Good-bye Lolita and lover
同じような夢を何度かみた。
電車にひかれる、女の子の夢。
女の子は決まって、フリルの沢山ついた可愛らしいお洋服で身を包でいる。
私の一番好きな、ロリータファッション。
その時の私が着ていたお洋服など比べ物にならないほど可愛くて、甘い、完璧なロリータの女の子。
女の子は、迷わず自ら線路にちょこんと座る。
スカートのしわを直しながら、時々、前髪を気にしながら静かに電車を待つ。
そしてスピードを出した電車が女の子を呑み込む。
「何それ。ミカ、何か病んでるんじゃないの?大丈夫?」
「んー。最近ちょっと眠れてないかも。」
「ストレスじゃないの?平気?」
付き合っている男にその夢の話をすると必死に心配をしているフリをしてくれた。
でもそれが終わると、さてと本題に入る。
「ミカはヒラヒラばっかり着てるから、心が病んだんじゃない?」
私は、ラブリーで可愛らしい服を好んで着ている。
ロリータとまではいかないけれど、二十歳の女が主に着る服ではないことは認める。
でも好きなんだから、仕方ない。
男はそんな私の服が嫌いだった。
「ヒラヒラやめたらそんな夢みないよ。だってそうゆう服着てる人ってやばい人多くない?」
次第にねちねちした攻撃に熱が入る。この男は何かにつけて嫌味を言わないと気がすまない。
「病んではいないよー。多少・・・悩みはあるけど。」
私は思わせぶりな台詞を口にしてみたが、男はロリータ批判に忙しく気づかなかった。
『大丈夫だよ、悩みがあるなら相談に乗るよ。』
ついに男から、その言葉を聞くことはなかった。
思っていなくてもそれぐらいは言え。
そのぐらいは言っておかないとばれるだろう。
本当は本気で心配していない事がばれるだろう。
ばれていいのか?
うまくやれよ、そのくらい。
後でホテルに誘うつもりだろ?
割り勘で。
私は心で毒づきながら男を盗み見た。
男は私をうんざりさせるいつもの微笑みを顔に貼り付けていた。
「昼飯なに食べる?」
私の悩みは男の空腹に負けた。
「んー・・・パスタとか。」
「えー?この前食べたじゃん。」
鼻の奥がツンとした。
どんなに強気に冷静に男を分析してみても、自分の気持ちは騙せない。
「じゃあラーメンは?」
「うん、温まるのがいいなぁ。」
この日は今年一番の冷え込みだと朝のニュースで伝えていた。
冷えきった渋谷の街を歩く私は、いつもより強めに男にしがみついていた。
男の腕に絡みつく私の指先を包んでくれるのは、男が買ってくれた手袋だった。
温かい指先がほんの少し、寂しい。
「ミカ寒くない?」
「・・・ちょっと寒い。」
「手、繋ごうか?」
私たちが付き合いだしたのは二年前の冬で、今日みたいに寒い日だった。
あなたは私の冷たい手を温めてくれた。
そのせいであなたの手は冷たくなってしまったけど、あなたは微笑んでいた。
ねぇ、あの日も私はヒラヒラを着ていたんだよ。
ねぇ、私の好きな服をあなたが褒めてくれたこともあったんだよ。
あれは嘘だったの?
気まぐれだったの?
もう、忘れた?
私は優しいあなたが忘れられないよ。
暗記物のテストが一番苦手なのに、役に立たないことは覚えてる自分が恨めしい。
どうせなら全部忘れてしまいたい。
でも、ほら、この手袋可愛いよ。
ヒラヒラは嫌いと言ってたのに、ピンク色の可愛い手袋を買ってくれたじゃない。
この手袋のおかげで、今年の冬はわざわざあなたに温めてもらう必要はない。
あなたは今でも、優しい。
それでも自分を騙すことが苦手な私の鼻の奥は、痛い。
「・・・私のこと好き?」
「ん?何で?」
「なんか、ちょっと聞いてみたくなったから・・・。」
「ふうん。」
「・・・今度から、デートの時は、ヒラヒラの服、やめるね。」
「うん、ミカは大人っぽい服の方が似合うよ。」
上目遣いにそっとあなたを見ると私の好きな穏やかな笑顔だった。
私は安心してあなたの左腕に顔をうずめる。
すべてを失っても、あなたの優しさを失いたくなかった。
あなたのひんやりしたコートが、私の静かな涙を優しく受け止めた。
意気地無しの私は電車が迫ってきたら慌てて服を脱ぎ、逃げ出す。
でも私は速く走れないから、逃げ切れずに、みっともない裸のままでひかれるかもね。
その時は馬鹿だと笑って。
その夜、あなたは爪の伸びた手でやさしく私を抱いた。