人魚を拾った音楽家の僕
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「ああ、腹が減った……」
川を眺めても魚が取れる訳でなし。ポケットにはパンを買う小銭も無し。僕は腹ペコ紛れに即興で曲を作り、それを口ずさむ。歌で腹は膨れないけど、その間は空腹を忘れられるから。
僕の名前はステリオン・フォレスト。こう言っちゃなんだが売れっ子の作曲家だ。
このハーキュリアで皆んなが僕の作った歌を歌う。誰も僕の曲を知らない奴はいない。
ん? そんなに売れっ子なのになんで小銭も無いのかって?
皆んなが僕の曲をタダで歌うからさ。
楽譜を買ってくれなきゃ僕の懐は暖まらない。
海の向こうオリアナじゃ「著作権」なんてものが有って、演奏毎に金が入る。でもハーキュリアにはそれが無い。オリアナに渡る金もコネもない。
僕に出来る事は街から街に渡り歩き、曲を作ってなけなしの金を手に入れる。
今度は南の方、獣人たちの国にでも行ってみようかな。
「全くママったら大人気ないんだから……どこまで流されたんだろう」
そんな事を考えていたら下流から子供が泳いでくる。地元の子かな? あの子に頼んで魚でも取って貰おうかな。
「ねえ、そこの君! 泳ぎは得意かい!?」
「うわっ!」
いきなり話しかけてビックリさせたみたいだ。その子はそのまま川に潜る。
……ヒレみたいなのが見えたけど見間違いだよな?
そしてすぐに顔だけを水の上に出す。青く短めの髪に青い目。まるでお人形さんみたいだ。
「お前、人間か?」
そう言うと川からグルグル転がりながら陸地に上がってくる。
「は?」
見間違いじゃなかった。人間の上半身に魚の足。
「え? ちょっと待って……君は人魚かい?」
「いかにも私は海の眷族、名をシャオエンと言う!」
そう、ゴロゴロ転がりながら近づいて来て僕の足を眺める。
「これが噂に聞いた人間の足……これでは自由に泳げないだろ? 人間とは不便なものだな!」
いや、僕から見たらゴロゴロ転がる君の方がよっぽど不便そうなんだけど。
「ねえ、君。シャオエンって呼んでいいかな? シャオエンは泳ぎは得意かい? 良かったら川で魚を取って欲しい。勿論お礼はする」
「うむ! そこで待っているがよい!」
そう言うとシャオエンはチャポンと川の中に飛び込んでいく。助かった。ここ数日ロクに腹に入れてないからね。僕は火を起こす為にその辺から枯れ木を拾い集める。
それにしても人魚に会うなんてビックリだ。獣人ならちょくちょく見かけるし話もする。でも人魚は海の深くに住んでいて滅多に人前に出て来ないと聞いていた。
「取ってきたぞ!」
シャオエンは両手に一匹づつ手頃な魚を掴んでいる。僕はその魚に棒を刺し、起こした火で魚を炙り始めた。
「ありがとう! 焼けたら一緒に食べよう!」
シャオエンはまた川から這い上がり、匍匐前進の様に焚き火に近づく。火と言う物に興味津々な様だ。
「あんまり近づくと危ないよ」
火花が跳ねたら火傷をしてしまう。僕は彼女を持ち上げて膝の上にチョコンと乗せる。少し太ったドラ猫位の大きさだろうか。
「うわっ! こらっ! 放せっ!」
「大丈夫、安心おし。火は近づくと危ないからね。ホラ、ここで焼けるのをじっと待っていよう」
「……うん」
それから少し彼女の話を聞いた。なんでも人魚の女王が竜巻の様な渦を作り、それに弾き飛ばされて遠く迄来たこと、帰り道も分からないしとりあえず探検する事にした事、川を登っていたら僕に会った事などだ。
「川と言うものはなんだか体がベタベタする」
この辺りは比較的都市部だ。僕は気付かないけど、小さな工場の排水や生活排水であまり綺麗とは言えないのだろう。
「さ、焼けたよ。熱いから少し冷ましたらね」
焼けた魚にパラパラと塩を振り一本をシャオエンに手渡す。彼女は目をキラキラとさせてハムっと口に入れた。
「!!……んー!……焼いた魚と言うのはこんなにも美味しいものなのか!」
よっぽと気に入ったみたいだ。頭も骨もお構いなしにもの凄い勢いで食べている。それを見て僕も久しぶりの食事を堪能する。
「私はこれから毎日魚を獲るぞ! だからお前は毎日私を抱っこして魚を焼いてくれないか?」
願ってもない提案だ。食い扶持の心配をしなくて済むだけで僕は随分と楽になる。その時間を作曲に使える。
でもね……僕は膝の上に座る彼女の頭を撫でてこう言う。
「お前じゃなくてステリオン。僕の名前はステリオン・フォレストだ」
残念だけど僕は料理人じゃない。だから君の提案には乗れない。
「ステリオン! 私は毎日魚を獲るからステリオンは毎日私を抱っこして頭を撫でて魚を焼いてくれ!」
僕は君にもっといいものをあげられるのだから。
「君が魚を獲ってくれるなら、僕は代わりに僕の歌を教えよう。歌いながら一緒にご飯を食べよう。それでどうだい?」
「……うた? うたとはなんだ?」
「歌を知らないのかい?」
驚いた。
古来より人魚は歌で船を惑わすと聞く。でもそれは鳥の鳴き声と一緒で、本人たちに歌っていると言う自覚はないのかも知れない。
もしそうならば歌を自覚して歌う人魚、しかもハーキュリア大陸で一番の売れっ子の僕の歌を歌う人魚がここに生まれるかも知れない。
「知らない。それはいいものか?」
「うん、じゃあ、そのまま聞いておくれ。いいものかどうかは君が判断するといい」
そして僕は歌い出す。祭りや催し物などには必ずと言っていい程流れる僕の歌を。
「〜♪〜♪」
歌を覚えた皆んなが仕事や家事、生活の合間に口ずさむ僕の歌を。
「どう? 一緒に歌うかい?」
膝の上に座っていたシャオエンが体を反転させ僕に抱きつく。かなり興奮した眼差しで僕を見上げる。
「これ! 私にも歌えるのか!?」
良かった。気に入って貰えたみたいだ。
「勿論。歌は誰にでも歌えるんだよ」
そして僕はシャオエンに歌を教える。最初は全体的になんとなく。イメージを掴んで貰えたら一音一音丁寧に。楽譜が読める訳じゃないから口頭で少しづつだ。
「そう、そんな感じ」
「〜♪〜♪」
そうして歌を歌っていると不思議な事が起き出した。
なんだか歌っているシャオエンがぼんやりと光っている。太陽を照り返してるとかでなく、明らかに彼女自身が発光している。
「〜♪〜♪」
光は渦を巻き川を照らし、彼女が「ベタベタする」と言っていた川を浄化していく。
やがて歌の届く範囲の川が綺麗になり、シャオエンの発光が止まる。
これは魔法? それとも奇跡?
「うわああああ!」
彼女は綺麗になった川を見ると僕の体からするりと抜け、川に飛び込み歓声を上げる。
「これが歌か! 歌とは凄いな!」
「いやいや、歌が凄いんじゃない、君が凄いんだ。僕もビックリだよ。人魚はみんなこんな事が出来るのかい?」
「出来ない! こんなの初めて見た!」
その時僕は軽い気持ちだった。
「ならば、君は特別な人魚かも知れないね」
「特別な人魚……えへへ……ステリオン、この歌人魚の皆んなに教えていい?」
僕の歌で奇跡を起こす人魚。この子がいれば少しでも生活が楽になるんじゃないかって。
「いいけど他の皆んなも不思議な力を使えたら大変な事になるんじゃないかな。中には悪い事に使う人魚もいるかも知れない」
「むむむ……」
この子の為に歌を書いて、この子がそれを歌えば、この先素敵な事が起こるんじゃないかなって。
「シャオエン、僕と一緒の時だけこの歌を歌おう。僕は暫くここにいる。旅する時は場所を教えるからいつでもここにおいで」
「わかった! 私、ステリオンと一緒の時だけ歌を歌う!」
その軽い気持ちが様々な不思議を生んでいく。
シャオエンは人魚たちの所へ一度戻り、すぐこっちに戻って来た。
そして僕たちは一緒に旅をした。
行く先々の街でシャオエンが歌えば、汚れた川は綺麗になり、枯れた大地に花が咲き乱れ、暑くてたまらない南の海部で雪を降り、作物の恵まれぬ地方の冬の大地に緑が生える。
僕が歌を作りシャオエンがそれを歌う。それだけで様々な奇跡が起こる。
時には出会った仲間と一緒に怪物を退治したりもした。
勿論その間僕らの真似をして人魚を捕えて歌を歌わせようと試した人たちもいた。でも上手くいかなかった。
ずっと旅をしてわかった事。
僕の予想だけど、シャオエンが特別と言う訳でなく、恐らく人魚はみんな奇跡を起こす力がある。人魚自体が持つ声の力と、研鑽を重ねた人類の歌が出会う事で人魚が持つ力を余す事なく解放出来る。
それが出来ないのは、人魚が心からその歌を好きだと思えないから。無理矢理歌わされても力を出せないから。
この秘密は誰にも言わない。悪意を持った人魚が人間の歌を覚えれば取り返しの付かない事になる。
僕の書いた歌をシャオエンが気に入ってくれた。
それが最初の奇跡だったんだ。
そして九年の月日が経つ。
シャオエンも立派な大人になり、僕も立派なおじさんになった。
「ステリオン! 魚取ったよ!」
ある程度懐に余裕が出来てもシャオエンは毎日魚を捕まえてくる。
「シャオエン、年頃の娘が地面をゴロゴロ転がるんじゃありません」
「最近は抱っこもしてくれない!」
「しません」
「この前なんて頑張って3つ首の怪物を退治したのに!」
「頭を撫でるだけじゃ不満かい?」
「待って! すぐに乾かす!」
シャオエンが歌を歌うと彼女の髪の毛はすぐに乾いていく。とんだ奇跡の無駄遣いだ。
「えへへ……」
こうして頭を撫でると嬉しそうにするのは昔と変わらない。
「ねえ、ステリオン」
「なんだい?」
僕は魚に串を刺して焚き火に焚べる。
「昨日、ハーキュリアの魔女が私の前に現れた」
魔女?
「私の『歌』と引き換えに私に人間の足をくれてやろうって」
「それで君はなんて答えたんだい?」
「私一人じゃ決められないから相談するって言った。ねえステリオン、私は人間の足が欲しい。人間の足でステリオンと共に歩きたい」
これは予想出来ていた事だ。シャオエンが人間の足を望み、それを叶える者が現れるって。
だってシャオエンは奇跡を起こせるんだ。他の誰かが別の奇跡を起こせたってなんら不思議はない。
「たとえ歌が歌えなくなっても?」
「……」
恐らくこれは契約だ。シャオエンが人間の足を望むと言えば、彼女は二度と歌が歌えなくなるのだろう。自分の意思とは関係無しに。
僕は、僕を選んで歌を歌えなくなったシャオエンがそのままでいられるとは思わない。恐らくずっと後悔して生きていく事になるんだろう。
「ねえ、僕もその魔女に会えないかな? 会って話をしたい」
……
その瞬間周りの時間が全て止まる。
光も闇も、過去も未来も何もない空間。
そして、何もない筈の空間からドアが開き、すうっと魔女が入ってきて悪態をついた。
「ケッ、あたしゃカップルは嫌いだよ」
感じ悪いなこの魔女。
「あんたがハーキュリアの魔女か?」
「そうさ。私を呼んだって事は答えが出たんだね?」
その言葉にシャオエンが反応した。
「……はい。私は……人間の足が―」
「僕は、歌の歌えない君は嫌だ」
シャオエンの頭をそっと撫でる。
「歌を歌えなくて笑えなくなる君を見るのは嫌だ」
「おやおや、強情だね。選ぶのはニつに一つさ。みんなそうしてきたんだ」
「おい魔女! アンタの欲しいのはシャオエンの歌じゃない、シャオエンの歌の力だろ?」
魔女の目が細まった。僕は手に持った楽譜を掴み差し出す。今までシャオエンの為に書いた楽曲だ。
「だったら、その力はくれてやる。力の秘密をくれてやる。力の出し方も。だから―」
僕は真っ直ぐに魔女を見つめ言い放つ。
「シャオエンの歌は奪うな」
「力は無くしてもいいんだね」
魔女が僕らに念を押す。シャオエンを見つめると彼女は静かに頷いた。
「力なんて無くても、僕らはニ人で魚を捕まえて歌いながら魚を食べれればそれでいい。他はなにもいらない」
覚悟を決めて言葉を放つとシャオエンが苦しみ出す。そしてゆっくりと人魚の足が人間の足に変わっていく。……いや、ちょっと待て。
「契約は成立さ。それじゃあ私は行―」
「もう一つ! 下着とスカート!!」
魔女は「ケッ」っと悪態をついて何もない空間のドアを閉め去っていった。
去り際に「サービスだよ」と言葉を残して。
そして時間と空間は元に戻る。
「ステリオン!」
振り向くとそこにシャオエンが立っていた。ちゃんと二本の足で。服もちゃんと着て。
ありがとう魔女。そこだけは感謝する。
「見て! 私、人間の足! ちゃんと歩ける! ちゃんと走れる!」
川べりを走り回るシャオエン。ぐるぐる僕の周りを走り回って僕の胸にダイブして来た。
当然倒れ込む二人。
「……ごめん。私はもう奇跡は起こせる歌は歌えない……」
僕の胸に顔を埋めたままのシャオエン。
「〜♪〜♪」
だから僕は歌を歌う。最初に会った時の歌を。
「〜♪〜♪」
顔を上げないままシャオエンも歌い出した。
「歌を歌えないだって? バカを言っちゃいけない。歌は誰にでも歌えるんだよ」
歌の力は魔女に与えた。もしシャオエンに人間の足をくれた持ち主がその力を悪用するのならば世界は大変な事になるだろう。
その時は旅先で出会い共に戦った人たちを頼るしかない。牛の国の獄炎の女王や、天秤の国の極北の王たち。僕らだって何度か世界を救って来た。それ位は大目に見てくれるだろう。
僕らは川辺でいつまでも歌い続ける。
魚の焼けた匂いがして来た。
そろそろご飯にしよう。
この作品は「シャオエンが他の人魚に人間の歌を教えなかった世界線」、本編は「シャオエンが皆んなに人間の歌を教えてしまった世界線」です。
よければ本編「人魚大戦」もご覧ください。




