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トイレットペーパー戦争

 私の名前は向坂藍さきさかあい


 至って一般小市民であり、大勢に埋没するタイプの花の高校二年生である。

 性別は女だが腰を超える黒髪以外は性別を証明する術を持たない、すとんとしたスレンダー(ここ強調)な体つきをしている。


 自慢じゃないが根暗な性格をしており、テレビから出てくる某ホラー女のような外見のおかげか、それとも極度の口下手が災いしてかこのクラスに友達は一人も居ない。すいません、少し見栄張りました。このクラスだけでなく学校に友達は一人も居ない。

 友達は居ないが試験の最中だけ知り合いが増えノートが消えていく、それが私のポジションだ。



 鳴かず飛ばずを体現しているような私だが、最近とても深刻な悩みがある。

 そしてそれは、先ほどから後頭部に直撃しているトイレットペーパー(何故そのチョイスか判らない)を無言で投げ続ける男にある。


 いや、別に後ろを振り返って確認したわけじゃないが、絶対にその男がやっていると確信している。

 だってさっきから全力で救難信号を出しているのに、先生は顔から滝のような汗を流して視線を逸らしているし、明らかに突っ込み部分が全開なのにクラスメイトは誰一人として突っ込まない。

 おかげで足元には投げられたトイレットペーパーの屑がたまりつつあるし、どうせこれを片付けるのも私かと思うと心から憂鬱になる。



 そして私の憂鬱をさりげなく貯蓄していく男は私の席のすぐ後ろに着席していた。

 その名も佐倉葵さくらあおい。苗字も名前も可愛らしいが、本人は可愛さと正反対の位置にいる。見た目は頑強なアメリカンフットボーラーだ。私の貧困な発想から出る彼の体型に対する最大の表現はこれに尽きる。


 太く短い首の上には、有り得ないくらいの三白眼と太い眉が存在している。坊主一歩手前に刈り取られた髪型と耳に開けられた複数のピアス。身長は小柄な私の優に四十センチは上を行く。明らかに只者じゃないオーラを撒き散らすこの男。時代錯誤もいいところだが、私の学校に存在する番長と呼ばれる男だったりする。


 冗談抜きで喧嘩上等を素で口にする男だ。実際一度だけ私も彼が喧嘩をしているのを見たことがあるが、それはもう怖かった。何が怖いって凶悪に歪められた顔や、楽しげに弧を描く唇、振り上げられた拳についた血とかそんなものではなく、その一方的な強さに怖気が立った。

 小心者の私は暫く惚けて見ていたが、我に返った瞬間にどうすればいいか必死に脳を働かせた。それはもう、これほど必死に何か考えたことはないと語れるほどに、フル回転だ。結果私は持っていたハンカチを犠牲にし、そこに番長の意識がそれた瞬間ダッシュして逃げた。そしてそれは何気なく三年も前の出来事だったりする。


 そう、私は運が悪い事に番長と同じ中学出身だ。折角県内でも有数の進学校へ進んだのに、自由が校風の学校で自由すぎる学園生活を送る番長は頭の出来も宜しかった。

 それでも私と彼の接触は今まで無かったのだ。───クラス替えで、同じクラスになるまでは。

 アイウエオ順などと捻りも何もない座席順で並べられた机をこれほど怨んだ日は無い。おかげで後ろから二番目の席の私は、同じサ行の番長の前になってしまった。短い人生であれほど絶望した日もないだろう。



 考えても見て欲しい。友達居ない暦更新中の私が新たなクラスに進級したのを期に、心機一転頑張るつもりだったのに、後ろの席が番長。折角後ろから二番目という高ポジションであるのに、後ろの席が番長なのだ。


 どうすればいいの学園生活。これじゃ我苦延がくえん生活の当て字の方がしっくり来てしまう。

 しかも何を考えているのかこの番長、不良なら不良らしく授業をサボればいいのに毎回出席した挙句、人の後頭部に物を投げつける奇癖を持ち合わせてると来たもんだ。


 レディの頭に物を投げるなと教えてもらわなかったのか。いや、私如きレディとは言えないかもしれないが、チビな私は彼の視界を邪魔するわけでもないだろうに、何ゆえ!ここまで激しく後頭部にものを投げられなくてはいけないのか。


 いや、確かに初日の消しゴムよりはマシだけども。投げては拾いを繰り返していたあの日より番長的にもマシだろうけど、いい加減にして欲しい。



 しかし哀しいかな小心者で口下手な私は今日も黙って前を向き続ける。

 気にしては駄目だ。気にしては駄目だと心の奥で呪文を唱えながら。

 気がつけばノートに板書されているのが黒板の授業内容ではなく魔方陣だったとしても誰も私を責めれまい。むしろ助ける気がないくせに責めやがったら許さん。この番長を熨し付けてくれてやる。



 ぎりぎりぎりとシャープペンで出る濃度の最大の濃さでノートを取っていた私は、不意に後頭部に受ける衝撃がなくなっているのに気が付いた。


 慌てて床を見ると、トイレットペーパーで屑の山が出来ていた。それを瞳に映した瞬間、密かにガッツポーズを取る。

 やった。私は奴に勝った。ついに手持ちのネタが尽きた奴は、攻撃手段を失ったのだ。



 これ幸いに黒板を眺め猛烈な速さでノートをとっていく。記憶と速記は数少ない取り得の一つで、気分が良いと筆も進んだ。

 しかし、それも束の間のことだった。



 こつん、と頭に衝撃を受け、軽い音を立てた何かが私の机に転がっていく。

 コロコロコロと間抜けな音を立てたそれは、トイレットペーパーの芯だった。



 ぶつん、と頭の中で何かが切れる。




「先生」

「な、何だ!?」




 席を立ち上がり静かに声を発すれば、面白いほどに震えた声で先生が返事をしてきた。

 僅かに俯き下から睨み上げるように先生を見て、にっこりと微笑む。こんなすがすがしい笑顔を浮かべたのは何年ぶりか。極度の人見知りゆえに外で笑うなど思い出せない過去だ。


 音を立てる勢いで固まる先生に私は粛々と申し出た。



「ちょっと失礼」

「は?」




 返事も聞かずに教室を飛び出す。

 これ以上無いくらいの速さでトイレに駆け込むと、新品ではなく使用途中のそれをトイレの中からぶん取ってきた。新品など奴には勿体無い。


 そして教室に入ると自分の席の前まで歩く。

 そしてやや驚いたように三白眼を見開く番長に、にこりと柔らかに微笑んだ。




「小市民舐めんな!」




 その日、三年の期間を経て、私は初めて番長と向き合った。

 そして番長の顔面に全力でトイレットペーパーを投げつけた女として、私の名前は不名誉にも学校中に広がったのでした。

 そう言えば、学校で三言以上話すのも久しぶりだった気がする。

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