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呪いのトイレットペーパーの終着地点

 私の名前は向坂藍さきさかあい

 至って一般小市民であり、大勢に埋没するタイプの花の高校二年生である。



 私は今人生の岐路に立っている。

 昨日人生で初気絶してからずっと悩みに悩んで今尚悩みながらも決心をしようとしていた。


 私の後頭部にトイレットペーパーの襲撃が始まってから早11日目。もう色々と限界だ。

 毛根も限界だし精神的にも限界だ。昨日ついにシャンプーしているときに抜け落ちた毛が20の大台に乗った。

 このままだと本当に宣教師ヘアになってしまう。それは嫌だ。



 私をここまで悩ませ追い詰めている存在は、今日も私の後ろでぽこぽことトイレットペーパーを投げ続けている。

 後ろを振り返るな、振り返ってはいけない。

 歯を食いしばり冷や汗を流しながら私がここまで我慢するのは、彼が学校でも超有名人で関わりたくない人間ベスト3に入る人種だからだ。


 彼の名前は佐倉葵さくらあおい。今時珍しいバンカラが似合いそうな番長様である。

 スキンヘッドすれすれまで刈り取られた髪の毛に、耳にじゃらじゃらと付いたピアス。ひと睨みで熊も引付を起こすんじゃないかと思えるくらいの迫力を有する、とても同級生とは思えない少年だ。

 ちなみに身長は190を超えていて、小柄な私からすれば見上げるほどの大男。

 彼の二の腕が私の太ももと同じくらいの太さといえば、その体格の違いも察してもらえるだろう。



 とにかく何をご乱心していらっしゃるのか知らないが、番長の奇行は11日目に入っても終わらない。

 クラス替えしてから一月。友達は一人もいなくとも、平和に暮らしていたあの日々が懐かしい。

 思い返せば涙が零れそうだ。歯を食いしばり我慢しながら、自分の人生そのものを振り返ってしまう。

 思えば友達と呼べる人間は数えるほども存在しないが、それなりに生きてきた。もしかすると今が一番私の短い人生で過酷な時期なのかもしれない。


 ため息を零して俯けば、視界に恐ろしいものが目に入る。


 それは昨日番長に頭に乗せられた、どうみても呪符。

 リアルな黒ウサギの心臓に矢が突き刺さり、そこから血が滴るという何ともホラーな劇画調な絵だ。


 家に帰って捨ててやろうと思ったが、呪われそうで出来なかった。

 家族に相談しようにも、こんな絵を見せたら心配されると思い至り、部屋で徹夜してしまった。だって普通寝れないでしょう、こんな呪いのブツが置いてある部屋で。

 瞼を閉じるとこの絵が脳裏に浮かび飛び起きること十数回。しかも想像の中でウサギは痛みに呻き声をあげ涙を零している。恐ろしさ増大だ。


 枕元に置いたのがいけないと場所を机の上に移動させたが、妙に緊張して目が冴えたまま朝が来た。おかげで目がしぱしぱする。

 このままでは本当に冗談じゃなく登校拒否になる。

 

 そこで起死回生の案を私は練った。

 そう、人生で一番関わりたくなかった相手に頭を下げることを決意したのだ。

 自分で言うのもなんだが私はここ10日超我慢したと思う。自分のキャラクターを忘れるくらいに我慢したと思うのだ。


 しかし我慢にも限度がある。

 秤にかけた結果、もう背に腹は変えられないと頭の中に住むもう一人の自分が宣言したのだ。



 この10日間トイレットペーパーを後頭部に投げ続けられた私は、その法則性に気付いた。

 番長がトイレットペーパーを投げる頻度は統計すると一時間目と三時間目、そして六時間目に多い。

 対してその手が緩むのは昼放課に入る寸前と朝と帰りのHR。

 よってその魔の手から抜け出し『奴』と接触するのは、『奴』の行動を省みても昼が適切だ。

 そう判断した私はぽこぽこ投げられるトイレットペーパーに拳を震わせながらも、何とか四時間目まで耐え抜いた。


 そしてチャイムがなった瞬間、教師への挨拶などお山の何処かへ飛んで行けとばかりにスタートダッシュをきった。



 上下する肩を宥めて、緊張に震える手を握り締める。

 私が現在立っている場所は、生徒会室の前。つまり学校で一番権力を握る生徒(もしかしたら違うかもしれない)の集う場所の前にいた。

 私は今から人生でもベスト3に入る苦手な相手へと接触を図ろうとしている。


 深呼吸を数度繰り返し、震える手をドアへと伸ばした。


 ノックを数回すると、室内から返事が返る。

 ここでどうして返事が来るかは疑問に感じてはいけない。

 この学校での生徒会役員は普通より少し幅を利かせていて、彼らは特権を幾つか持っている。

 授業の参加資格もそれの一つで、だから授業が終わったと同時にダッシュした私よりも先に───と言うよりも予めここに居たのだ。


 何故学校に友達も居ない私がそんなことを知っているかというと、去年生徒会の勧誘を受けたからだ。

 なんだかんだ言って重労働な生徒会は、甘いエサをちらつかせて役員をゲットする。私が勧誘を受けた理由は成績が第一なのだろうが、役員は割と学校で名の知られた生徒が多いらしい。

 去年私を勧誘してきたのは当時の生徒会長だったが、今では代替わりしている。その代替わりした役員こそが私が生徒会役員を断った最大の理由だが、なけなしの勇気を振り絞り私はここまでやってきた。


 怯える心を叱咤してドアを開ければ、12畳ほどの広さの部屋に長方形の机がコの字型に並んでいる。室内に居たのは3人。誰も彼も一応名前だけ知っている有名人だ。

 そしてその中でも一際目立つ窓際のお誕生日席に座る男こそ、私が用がある人物だった。


 ベリーショートの黒髪にきりりと釣りあがった柳眉にアーモンド形の瞳。豹を思い起こさせる雰囲気の持ち主の彼は名を乙杜恭弥おともりきょうやといい、信じたくないが私と血縁関係がある生徒会長だった。

 血縁関係といっても父親の妹の従兄弟の息子というだけでそこまで近いわけではないが、母親同士が仲が良いため昔はちょくちょく顔をあわせていた。

 顔立ちは私と違った勝気な顔立ちの美形で、お祭り人間でもある所為かそこそこ人気はある。


 しかし、だ。


 はっきり言おう。私は奴が苦手だ。

 私が根暗になった根本を形成したのは奴だ。



 幼稚園時代、私は奴と一緒にどちらかの親に預けられることが多かった。その当時は流石に友人も数人いたし、仲良く遊んでいることもあった。

 それなのに、私が家に友達を呼んで一緒に遊ぼうと誘うと、何が嫌なのか大魔神の如く立ち塞がり、友達と一時間かけて作った大作の積み木の城をめっためたに壊された。

 さらに奴の家に行った時も、奴が友達を呼んだと紹介したから仲良くしようとすれば、『おまえはこっちにくんな、ブス!!』と髪を引っ張られぼろくそにいびられた。


 そんなことが続く内に二人きりで過ごすことが増えたが、それはそれで無理だった。


 近づくたびに『おれによるな、ばかぁ!』。離れれば『なにむししてんだよ、ばかぁ!』。一人で遊んでいるのを邪魔しないよう隣に座れば『なにみてんだよ、ばかぁ!』。じゃあと隣に座りながら本を読み出すと、『なにおれからめをはなしてんだよ、ばかぁ!』。


 幼心に馬鹿はお前だと思った日を今でも簡単に思い出せる。

 学区こそ違うが家が近かったので、何だかんだでお互いの家を行き来する生活は小学校を卒業するまで続いた。

 中学に入れば奴が部活動に入ってくれ、その機会は正月や盆などの身内が集まる場だけに変わり、私は心底ホッとしたものだ。


 そして高校に入り顔をあわせて絶望した。何故、奴の志望校を確認しておかなかったのだろうと。

 私は奴の母親に聞かれて素直に志望校を答えていたのだが、まさか同じ高校に入ると思っていなかった。サッカーを得意とする彼は当然サッカーの特待で県外にでも行くと思い込んでいたのだ。

 それでもスポーツはともかく成績は普通の彼は、文系ということもあり顔はほとんど合わさない。去年も運良く1組と5組とクラスが離れほとんど会話もなかった。


 最後に会話したのは、去年の正月だ。生徒会の役員になるかどうかを問われ、その気はないと断言した。

 覚えている面影とほとんど変わぬ奴は、私の姿に目を丸めると、にいと口角を持ち上げる。

 性質の悪い笑い方は覚えている頃のままで、自らの選択に迷いが生まれる。

 しかしポケットに入っているあの呪いのトイレットペーパーが私の脳裏から逃げることを拒否させた。



「何だ、藍。お前が俺に会いに来るなんて珍しいじゃねえか」

「・・・乙杜、向坂さんと知り合いなのか?」

「幼馴染だ、一応な。遠い親戚でもある」

「お前が?向坂さんと?全然似てないし」

「あいつは母親似。俺は父親似。んで?俺を毛嫌いしてるお前が俺に何の用だ?」



 眇められた視線に身が竦む。

 九年間に渡り苛められた記憶は性格を歪めるほどで、苦手意識は失っていない。

 それでも背に腹は代えられない。トイレットペーパーの呪いは、もう嫌なのだ。



「生徒会の、会計のポストはまだ空いてる?」

「・・・何?お前、まさか」

「空いているのなら・・・私を、生徒会に入れてください」



 一息に告げ、深々と頭を下げた。

 会計の役割は計算が得意な私へと去年の生徒会長が持ちかけたポストだ。しかしメンバーを聞いた私は、会長候補が恭弥だと知り拒絶した。

 生徒会の入れ替わりは去年の10月。そして普通なら変更も今年の10月だ。役員の追加も基本はなく、一年間を同じ役員が勤める。

 そしてうちの学校は生徒会は会長が選ばれれば、基本的に残りの役員は会長の指名制になる。私が会計のポストを断ったのは、本来なら役員を選ぶはずの恭弥の指名ではなかったから、というのも理由の一つだった。


 しかし今はむしろ頭を下げてでも入れてもらいたい。都合が良いと判っているが、それでも私も他に道がないのだ。



「お前が、俺の生徒会に入るのか?」

「・・・お願い、します」

「本気か?」

「本気」



 しつこい問いかけに顔を上げれば、アーモンド形の目を見開いてこちらを見詰める恭弥が居た。

 真っ直ぐな視線にたじろぎながら頷くと、ぱっと顔を輝かせる。しかしすぐにその笑顔を隠し、これ以上ないくらいに眉間に皺を寄せた。

 私へ向けていた視線を逸らすと、腕を組み胸を逸らす。



「一応、まだ会計は空いてる」

「本当!?」

「お前が、どうしてもって言うなら、入れてやってもいいぞ。いいか、どうしても!って言うならだぞ!」

「どうしても」

「・・・なら、仕方ねぇな!どうしてもって言うなら、入れてやらないこともない。幼馴染だし、特別だ!」



 つんと顎を逸らした恭弥が初めていい奴に見えた。

 トイレットペーパー地獄から開放されると思えば、あのいつ殺られるかという恐怖を思えば、子供じみた恭弥の嫌がらせくらい耐え切って見せよう。

 奴だって一応高校生だ。まさか小学生並の嫌がらせはしてこないはず。


 ポケットに手をやり、リアルウサギの描かれたトイレットペーパーを握る。

 捨てるのはまだ怖いので後で恭弥にあげてしまおうと心に決め、漸く出来た逃げ道に脱力して座り込みそうだった。





「何だ、あの乙杜のツンデレ具合」

「・・・向坂に関しては昔からああなんだ。察してやってくれ」

「てか、察する以前の感じだけどな」



 そんな会話がさりげなく繰り広げられていたことなど、私はまだ知らなかった。

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