毛根シネマティック・ユニバース(MCU)~秘密結社事件記録~
高濃度毛根再生剤を噴霧された男-フサフサ事件簿
――発毛傷害事件――
「続いてのニュースです」
女性キャスターが手元の端末へ視線を落とした。
「今日未明、東京都内の路上で、通行中の男性に無断で毛根再生剤を使用し、頭部に毛髪を生やしたとして、警視庁は四十二歳の男を身体改変法違反の疑いで逮捕しました」
画面が切り替わる。
規制線の張られた路地裏にある小道。
その中央には、透明な袋に入れられた小型スプレーが置かれていた。
「警察によりますと、逮捕された男は午前零時四十分頃、帰宅途中だった五十八歳の男性に背後から近づき、頭部へ高濃度毛根再生剤を噴霧した疑いが持たれています」
映像が再びスタジオへ戻る。
「被害に遭った男性は、およそ四十年間にわたりスキンヘッドを維持していましたが、薬剤の効果により約三時間後には頭部全体およそ40センチの毛髪が生えそろったということです」
隣に座る男性キャスターが眉を寄せた。
「三時間で、40センチですか」
「はい。今回使用された薬剤は、医療機関で重度の脱毛症患者などに用いられる第三世代型毛包再生剤で、通常は本人の同意と医師の処方が必要だということです」
ここで映像が切り替わった。
病院の入口。
顔にはぼかしが入り、頭には大きな帽子をかぶった男性が、報道陣に囲まれている。
『いや……ショックですよ』
被害者の男性は小さな声で答えた。
『二十歳の頃からずっとこれでやってきたんです。毎朝剃って、磨いて。もう私の一部ですよ、折角お金も貯めて、永久脱毛も行ったのに・・』
記者が尋ねる。
『ロングヘアーになったことについて、現在のお気持ちは?』
『最悪です』
即答だった。
『鏡を見たら知らないおっさんがいたんですよ。誰だお前って』
男性は帽子を両手で押さえた。
『しかも黒々としてるし。白髪ですらない。若返ったみたいで気持ち悪い』
映像が止まり、キャスターの声が重なる。
「男性は事件後、精神的なショックを訴えて入院しており、退院後に永久脱毛処置を受けることを検討しているということです」
「再び、ですか」
「はい。男性は三十代の頃、一度永久脱毛を受けています。しかし現在の毛根再生技術では、破壊された毛包そのものを再構築できるため、今回すべて再生してしまったということです」
男性キャスターが、なんとも言えない顔をする。
「医学の進歩も……難しいものですね」
「そうですね」
女性キャスターは淡々と続けた。
「一方、警察の取り調べに対し、逮捕された男は容疑を認めており――」
手元の端末へ目を落とす。
「『ハゲを自慢してモテている奴が憎かった』」
一瞬。
スタジオが静かになった。
「……と供述しているということです」
「ハゲを、自慢……ですか」
「警察によりますと、被害男性は以前から自身のスキンヘッドをSNSなどで公開しており、“頭頂部の美しさ”を競う全国大会で三年連続優勝した経験があるということです」
画面に大会当時の写真が映し出された。
スポットライトの下。
誇らしげに腕を組む男性。
見事なまでに光を反射する頭部。
「また、被害男性のSNSには、事件以前から多くの女性ファンがいたことも確認されています」
「なるほど……」
「容疑者は、そうした状況について以前から不満を漏らしていたということです」
再び病院前の映像。
被害男性が記者の質問に答えている。
『もう一度、全部抜きます』
『また永久脱毛を?』
『当然です』
『費用については?』
『犯人に請求します』
男性は、きっぱりと言った。
『四十年ですよ。四十年守ってきたんです』
そして帽子を深くかぶる。
『こんなの、私じゃない』
◇
「警視庁では、本人の同意なく毛髪や歯、皮膚などを再生させる行為は重大な身体改変に当たるとして、今後さらに詳しい経緯を調べる方針です」
キャスターは原稿を一枚送った。
「なお厚生医療省は今回の事件を受け、一般向け毛根再生剤について、本人認証機能の義務化を検討すると発表しました」
少しだけ間を置く。
「続いて、全国のお天気です」
◇
翌朝。
被害男性のSNSには、一枚の写真が投稿された。
病室のベッド。
帽子。
そして短い一文。
『必ず取り戻します。俺の頭を。』
投稿には、一時間で二十万件を超える「いいね」が付いた。
コメント欄の最上部には、こう書かれていた。
『あなたの輝きが戻る日を待っています』
遠い未来。
人類は、失われた毛根を取り戻すことに成功した。
そして同時に。
毛根を失う自由を守る時代が始まっていた。




