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トイレットペーパーは恋の架け橋:前編

葵君視点です。長くなったので分けました。

俺の名前は佐倉葵さくらあおい



県内でも進学校と呼ばれる高校に通ういたって普通の男子高校生だ。少しばかり普通と違うのは、俺が学校で番長と呼ばれていることだろうか。降りかかる火の粉を遠慮なく振り払っていただけだが、気が付けば不動の地位を確保してしまった。



そんな俺も現在は花の高校ライフを満喫している。その昔隠れオタクな悪友に押し付けられた少女マンガの登場人物のように、俺の背景には満開の花が咲き誇っている。

勿論比喩表現だが、それが大袈裟ではないほど感情面において充実した生活を送っていた。


ときめきの高校生活、なんて彼女と出会う前の自分が聞いたら鼻で笑うだろうが、今の俺は恋の神様限定で信じている。

無神論者の俺に神様の存在を認めさせる切欠になった存在の名は、向坂藍さきさかあい

今日も極上の絹糸のような黒髪を背中に流し、真っ直ぐに背筋を伸ばす姿は、小柄な身長であるが凛として美しい。

前後する席のおかげで顔は見えないが、どうせ隣になっても緊張して顔を覗き込むなど出来ない。

小心者の俺には背筋が伸びた姿を後ろから思う存分窺える背後の席がピッタリだ。

一日中でも見ていたい。むしろ一年中でも一生涯でもいい。

机に頬杖を付いて考えるのは目の前の彼女の存在だけで、授業する教師の声など右から左へ抜けていく。

特進クラスで居るために最低限の勉強を欠かすつもりはないが、それは家ですればいい。

学校は学生生活を満喫する場だ。すなわち恋愛を優先すべきだ。

それこそが自分の青春。まさしく人生の熟す前の青い果実を満喫している。


だが心の花が満開だったのはつい先日まで。

今の俺の心は、薔薇が七分咲き程度の勢威しかない。

彼女へのアピールを始めてから11日。俺には日が経つにつれ少しずつ心の闇が生まれてきた。

ポコン、ポコンと彼女の後頭部狙いでトイレットペーパーを投げながら首を傾げる。

黒髪に覆われていない肩が、痩せた気がした。

元々出るところは出ているのに華奢で細い印象の彼女だが、最近になって益々痩せた。

毎日昼も食べずにずっと俯いているのだが、やはり病気にでもなってしまったのだろうか。

心配で仕方なくて俺も昼は食べれないが、夜をきっちり摂っている所為か俺は太った。

最近喧嘩を売られることも少なくなり運動していないお陰だろうが、大柄な俺は体を維持するためにも食欲旺盛だ。

燃費がいいのか悪いのか判らないと言われる俺の食欲を少しでも分けれればいいのに。

それにしてもこれ以上体重が増えるようならシェイプアップしなければならない。

油断ならない後輩の小倉でも誘って軽く汗でも流さねば、太り過ぎだと彼女に嫌われてしまう。


切ない想いに胸を焦がしつつトイレットペーパーを後頭部に投げ続ける。

昨日『あいちゃん』の絵を描いてから思い立って購入した色ペン。だが十色ペンで綴った想いは今日も報われずに床へと落ちていく。

そう言えば一度も片付けたことがないのであれだが、翌日になると消えているトイレットペーパー郡は何処に行っているのだろう。

僅かばかりの疑問が脳裏を過ぎり、それどころではないと首を振る。

今は徐々に痩せていっている向坂藍についての心配が先だ。


まさか、と思うが彼女の食欲が減退した理由は俺と同じなのだろうか。

クールで冷静な彼女の姿から考えてもいなかったが、もし、自分と同じように恋煩いでご飯も喉を通らないのだとすれば、俺はいったいどうすればいいのだろう。

全く考えていなかった想像に、今の時点では推測でしかないのに泣きそうになる。

その容姿と何処から見てもパーフェクトな存在故に彼女に想い焦がれる男が多数存在するのは知っていたが、彼女が誰かを好きになるなんて考えたこともなかった。

皐月の風のように涼やかで爽やかな空気の彼女は、まるで純白の雪のように踏みにじられない穢れないもので、それが別の色に染まるなど想像もしてなかったのに。

込み上げる感情を奥歯を食いしばることでぐっと堪える。

まだ希望は捨ててはいけない。そう、まだ希望は残っている。


何故なら俺は朝見かけたのだ。彼女の机の端に、昨日手渡した『あいちゃん』の絵が置かれているのを。

机に辛うじて乗っているそれを見た瞬間、ぐあっと赤くなりそうな顔を気合で押し込めた俺は凄いと思う。

本気で頑張った。喧嘩で骨を折ったときなどと比べ物にならない気力が必要だったが、頑張ったので僅かに口元が引きつっただけだ。

まさか赤裸々の想いを机に飾られるとは考えてもなかったのであれだが、怒るという選択肢もなく、むしろ学校までずっと手放さず持っていてくれたのだと嬉しい。

いきなり感情を押し付けられ、最悪捨てられるかもしれないと思っていたのだ。


そこまで回想し、俺ははっとした。

まさか、向坂藍が考えているのは俺のことだろうか。

最近徐々に痩せていってるのは、彼女が俺を想ってご飯も喉を通らないとか、そんな理由なのだろうか。

果てしなく自分に都合がいい妄想だが、もしそうならばと歓喜が胸の奥から競りあがる。

あまりと言えばあまりの興奮にトイレットペーパーのコントロールを誤り、向坂藍の斜め前方の男に当たった。

突然のことに大袈裟に体を震わせた男は後頭部を抑えきょろきょろと視線を彷徨わせ、机の上のトイレットペーパーに動きを止める。

そっと手に取り恐る恐る振り返ってきたので、全力で睨みを利かせた。


それは貴様に向けた想いじゃねぇんだよ。むしろ触れるだけで万死に値するんだよ。

てか俺の全力の恋心を素手で鷲掴みって何様だ、コルぁ。

俺の持つ感情の中で唯一純粋な部分を汚い手で握るってどんな了見だ、殺すぞ。


ギンギンに睨みつけると、涙目になりトイレットペーパーを持っていた手が震えた。

ロマンスの神様の悪戯か、それは放物線を描いて向坂藍の机の上に落ちる。

先ほどの憎しみも薄らぎ、図らずもグッジョブ、と親指を立ててウィンクすれば白目を剥いて机に突っ伏した。

虚弱体質な男だと思いながら、視線を前の彼女に向ける。


だが考え事でもしているのか彼女はピクリとも反応しなかった。

始めこそ一々反応を返してくれていたが、最近はややマンネリ化している気もする。

そろそろ『落し物拾って大作戦』も終わり時だろうか。

けれど彼女が個として俺を見てくれたあの瞬間を想うと、このトイレットペーパーは手放せない。

もう願掛けのようなものだ。

なんかこのトイレットペーパー作戦ならいける気がするのだ。

俺と彼女の架け橋となり、純白の道を繋げてくれる気がするのだ。


いつも通りにぽんぽんと後頭部にトイレットペーパーを投げていた俺は、なんとなく時計を見上げて昼食の時間が近づいているのに気がついた。

今日も彼女は食事を取らずにじっと席に座り机を眺めているのだろうか。

それが例え俺を想ってのことだとしても、儚げな姿は目に余る。

どうしたものかと思案し、俺はいい案を思いついた。


昨日購入した色ペンの中から茶色と黒を取り出すと、ミシン目一つのところで切り取り絵を描き始める。

言葉で通じないことでも絵なら想いは通じるはずだ。

早く元気になって欲しくて、食欲を取り戻して欲しくて、俺は机にかじりついて残りの時間で精一杯の絵を描こうと手を動かす。


体を癒すなら天使がいいだろう。

かきかきと脳裏に浮かんだイメージのままペンを滑らせる。

迷った末に結局サインペンにしたのだが、この滲みも慣れてきたので絵が上達してきた。

以前見た宗教画だと天使はわっかと羽が生えて真っ裸だった。

人体を模していれば色々な面で手渡せないが、幸い『あおいくん』はミニロップ。裸でも毛が生えているので問題ない。

まず中心に『あおいくん』を鎮座させ羽と輪を描く。

そこで俺は気がついてしまった。

天使の癒しの力はどのように放出されるか全く知らないというのを。


そもそも天使に癒しのイメージがあるが、具体的にどんな感じに癒すのか。

体から光を放出させるとでも言うのだろうか。

それとも手を添えて体に力を注入するのだろうか。

残り時間五分で描き始めたので昼間で時間がないのに、こんなところで詰まってしまった。


考えろ、考えろ俺。

俺の絵に彼女の元気が掛かっているんだ。捻り出せ俺。

悩んで悩んで悩み抜いたが、結局結論は秒針が十も進まない内に出た。

俺が『あおいくん』に癒されてる、と一番思える瞬間を表現すればいいのだ。

ちなみに俺は『あおいくん』を抱き上げた瞬間、くりくりとした眼にじっと見詰められる瞬間に癒しを感じる。

感情豊かで純真で真っ直ぐな瞳は俺の心を掴んで離さない。

つまり瞳から癒しオーラを出せばいいのだ。


結論が出れば行動は早い。

色ペンの中から黄色を取り出すと点描画の要領で幾つも細かく点を打つ。

光り輝く陰影を描写したいのだが、サインペンの先が太すぎどうにも上手く表現できない。

どうしたものかと悩みつつそれでも頑張っていると、無常にもチャイムが鳴り響いた。

そして同時にがらりと椅子を引く音が教室に響く。


間近で聞こえた音に驚き顔を上げると、まだ授業終了の合図も出てないのに向坂藍が立っていた。

こんな行動初めてでいったいどうしてしまったのかと目を丸くする。

どうやら彼女の行動に疑問を持ったのは俺だけではないようで、クラス中の視線が彼女に突き刺さった。


何をするのかと息を詰めて見守っていると、ふわり、と目の前でスカートが揺れる。

うちの学校の女子の制服はセーラー服だ。襟には白いボーダーが入り、胸元に結ぶリボンが赤と、昔の良き時代を髣髴とさせるそれは限りなく黒に近い紺色がベースになっている。

この学校で彼女ほどセーラー服が似合う女は居ないと、翻るプリーツスカートに見惚れ俺はうっかりと行動が遅れた。

決してスカートが翻った隙間から覗く白い足に釘付けになったわけじゃない。柔らかく滑らかな肌に触ってみたいと不純な想いを抱いて出遅れたんじゃない。


気がつけば彼女の姿は教室から消え、室内は水を打ったように静かになった。

クラスメイト、教師も含み呆然とすること三分。我に返った俺は、のそりと立ち上がり教師を睨んだ。



「・・・早く終れ」



悪友に変な部分で真面目と言われた俺は、授業をサボることはあっても参加した授業は必ず挨拶をしないと落ち着かない小心者だった。

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