。

 こういう場面でさえなければ、もっと楽しくお話を出来たのかもしれないのだが……。

 屋外席の男がソワソワと店内を覗き込んでいた。


「メイ……遅いわね」


 メイリー・ミーの友人のパティスと名乗った少女が化粧室の方を見ながら言うと、リリが心配そうな様子で頷く。

 ……そろそろ潮時かもしれない。


「具合が悪くなっているなんてこと、まさか無いと思うんだけれど、二人で化粧室を見て来てくださるかしら?

私はメイリーの分、何か温かい飲み物とお菓子を見てくるわ」


 そう言って立ち上がる。

 野外席にいたあの男が店内に入り化粧室の出入り口が見える席に座り、リリとパティの動きを眼で追っている。

 テーブルの上に置き去られたブックバンドで括られた楽譜入れを素早く手に取り、私は店の奥へと移動する。

 ショウケースのすぐ前に小路から出入り出来るドアがあることは前もって確認していた。

 さりげない様子を装い、私は店の外へと出た。


 店からは誰も付いてきていない。

 私は周囲を確認すると大急ぎで頭の上の花だらけの帽子をむしり取り、通行人に奇異なものを見る目で見られることも気にせず、派手な衣装を脱ぎ捨てた。

 派手な服の下に、ごくあっさりとした衣装を着けていたのだ。

 店先のダストボックスにドレスを押し込み、何食わぬ顔で私はグラントが用意した二人乗りの小さな馬車に乗って、座席に用意していた小さな帽子を頭に乗せた。

 馬車が道の角を曲がる時、視界の端に店内から飛び出してきた男が周囲を見回しているのが目に入った。


「御苦労さま。ありがとう」


 グラントが言いながら私の肩をポンと叩いた。

 トクトクと激しく心臓が煽っている。

 今更ながら体に震えがきた。


 「……メイリー・ミーは、無事にジェイドと合流出来たかしら……」


 カフェ・リルカから十分に離れたと思われる頃、ようやく私は声を出すことが出来た。


「見た様子だと監視は一人だけだったから、恐らくは……ね。それよりもフロー、君には危ない事をさせてしまって本当に申し訳ない。……大丈夫かい?」


 楽譜入れを両手で抱え、蒼白な顔色をした私にグラントは優しく声をかけ、かしいだ帽子の位置を直してくれた。

 詫びを言われる理由がない。

 だって、メイリー・ミーとあの場所で会ったのがグラントだったら、きっと前もって顔を知られていた私と会うよりも監視の人間には警戒されていた筈なのだ。それに、これがうまく行けば、もしかしたらリアトーマ国とアグナダ公国の間の関係も改善されるかもしれない。

 そう答えようとしたのだけれど、まだ緊張が解けないせいか言葉が上手く口から出て来てくれなかった。

 私はただ黙ってグラントの隣で頭を振った。

 手綱を片手に持ち直したグラントが、私の背に腕を回して自分の方へと引き寄せる。

 馴れ馴れしい事この上ない。

 私はメイリーの楽譜入れでグラントの手を叩いてやろうかとも思ったけれど、もう一度彼が


「ありがとう」


 そう感謝の言葉を口にするのを聞いて、それを思いとどまった。

 ……グラントに凭れかかっていると温かい。

 お天気は悪くなかったけれど、この国はリアトーマ国よりも北に位置している上に、さっき私は上に着ていた服を脱いだから少し肌寒さを感じていたのだ。

 そう、だから、ほんの少しの間だけ、私はグラントがちょっと馴れ馴れしい態度を取ることを許してあげたのだ。


 馬車は港へと向かって走っている。

 水路で陸が細かく分断されているこの街は、馬車での移動よりも水路を小舟で移動した方が港まで早く着くことだろう。

 私達が港へ着く頃には、きっとメイリー・ミーやジェイドは船に乗り込んで待っている筈だ。

 夕方出航の客船で、私達はアグナダ公国を目指す手はずになっていた。



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