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トイレットペーパーは呪詛の種

 私の名前は向坂藍さきさかあい

 至って一般小市民であり、大勢に埋没するタイプの花の高校二年生である。



 後ろの席の悪魔・・・もとい、番長が私にトイレットペーパーを投げ始めてから早十日目。

 今日も今日とて奴は後頭部狙いでぽこぽこ投げ続けている。


 もしかして彼は私の毛根を根絶やしにしようと企んでいるのだろうか。

 量が少なくもないが多いわけでもない頭の真ん中に、しかも律儀にほとんど同じ場所に投げ続ける彼は、私を昔日本に来て宗教を広めようとした、かの有名なカッパヘアの人と同じ髪型にしようとしているだのろうか。

 つい十日前までは化学の教師のスダレた頭を見て『命儚毛いのちはかなげ』と読んでいた私はもうここに居ない。

 それだけにあの薄い命を大事にしている彼に教えてあげたい。

 後頭部に刺激をやれば髪増えるって言うのは嘘ですよ、と。

 事実私は彼の攻撃を受け始めてからシャンプーするたびに十本単位で髪が抜けてる。

 同士として、あのスダレにワックス塗りたくっている先生に教えてあげたい。


 今の私は毛根大事に、髪の毛大事にの気持ちが徐々に芽生えてきている。

 志だけ平和主義者の偉人であっても、髪型はふっさりもっさりがいいのだ。


 この髪がなくなれば、さりげなく俯いて授業中に寝るときどうすればいい。

 否、そもそも後頭部に刺激を与えられ続け、どうしようもない悪意を背後から浴びせられ続ければ眠る余裕は無いが、スキンヘッドにするには私は勇気が足りなすぎる。

 一瞬想像したがやはりない。無理無理無理、絶対にない。

 あんなのは綺麗な女の人がやるから赦されるのだ。私程度では絶対に駄目だ。


 そう言えば後ろの席の番長もスキンヘッド一歩手前の髪型をしていた気がする。

 あまりまじまじと見たことはないが、触ったらじょりじょりとしそうな感じだった。

 一生触る機会もないだろうし触りたいとも思えないが、綺麗な頭の形をしていそうだった。


 もしかして、番長は私の髪の毛に嫉妬してこんな行為を繰り返しているんだろうか。

 それならいっそ切ってしまおうか。

 スキンヘッドか宣教師ヘアになる前に、妬みの元であるこの髪を切ってしまおうか。


 指先で黒髪を一房摘むと、そっと眺める。

 艶やかでキューティクル満載のこの黒髪は、私の自慢できる唯一のものだったが、これの所為で毎日呪詛を掛けられるならもう切ってしまって構わない。

 髪を切ってついでにこの呪いの行為も止めさせたい。



 つらつらと考えていると、気の抜けたチャイムが鳴り響く。



 昼休みの合図だ。現在の学校生活でHRの終わりと同じくらいに待ち望んでいるが、この時間は同時に苦痛の始まりだ。

 友達の居ない私には一緒にご飯を食べようと誘ってくれる人は居ない。


 これまではずっと教室でご飯を食べていたのだが、番長にトイレットペーパーを投げた翌日から私はここで食事する勇気は失った。


 かといって弁当を持って教室を出ても、後ろに憑いているのだ。

 誰って、勿論番長が。

 始めは気のせいかと思い学校中を歩き回ったが、生まれたばかりのカルガモか!?と突っ込みたくなる勢いで付いて来る。

 しかもトイレットペーパー持参で。

 歩き回った末に得た安息の地は女子トイレ。勿論そんな場所でご飯を食べれるほど図太くない私は、五分ほどして番長も居なくなっただろうとそこから出た。

 しかし私の考えは限りなく甘かった。

 何を考えているのか、それとも何も考えて居ないのか。

 トイレットペーパー片手にトイレに足を向ける生徒全員にガン垂れつつ、番長はそこに立っていた。

 そう、女子トイレの入り口付近に、まるで仁王のように堂々と。


 年頃の男子生徒としてどうなんだ、それ?と思うが、そんなこと勿論口に出せるわけがない。

 口に出せるならとうの昔に『いい加減にしろよ、この腐れ野郎!女舐めんな!根暗舐めんな!お前の口内使用済みのトイレットペーパーで埋め尽くしてやろうか!?』程度のことは言っている。

 トイレから出た瞬間に見つけた彼からなるべく視線を逸らし、点々と続くトイレットペーパーを眺めながら教室へと戻ったのはもうトラウマに近い。

 おかげで私は学校のトイレに行けなくなってしまった。



 仕方がないので教室で俯いているのだが、お腹も空いたし精神面でも色々とギリギリだ。


 誰かこの空気を壊してください。

 神様本当にお願いです。

 誰でもいいんです。

 汝の隣人を愛せよと仰ったあなたですが、私の隣人はこの窮地を見てみぬフリです。

 どうか勇者を降臨させてください。



「ちわーっす!佐倉先輩居ますかー?」



 どうやら私の願いは届いたらしい。

 ただし現れた奴は空気を壊すが空気も読まない後輩だった。


 ざわめいていた教室が一気に静かになる。

 へらへらと笑っている目に眩しい金色の髪をした彼は、私ですら知っている有名人だ。

 この学校で唯一の金髪の彼は、一つ年下の小倉桂一おぐらけいいち

 垂れ目で肩を越す髪を一本に結わえた彼は、何処か犬のような雰囲気を持つ愛嬌のある人物だった。

 そしてありえないことに番長を先輩として尊敬している。

 入学当日に番長に喧嘩を売って返り討ちにされたことで彼を目標にしているらしいが、私としてはすぐにでも人生の補正をした方が良いと思う。


 しかし人見知りがなくその愛嬌から男女共に人気があるらしい彼だが、所詮は番長と同類だ。

 喧嘩上等、掛かって来いやと嗤うタイプだ。

 実際に私も一度目にしたことがあるが、あれは凄絶だった。

 普段はにこやかな様子で友人達の中心に居るくせに、眇めた瞳には狂気が宿り唇から覗いた犬歯は恐ろしさしか感じなかった。

 見つかる前にダッシュで逃げたが、あの時の背筋が凍る感じは忘れない。番長を見たとき以来の衝撃だった。



 ヘラヘラしながら上級生の教室に物怖じすることなく踏み込んだ彼は、番長を見つけると嬉しそうに駆け寄る。

 前門から来る虎に、後門で牙を剥き威嚇している狼。


 思わず俯くと、学年ごとに違う室内履きが視線の先で止まった。

 何故か嫌な予感に顔を上げられないで居ると、髪に何かが触れるのが視界に映る。

 思わず顔を上げてしまい、瞬時に後悔した。



「あれー?この人、向坂先輩っすよね?佐倉先輩、同じクラスだったんすか?」

「ッ」



 思わず息を飲み込む。

 まさか学校有数の有名人に名を知られているとは思っておらず、是非ともお近づきになりたくない彼が文字通り近づいている状況に冷や汗が流れる。


 何故彼は自分の名を知っているのか。

 もしかして、以前喧嘩しているのを見ていたのを知られていたのだろうか。

 だとするとこれは何?お礼参りか何かだろうか?

 しかし自分は一般小市民。彼にお礼参りされるような何かはしていない。


 ただただ恐怖で身を強張らせじっと行動を眺めていれば、驚いたように瞳を丸めた彼は、ほにゃりと何とも緊張感のない笑顔を浮かべた。

 その笑顔に一気に体の力が抜け、一体なんだと唖然としていると、彼の指が髪から離れる。

 近づく姿にどうするつもりかと再び身を縮め───そうして次の瞬間本当に息が止まった。



「ッ!!!???」



 ドンガラガッシャンガシャシャー的な音を立て、吹っ飛んだ人間を呆然と眺める。

 人間が吹っ飛ぶ姿など、テレビのお笑い芸人以外で始めて見た。

 そして一生見たくなかった。

 吹っ飛んだ張本人は床に転がりながら腹を抑えて上半身を起こしている。

 痛みを訴えているが、吹っ飛んだにしては余裕がある姿に瞬きを繰り返していると、ぽん、と頭に何かが触れた。


 何だと驚き顔を上げると、睨み殺すぞとばかりに瞳を鋭くした三白眼。

 今にもビームが出るんじゃないのかと思えるほどの迫力を有した彼は、今度は先ほどの彼が触れたように私の髪に触れると、そのまま指を離した。


 何がしたいんだと蛇に睨まれた蛙状態で固まっていると、頭の上からヒラリと何かが落ちてくる。

 空中でそれをキャッチし、無言で去っていく番長を見詰めた。

 不満を訴える後輩の襟首を手で引っ掛けると、有無を言わさずに番長は彼を引き摺っていく。

 呆然としながらそれを見送り、番長が居なくなったところで私は握った何かに視線を落とした。



「・・・・・・・・・・・・」



 ミシン目一つで区切られたトイレットペーパーに描かれていたのは随分と劇画調なリアルウサギ。

 そしてそのウサギの心臓部にはでかでかとハートが描かれ、さらにそれをリアルな矢が突き刺し血が流れていた。

 それを見た瞬間、私は生まれて初めて気絶するという体験をした。



 保健室で残りの時間を過ごした私は後頭部にトイレットペーパーの襲撃は受けなかったが、目覚めた瞬間に最初に目にしたのは劇画調のウサギだった。


 私はその内本当に呪い殺されるかもしれない。

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