不屈の精神とトイレットペーパー
葵君視点です。
俺の名前は佐倉葵。
県内でも進学校と呼ばれる高校に通ういたって普通の男子高校生だ。少しばかり普通と違うのは、俺が学校で番長と呼ばれていることだろうか。降りかかる火の粉を遠慮なく振り払っていただけだが、気が付けば不動の地位を確保してしまった。
そんな俺も一皮剥けば普通の男子校生と何も変わらない。
普通に学校で授業を受けて、普通に学校で喧嘩をして、普通に学校に片想い相手がいる。
自分で言うのもなんだが、俺はかなり一途な性格だ。何しろ中学から足かけ三年も同じ人に恋している。
奇跡のような偶然と根性を入れた努力のおかげで、俺の恋の相手は俺の前の席に座わっている。凛と背筋を伸ばした小さく華奢な可愛らしい少女が俺の恋の相手だ。
彼女の名前は向坂藍。
腰を超える艶やかな黒髪と、白い肌が特徴的な子ウサギのような女の子だ。その顔は体と同じで子作りに出来ており、唯一大きな瞳は長い睫毛に装飾されている。
可愛いものが好きなんて趣味はなかった俺だが、彼女を目にした三年前から密かにウサギグッズを集めている。
勿論、黒い毛に黒い瞳のウサギちゃんだ。肌の色は白いのだが、彼女の場合はその瞳と髪の印象が強すぎて黒の方がしっくりくる。別に、三年前に彼女から貰ったハンカチのワンポイントが黒ウサギで、それに影響されたとかそんなんじゃない。
ウサギ好きが高じて今ではウサギも二匹飼っている。ちなみにウサギの名前は『あいちゃん』と『あおいくん』だ。勿論番で飼っている。
ミニロップの二匹はとても小さく可愛らしい。『あいちゃん』の毛色は黒く、瞳の色も同じ色だ。大きな瞳で『あおいくん』よりも睫毛が長く大人しい。
対して『あおいくん』はゴールデンオレンジの毛色にブラウンの瞳を持つ。配色も俺に似ているが、コンパクトサイズのミニロップにしては体がでかいところも俺に似ている。ついでに『あいちゃん』激ラブで、『あいちゃん』に触ろうとすると飼い主の俺にも食いつく凶暴な性格だ。
しかしながらどれだけ盾突こうと所詮はミニウサギ。最終的に俺は『あいちゃん』を腕に抱き、『あおいくん』を見下ろして高笑いする。ウサギの癖に俺の『あいちゃん』を手玉にとろうなど百年早い。『あいちゃん』の番でなければ滅するところだ。
ちなみに『あいちゃん』が絡まなければ俺と『あおいくん』の相性はすこぶる宜しい。『あいちゃん』よりも好奇心旺盛な『あおいくん』は猫じゃらしにもアタックする果敢な精神の持ち主だ。今朝も少し遊んでやったら、その短すぎる前足でタシタシやってきた。けれど残念にもやや鈍い『あおいくん』は、今日も結局猫じゃらしをしとめられなかった。その様子を俺のベッドの上から眺めていた『あいちゃん』は、顔を上げた『あおいくん』と目が合うと、ふいっと顔を逸らしていた。
今のところ、俺の方が『あいちゃん』と仲がいい。ざまあみろだ。
話しは逸れてしまったが、現在の俺はそれはそれは彼女に似ているウサギに熱中している。
ウサギグッズを集めるためなら開店前の店にも並ぶし、悪友を無理やり引っ張ってフェミニンなショップにも足を踏み入れる勇気を手に入れた。
しかしながらそんな勇気を手に入れても、奥手で恥ずかしがり屋な俺は、未だに自分から彼女に声は掛けれない。
ウサギの抱き枕を抱いて眠れる俺だが、ウサギのように可愛らしい彼女には照れてしまって萎縮するのだ。
そんな奥手な俺だが、先週ついに始めの一歩を踏み出した。
彼女との切欠が欲しくて毎日毎日『落し物拾って大作戦』を決行していたのだが、地道な努力が花開いた。
手を変え品を変え角度を変えてありとあらゆるものを彼女に向かって投げていたのだが、いつもなら落し物を拾って手紙を巻きつけるだけだった彼女がリアクションを示してくれた。
そしてさらにあろうことか俺の顔を見て顔を紅潮させながらあの愛らしい鈴の音のような声を俺に向かって響かせたのだ。あの瞬間、確かにキューピッドがラッパを高らかと鳴らしたのが聞こえた。
ファンファーレどころかパレードの凱旋時並の音楽隊が総出演だ。それくらい俺にとっては快挙だった。
彼女の顔が真正面から見れるのが嬉しくて、その瞳にうつるのが幸せで、どうすればいいか判らないほどに舞い上がった。
つい、微笑んでしまうと、彼女はびくりと体を震わせ微笑み返してくれた。
あの、向坂藍が、俺に向かって笑ってくれた。
それからのことは覚えていないが、その日一日天国にいるかのように舞い上がっていたのだけ覚えている。何しろこんなに愛している『あいちゃん』と『あおいくん』の餌やりを忘れそうになったくらいだ。自分で自分の浮かれ具合が怖いくらいだった。
ちなみに俺の忠実な心友の二匹は、俺ののろけを小三時間を延々と愚痴一つ言わずに聞いてくれた、友達甲斐があるいい奴らだ。人間の方は駄目だった。たった一時間も付き合ってくれず、俺は即効で捨てられた。
まあ、それはともかく、俺としてはここから漸く俺の恋が発展するのだと思っていた。
そう、思ってたんだ。
それなのに現実は甘くない。どれくらい甘くないかというと、激から麻婆豆腐にハバネロをふんだんに投入し、さらにラー油をぶっ掛けるくらいに甘くなかった。
甘党の俺には辛すぎる辛さの現実は、受け入れがたいほどにハードだ。
欝な気分になりながら、千切っては投げ、千切っては投げを繰り返す。ちまちまと絵を描くのに使っていた赤のサインペンも切れそうだ。心なしか俺のハートを映したその絵も歪に見える。
頑張っているのに、初日以来は彼女はちらりともこちらを見てくれない。理由が判らず、俺もどうすればいいか判らない。
喧嘩であれば気にせず突っ込めばいいものだが、彼女相手だとそれも出来ない。臆病な男と笑われてもいい。もう一度だけ、あの笑顔が見たかった。
最後に残ったトイレットペーパーの芯に、あの日と同じ文字を書く。
『好きです』の一言は、どうやったら届くのだろう。
切れかけたサインペンの所為で所々消えた告白は、まるで自分そのものみたいで更にずどんと落ち込んだ。
顔を上げればもうすぐ授業終了だ。
どうやら、今日の求愛行動もここまでらしい。
震える手で芯を握ると、想いをこめて彼女に投げた。