木戸君の憂鬱
親友の彼視点です。
俺の名前は木戸竜也。
今をときめく青春真っ只中の少年だ。ちなみに頭に美と付くことが多いが、美少年というよりは美青年の方がより正しい表現だろう。
何しろ俺の身長は180cmに背が届くほどであり、華奢な印象も与えない体つきをしている。
痩身であるが鍛えているし、痩せすぎの印象も儚げな様子も欠片もない。
垂れ目がちな瞳に栗色の髪。来るもの拒まず、去るもの追わず。
余裕のあるスタイルを崩さないのが俺のスタンスだ。
広く浅くを人付き合いのモットーにしている俺だが、親友とも悪友とも呼べる存在も一応居たりする。
中学時代からの付き合いの腐れ縁だが、見た目も雰囲気も俺とは百八十度正反対の位置に居る、学校で番長と呼ばれる存在だったりした。
ちなみにそいつの名前は佐倉葵。
名前だけ聞くと何となく可憐な美少女を想像してしまいそうだったが、どうしてコイツにそんな名前を与えたんだお前の両親と聞きたくなるほど名前負け、いや、ある意味名前勝ちしている男だ。
太く短い首に、悪役プロレスラー顔負けの強面、ガタイよすぎる体型に鋭すぎる目つき。
明らかに只者じゃないオーラを出している彼は、意外にも割りと純情で天然だ。
どれくらい天然かと言うと、恋の相談がしたいと家に突然押しかけてきて、俺の小学五年生の妹に恋愛バイブルとして押し付けられた少女漫画を読み込みダダ泣きするほど純情で、一目惚れした相手に対し明らかに間違ったアプローチをするほど天然だ。
先ほど授業をサボり保健室で昼寝していた時に見せ付けられたブツは、俺の人生で新しい何かを生み出してしまいそうなくらい衝撃だった。
何を考えたのかトイレットペーパーの切れ端に描かれた劇画調のリアルなミニロップ。
その絵に描かれたウサギを良く知る俺は、絵の上手さには素直に感嘆した。だが、表現は恐ろしすぎた。
実にリアルなウサギはギンギンに瞳を開き、黄色の光線を一直線に放っていた。
黄色のペンで点描画の要領で描かれていたが、あれはオーラというには存在感がありすぎる。
羽と天使の輪(本人曰く)を誂えた姿はどう見ても彼が言うほどの癒しは与えられない。
むしろ残忍なまでの恐怖を与え、手渡されたら俺なら呪われたと思うだろう。
というか、あれと同じ空間で眠れない。寝たいとも思えない。
かと言って捨てるのも恐ろしく、恐怖に魘され睡眠不足になるだろう。
もう何処をどう突っ込んでいいか判らない彼は、今現在俺の傍らで仕事をこなす美少女に三年間も片想いをしていた。
真っ黒で艶やかな髪を腰まで伸ばし、物静かでありながら独特の存在感を放つ彼女の名前は向坂藍。
俺も同じ中学だったので彼女をある程度知っているが、彼女は俺を知らないだろう。
隣のクラスで何度か姿を見かけたが、いつだって視線が絡んだことはない。
俺もある程度有名だったが、噂を歯牙に掛けない彼女はきっと興味すら持ってない。
事実隣で仕事をしていても最低限の会話しかなく、淡々と無表情で数字を合わせていた。
前生徒会長は彼女の数学能力に目をつけて何度もスカウトしていたというが、今まで会計を兼任していた俺から見てもその能力は素晴らしいとしか言いようがない。
出来ないことは何もないのではないか、と言われた完璧少女は、傍で見て実際にその印象を強めた。
オニキスの瞳の周りは長い睫毛が縁取り、清楚で着物が似合いそうな美少女は、電卓を叩く指を止めない。
どれだけ見詰めてもちらりとも意識を向けてくれない。
その様子に、ちくり、と胸の奥が痛む。
いつの頃からか与えられる痛みに、俺は深いため息を吐き出した。
悪友が彼女に惚れたのは三年前。
そして彼の想いに釣られるように、俺が自分の感情に気付いたのは二年前。
逢うたびに無理やり話を聞かされ、何か情報がないかと尋ねられれ、たまに見かける姿を追う内に、ミイラ取りはミイラになっていた。
ありえないくらい最悪なパターンだ。
親友とも呼べる相手が好きになった少女に、横恋慕するなど馬鹿馬鹿しくて口にも出来ない。
応援すると背中を叩きながら、それでも失敗してしまえ、と心のどこかで考えてしまっている。
さっきのトイレットペーパーに描かれた悪魔も、その瞬間に正確に指摘してやればよかったのに出来なかったのは奪われたくなかったからだ。
自分のものにならなくてもいい。けれど、誰のものにもならないで欲しい。
どうしようもない愚考に、机に肘を突いてもう一度ため息を吐き出した。
彼がどれだけ彼女を好きか、一番近くで聞かされていたから誰より知っている。
きっとその想いは俺なんかより遙かに深くて、そしてずっと純粋だ。
方向性は間違ってるが、俺の小学生の妹にまで少女漫画を借りて、内容に大泣きしながらも好かれようと努力する姿には感服する。
だから、この想いは気のせいにしなくてはいけない。
所詮この想いはまがい物。親友の熱が移ったような気になっているだけ。
憂鬱な気分で机に懐いていると、不意に横から視線を感じた。
チラリと視線だけ向けると、表情こそ変えないものの小首を傾げて不思議そうにこちらを観察する向坂がいて、らしくないが敬謙なる信者のように神に祈りたくなる。
───どうか、心の天秤が傾いてしまう前に、俺の前から彼女を連れ去ってください
微塵も信心深くない自分の願いを神様が受け入れてくれるかは、分の悪い賭けかもしれない。