武装聖女隊 ~元王国筆頭聖女は帝国の狗~
『すると、女神は光に包まれた世界を創られ、同時に黒く濁った世界も作られた。
だから、我らの子達は母なる女神の足元にて生きる事ができる。
そしてそうでない者は、苦しみと穢れしか残らぬ地でしか生きられなくなった。
それを主たる女神が、そう望まれたからである。』
かつて、聖人と呼ばれる者が、女神の子である聖女達に向けた祝詞。
その言葉の一節。この言葉を聞いた時、彼女はこう思った。
「何故、女神はそんな残酷な世界を創り給うたのか」と。
「聖女、アリア・マルティア。以上の罪科を以て、貴女の筆頭聖女としての地位を剝奪する。」
長々と、さらに言えば豪華絢爛な王家の夜会におよそ似合わない宣言を一方的に受けた次の瞬間。
その宣言を聞いていた質素なドレスを着た小柄な少女は、強い力で床に転がされていた。
いきなり呼びつけられたかと思えば、身に覚えのない罪の数々を羅列され。
訳が分からず立ち尽くしていたら、今はよく磨き上げられた王宮の大理石の床に顔を押しつけられている。
そんな現状に、後ろから乱暴に引き倒された痛みも忘れ、その少女——アリア・マルティア”元”アルトリウス王国筆頭聖女である彼女は、ただ呆然と、壇上に立つ人影を見つめていた。
その人影——奥の玉座に座るアルトリウス王国の王の前で、つい先程まで弁舌さわやかに大広間中の貴族とその客人に語っていた男。
アルウス第一王子。
この夜会の主役。そして今まで積み上げた功績を以て、晴れて王太子となったばかりの彼が始めたいきなりの断罪劇。
その観客となった人々は興味津々といった様子の中、アルウスは端正な顔を歪めたまま、重々しく口を開く。
「本当に、残念でならん。アリア・マルティア。
我が王国の女神教会の筆頭。そして我が古くからの婚約者の立場でありながら、私利私欲に走り、あろうことか教会を私物化して専横を働くとは」
王家の印である碧眼が、眼下で取り押さえられているアリアに向けられる。
まるで熱を持たないその視線と、アリアの視線が交錯した。
「貴女と違い良識を持ち、良心により君を最後まで説得しようとしていたローグ大司教の心痛がどれほどのものであったのか、想像することも出来ないのだろうな」
10年ほど前。アリアが聖女として選ばれたと同時に決まった婚約者であり、今の今まで大した交流もなかったアルウス王太子。
そんな彼は、床に押しつけられた自身の婚約者を無感動に見やり、言葉を続けた。
「同時に今この瞬間を以て、アリア・マルティアを我がアルトリウス王国女神教会から完全に除名。それにより、同氏を王国民と認めず、これを国外追放処分とする。
これはアルトリウス王、及びローグ大司教両名の認可を受けたものである事を、私、アルウス・ウルフ・アルトリウスはここに宣言する」
「——っ!?」
その言葉に、アリアは思わずといった様子で玉座に座る国王と、その横に並び立つ大司教を見た。
自分には何の落ち度もない、と言わんばかりに振舞う王。
さも良心を痛めるかのようにかぶりを振り——しかし周囲からは見えない絶妙な角度で、贅肉の寄った口元を歪める大司教。
それに追従するように、くすくすと笑い声を漏らして、愉し気に少女の醜態を観覧する貴族たち。
ここでようやく、アリアは、自身が長年身を捧げてきた王国と、その人々に裏切られた事を理解した。
今思えば、普段呼ばれる事など無いような夜会に、国境付近での”御勤め”から帰ってくるなり出席を命じられたその時点で。
あるいはそれよりもずっと前から、こうなる事は決まっていたのだろう。
常々、平民でありながら、貴族の子女を差し置いて筆頭聖女に選ばれていたアリア。
それを快く思わない者達は多く居た。
特に一部の貴族と——大貴族の娘であり、アリアの次席であったエリア・ローゼス侯爵令嬢は、平民であるアリアを毛嫌いし、それを隠そうともしていなかった。
王国東部の領地を持ち、王国一の貯水湖と王都への大運河を抱えるローゼス家。
彼らがそんな態度であったのだ。
普段からの嫌がらせや妨害行為には飽き足らず、アリアの肩書と立場を奪うために、王国貴族の大半が結託する事は、ある意味道理とも言えた。
そして。
教会の後ろ盾、人脈、伝手を既に手中に収めた上、それらを駆使して、長年未解決であった王国西部の領土問題を解決へと導き。
その他大小様々な外交における成果を上げたアルウス王太子。
彼もまた、貴族達と同じような感想を、最早無用の長物と化した彼の婚約者に抱いていたのだろう。
そんな無駄を何よりも嫌う王太子と、息子と自分の将来を、より盤石なものにしたい現国王。
そしてそれに媚び、追従することで評価を稼ぎたい家臣達。より寄付金をもらえるならばそちらの方が良いに決まっている教会の関係者。
この王国の中枢を構成する彼らの手にかかれば、何の後ろ盾もない小娘一人を陥れるなど、さぞや楽だったに違いない。
その結果——寄付金及び王子妃予算の横領や、教会関係者に対する日常的な恐喝や暴行、教会の聖遺物の窃盗とその換金等々。
数々の許しがたい罪業を犯してみせた、王国史上最悪の聖女が誕生した訳である。
全く身に覚えのない、でたらめな笑い話であった。
最も、その史上最悪の聖女とやらが、今も冷たい床の上で一人転がされている自分であるという時点で、全く笑えない話ではあったが。
「何か申し開きはあるか、アリア・マルティア。」
「あ、アルウス王子——」
そこまで理解して、それでも何とか弁解しようとしたアリア。
体が鈍い悲鳴を上げる、苦しい姿勢のまま声を上げようとして——それと同時に、頭を鷲掴みにされ、頬を更に強く床へ押しつけられた。
ぐ、と思わず口から漏れ出た苦しげな吐息とともに、アリアの頭上から声が吐き捨てられる。
「口を慎め、平民が。
今のお前に、王族の方々の御名を呼ぶ権利があるとでも思っているのか」
そんな侮蔑しきった言葉をぶつけ、先程から遠慮なく体重をかけて肩口を押さえつけているのは、王子の側近の一人であった。
罪人とはいえ、仮にも未婚の淑女に対する行いではない。
しかし、自分で考えるよりも命じられるがままに動く事を良しとする王国騎士団。その副団長にもなると、そんな事にも気付かないらしい。
そういえばこの男。
『聖女とは、騎士団たる我らを盾にして隠れ回り、後ろから功を掠め取るしか能がない卑怯者だ』
と、以前王宮にて褒章を受けた際に、自分達に向かって聞えよがしにそう評していた事を思い出した。
騎士団からの、平民出身の聖女に限定されたやっかみはいつもの事であったし、大して気にも留めていなかったが、どうやらこの状況は大いに私怨が含まれたものであるらしい。
なんと、下らない事か!
この男も、こんな茶番を仕掛けた者達に対しても、等しくアリアは同じ感想を抱いていた。
勿論それは、日常に忙殺され、そんな者達の本性も見抜けなかった自分自身に対してもそうであった。
アリアは激しい怒りとともに、言い様のない悔しさと惨めさがぐるぐると臓腑の中で不快に混ざり合う。
これ程、みじめで悲しい気持ちになったのは、騎士団の遠征に同行し、帰ってきた時に初めて、両親が流行り病で死んだ事を知った時以来だった。
思わず、涙が溢れそうになる。
しかし、アリアは、こんな奴らの前で泣いてなるものかと、半ば意地となって歯を嚙みしめて耐える。
一息置いた後、アリアは改めてアルウスを強い瞳で見据え、言葉を紡いだ。
「アルトリウス王太子。私は無実です。
私は、女神に誓って、そのような罪の一切を犯しておりません。」
音楽隊の演奏が止まって久しく、衣擦れの音もわずかであった大広間において、その声はとてもよく響いた。
「私、アリアは、私を生み育ててくれた両親に対して、恥ずべき行為は一切しておりません……!」
それは、アリア自身の矜持、今は亡き両親の魂に誓って言える言葉であった。
そう、決して。
お前たちのような———王や貴族、教会に対してではなく。
己の信ずる神と、愛してくれた両親に誓って。
もう思い出の中にしか存在しない、両親からの名である”アリア”のみを名乗り、名ばかりの後見役から無理矢理押しつけられたマルティアの姓を口にしない。
そんなアリアの意図が伝わったからかどうかは定かではなかったが、静かに、そしてしっかりとその場にいた人々の耳を打ったその言葉。
それに対して向けられたのは。
——周囲から次々と浴びせられる、少女への聞くに堪えない罵声であった。
民からの善意を、血税を信仰をなんだと思っているのか。
人を人と思わぬ、この傲慢な怪物め。
そこまでして、金と地位を得たかったのか。
信じていたのに、裏切ったのか。
相応しい罰を受けろ、この悪魔め——
大の大人に無理矢理押さえつけられた、16にもなっていない少女に対し、老若男女様々な人々が周りを取り囲んで罵声を浴びせ続ける。
一体、その罵りは、どちらが、どちらに対して言うに相応しい事だったのか。
そんな異常な光景は、しばらくその様子を無感動に眺めていたアルウスが、不意に片手を挙げて場を制すまで続いた。
再び静かになった大広間に、アルウスの冷たい声が響く。
「既に十分な証人と証言、そしてそれらを根拠とした、公の裁きは下っている。見苦しい言い訳は、貴女の立場を悪くするだけだ」
アルウスが、いつの間にかアリアの後ろに控えていた衛兵に視線で合図を送る。
「そのような無用な発言も、それを吐く貴女も、この場には相応しくない。
衛兵!」
その一声で、待機していた衛兵2人が、側近とともにアリアを乱暴に引き起こした。
そのまま改めて肩口を乱雑に掴むと、乱れた金色の長髪から覗くアリアの表情が苦痛と屈辱に染まる。
そんな様子に、今までアルウスの隣にいたエリア公爵令嬢が愉しそうに目元を揺らす。
豪華な扇で隠されたその口元は——まるで暗夜の弧月のように美しく歪んでいた。
ただただ、聖なる力が強いという、ただそれだけの事で。
たったそれだけの事で、自分の上に立ったあの女。
生まれたその瞬間から、誰からも敬われ、誰よりも上に立つ事が当然と自負する彼女にとって。
この状況は、最高の見世物以外の、何物でもなかった。
この夜を境に、ものの見事に転げ落ち、何もかも失った平民の女は、この先聖女どころか王国民であることも許されず。
総本山である聖都にて、罪人として一生を牢の中で過ごすのだと思うと、エリアは愉快でたまらなかった。
そんな彼女の視線の先、アリアは衛兵に引き摺られるように、外へと繋がる大広間の扉へと連れ出されていく。
「アルトリウス王太子、王太子様! どうか、話をっ……!」
貴族達が嘲笑し、軽蔑の視線を向ける中、しかし必死にそう訴えかけるアリアを、アルウスは興味なさげに見送った。
利用価値すらとうに消えた、聖女としては優秀であったが、ただそれだけであったつまらない女。
自分にとって、最早気に留める価値すらない”それ”に、アルウスは最後まで、何の反応も示さなかった。
アリアが外へと締め出され、扉が従者によって閉められると、アルウスは手を叩き、人々の視線を自らの元へと戻す。
「諸君、見ての通り過ちは正された。
この裁きと新しい決定を以て、我らが王国はより栄えるだろう」
そう演説するアルウスは、前もって決まっていたかのような滑らかな動きで、傍にいたエリアを片手に抱く。
新しい王太子が、その地位に相応しい伴侶を選んだ。
その光景を見てどういう事かわからない人間など、この場には一人たりともいなかった。
「正しき行いに、正しき信仰を! 今はただ、祝おうではないか———乾杯!」
若き次の王の言葉に、その場の面々は喜びと愉悦を感じつつ、アルウスに倣って一斉に杯を掲げた。
『万歳!』『アルトリウス王国万歳!』『アルウス王太子、王国に栄光あれ!』
そんな声を上げる者達の頭の中は、これからいかにあの若者に取り入るか、媚びるか、利用してやるかで一杯であった。
ただ、主役が変わっただけ。
先程とはまるで変わらない、どろどろとした思惑と策謀が交錯し、尽きぬ欲望がそれに絡み合う、王宮の夜会。
だからであろう。
そこに場違いな平民がいた事も、誰もがすぐに忘れてしまっていたし——ましてや、闇夜に煌びやかに浮き上がる王宮を背に、一台の馬車が人目を忍ぶように出て行った事を気にする者は、誰もいなかった。
「……」
アリアは、自分が世界に引き戻されるかのような感触を得ていた。
ぼんやりする意識の中、ゆっくりと頭が働きだす。
「(……眠ってしまっていたわ)」
座った姿勢のまま、アリアは目頭をゆっくりと揉んで、油断していたなと自身を引き締め直す。
頭を振り、アリアは右腕についている機械式の時計を見る。
特注の革と歯車で構成されたそれを見ると、眠る前に見た時刻から、6時間程が経っていた。
それを確認したアリアは、大きく伸びをしようとして。
「……」
自分の肩口に寄りかかり、涎を垂らして眠りこけている小柄な少女を見て、止めた。
「……うーん、テオパぁ、その酢漬け返してー……」
よく分からない寝言を呟くこの少女のおかげで起きる事ができたようだった。
アリアは、ふぅ、と息をついて、着ていた服の裾で涎を拭いてやる。
胸ポケットの辺りに”ナミス”と刺繍された、その少女を起こすのも忍びない。
アリアは、そのままにしておくことにした。
辺りを見回すと、そこは赤色の明かりに照らされた、狭い空間だった。
ごうごうと低く、重い音が鳴り響く中、そこに10人程の少女達が左右に分かれて並び座っていた。
壁には剝き出しの鉄の配管や室内灯。床には所狭しと物資の入った木箱や、『可燃物・危険』『取扱注意』というラベルが貼られた、大きな缶が置かれている。
お世辞にも居住性がいいとは言えない中、少女達のほとんどが、アリアと同じような服装で、同じように眠りこけていた。
アリアは、寄りかかる少女とは反対側に立てかけていた、背丈の半分ほどの大きさの袋を手で押さえた。
薄茶色の油紙に赤文字で『機密』と書かれたそれを杖のように自身の横に寄せる。
そして、思う。
どうやら、懐かしい夢を見ていたらしい。
ようやく、頭が完全に覚醒し、夢と現実の境をはっきりと認識したアリアは、しかし頭を振った。
あの時の感覚と感情、そして無力感まで忠実に再現された、実に、嫌な夢であった。
それも当然といえば当然か、と、アリアは思う。
あの時。
王国貴族にして王国筆頭聖女のアリア・マルティアが死に。
追放され、何もかも奪われた”リア”という存在になったあの忌まわしい夜。
アリア———周囲からはすっかり”リア”と呼ばれるようになった少女は、あの夜から、4年程度の歳月しか過ごしていなかったから。
リアは、自分のすぐ後ろにある、厳重に取り付けられた小さな丸窓を覗き込む。
まず見えるのは、闇。
月は雲に隠れ、闇夜が外に広がり、何も見えないその窓。
そこに、あの日からすっかり変わった自分の顔が、薄く映る。
「(遠くまで——本当に、あの日から遠くまで来たものね)」
あの時とは違い、流していた長い金髪を切り、邪魔にならないようにと短くまとめたその姿に、リアは語りかけた。
あの夜の事は、今でも鮮明に思い出せる。
自らが尽くした人々に裏切られ、罵られ、追われたあの日。
自分の無力さを思い知り、向けられるおぞましい悪意に、ただただ立ち竦む事しかできなかったあの時。
忘れもしない、全ての始まりとなった、あの夜。
「(まあ、もっとも……まさか、自分が”こんな事”になるとは思ってもいなかったけれど)」
色々と思うところはあるが、少なくとも、今の自分の状況は。
元々の自分の想像とは、随分とかけ離れたものになっている事は確かだな、と、リアは一人思った。
ふと、隣にいるナミスが身じろぎする。
それを見たリアは、ゆっくりと手を上げ、優しくナミスの頬を撫でる。
そのまま、頬についていた煤の汚れを指で拭ってやると、少女は少しそれに反応した後、安心したように肩で息を吐いた。
「(私の使命は変わらない。)」
守るべきもの。
その1つである目の前の少女を優しく見守りながら、心の中でリアはそう繰り返す。
「(私は、私の使命を果たす。今までも、そしてこれからも)」
絶対に。
そう心の中で付け加えたその瞬間、突然、けたたましい警報音が鳴り響いた。
「———緊急出撃要請!」
リアは弾かれたように立ち上がり、警報音であるベルの音に負けない、よく通る声を張り上げる。
「総員起こし! 総員準備、装備を確認しろ!」
それだけで、その場にいた少女達全員が、ほぼ同時に立ち上がる。
先程まで寝ていた者がほとんどだったにも関わらず、すぐに二人一組となり、相互で自分達が身に着けている装備を確認する。
そんな彼女達を一瞥し、リアは耳に装着していた、羽と石があしらわれた小さな耳飾りに指を当てる。
「こちらシロタカよりオヤドリへ、状況知らせ」
『——こちらオヤドリよりシロタカへ。想定接敵地点よりも100程度、帝国側寄りに目標が前進中。先行している哨戒機が南下する目標を捕捉した』
まるで耳の内側から響いてくるような、自分にしか聞こえない音声を聞きつつ、リアは傍にあった袋を持ち上げる。
「現状、分かっている規模は?」
『約8000程度。王国国境からの後続は現在確認されず。貴官らを出撃させた後、当艦はシロタカの援護に移る。合図で降下されたし。オヤドリより、以上。』
「了解、シロタカより、以上。」
音声が途切れると同時、持ち上げた袋を破り、中の物を携えたリアは、既に準備を終えていた面々に向き直った。
「降下準備! 降下準備、装備の最終確認を行え!」
そこで、リアは一度、自身の言葉を区切る。
その視線は、今度は向かい合わせになって装備の相互確認を行う少女達に向けられていた。
もう何回と繰り返した事で身体が覚え、淀みなく、しかし確実に動作を行っている少女達。
ほとんどが16歳前後の、まだ幼さが残る程度の少女であり、中には13歳になったばかりの者もいる。
それを改めて認識し、自身を更に引き締めた上で、リアは鋭く声を上げた。
「——傾注!」
ザッ、と、少女達が軍靴を鳴らして一斉に向き直る。
そのまま直立不動の姿勢となるのを見、リアはそんな彼女達に対して言う。
「私の妹達。これから戦いが始まる!
まず初めに言っておこう。既に知っている通り、王国と教会は——我らが古巣はやらかした。それにより、我らが帝国は危機に陥っている!」
リアは、おもむろに一歩を踏み出す。
「私達がこれからやる事は、そんな連中の後始末でしかない」
リアは彼女達の間を歩みつつ、後ろで手を組んだままのリアが続ける。
「私達は早急にこれを片付け、この後に控える戦いに備えなければならない!
それが帝国の走狗たる、私達の役目だ!」
そこでリアは言葉を一旦切り、改めて少女達に向き直る。
真剣な表情でそれを聞く少女達に、不敵な笑みを向けてリアは言い放った。
「私の妹達、各員の奮戦を期待する!」
「「「「はい、お姉様!」」」」
一糸乱れぬ、帝国式の敬礼とその言葉を受けると同時。
降下開始を知らせる警報が鳴った。
リアが体を翻すと——彼女の目の前にあった壁が、大きな音と共に外側へと開き始めた。
「リアお姉様? 今回も手際良く仕事ができたら、いい加減あの犬のエサ——失礼、あの不味い軍用糧食以外を期待しても良いんですよね?」
リアのすぐ側に立った、先程まで眠りこけていた小柄な少女、ナミスが、冗談交じりに言う。
「なんだ、ナミス少尉はあれが苦手か?」
「お言葉ですが、お姉様。 私達は人間ですので」
言外に『アレは人間の飯ではない』と皮肉な笑みで言うナミスに対して、リアは同じような笑みで返す。
「上には要望という形で上申しておこう。せめて肉とワインくらいは寄越せとな」
それを聞いたナミスがリアに向かって、満面の笑みで最敬礼する。
口にした帝国軍兵士が、口を揃えて『人間の食い物じゃない』と評する食糧缶詰。それで食事を済ませていた少女の数人が、それを聞いて吹き出していた。
そんなナミスと、くつくつと声を抑えて笑う少女達を見て、リアは思う。
いい子達で、そしてそれ以上にいい部下達だ。
決して死なせない、と。
リアの目の前にあった壁が下がりきり、外の光景が露になると同時——激しい風と轟音が打ち付けてくる。
雲に隠れていた月に照らされる空と星々、そして大地を前にリアは手に持っていた機械を構えた。
帝国で開発されたばかりの、試作魔導小銃。
それを掲げたリアに連動するように、後ろの妹達も動き出す。
それぞれの少女が、準備の段階で既に携えていた、棒状の魔導機械に跨ると同時。
リアは通信機となっている耳飾りを使って、鋭く命じた。
「<武装聖女隊>、出撃!」
号令と共に、リアは背中から、空中へ身を投げ出した。
冷たい月夜の中、その身ひとつで空中へと自分から飛び出し、落下し始めるリア。
そんな彼女の背中の機械。その機械の収納されていた部分が、まるで翼を広げるかのように展開していく。
その展開した部分の各所に、淡く、しかししっかりとした白い光が灯った。
その光が強くなるにつれて——リアの体は、落下しなくなっていく。
そのまま、闇夜に光る白い翼を得たリアは、まるで風を受けるかのように空へと滑り出した。
それに続いて、リアと同じものを背負ったナミスも、軽快にその場で1回転した後、それに続く。
その後を追うように、先程まで自分達のいた場所——楕円型の、巨大な鉄の塊である飛行船から少女達が降下してきた。
リアのものとは違い、魔導発動機が後ろ側についた棒。
傍から見れば、まるで魔女の箒のような形をしたそれに跨る少女達は、リアを先頭にした編隊を組む。
『こちらオヤドリ。前方、飛行型を確認。距離6000。』
通信による連絡が来ると同時、リアは双眼鏡で前方を確認する。
その視界に映るのは、どろどろとした黒に全身を覆われた、羽のついた蜥蜴の様な魔物たちだった。
人間の大人程度なら、数匹いれば瞬く間に引き裂ける凶悪な爪と牙を持つ魔物の群れ。
その魔物達が、リア達を見つける。
やっと獲物を見つけた——まるでそう言わんばかりの、思わず耳を塞ぎたくなるような金切り声を上げて、彼らは突進を開始した。
そんな恐ろしい光景を前に、しかしリアは落ち着き払っていた。
「———露払いだ、総員単横陣形、<聖笛>準備!」
『了解、<聖笛>準備』
リア達は速度を落とし、横一列に並んだ状態で、各々の魔導小銃を構える。
それを好機とでも見たのか、魔物達は一気に速度を上げて襲い掛かろうとして——突如、空中に生じた爆発に巻き込まれた。
何匹かが直撃し、バラバラの黒い血肉となって地上へ落下していくのを見て、一瞬速度を緩めた魔物がいた。
今度はその魔物達の中心に、再び爆発が起こる。
それはリア達の上空、彼女達に帯同する飛行船に搭載された大砲によって引き起こされていた。
連装式の艦首砲から放たれるその大型の砲弾は、魔物の群れに向かって発射され、近くの魔力に反応して爆発を起こす機能を持っている。
猛烈かつ至近距離の爆風にバランスを崩し、飛んでくる無数の破片に翼と体を傷付けられ、近付く事ができない魔物達。
それに対して、リアは冷徹に、攻撃準備を整えた。
リア達は、一斉に首から下げた小さな笛——共振型特殊聖魔道具、通称<聖笛>を口に咥え、そのまま吹き上げた。
甲高く、震えるような音。
それと共に、彼女達が構える小銃の銃口に、白い光で構成された魔法陣が出現して。
「——撃て!」
笛を口から外したリアの号令と共に。夜空を切り裂くような太い光の柱が、魔物達へと殺到した。
幾重にも重なるように出現した、その光の柱。
それらが数秒かけて空から消えた後、そこにいたはずの魔物達は、そのほとんどが消え去っていた。
おそらく直撃を免れたのであろう、数匹分の魔物の翼や手足が、しかし持ち主を失って力なく地上へと落ちていった。
少女達の放つ一斉射で、空中にいた魔物の50体以上が消滅、もしくは墜落した。
先程まで隣にいた同胞が消失し、動揺したかのように勢いを失う魔物達。
攻撃本能しかないはずの怪物が晒した隙。
それを見逃すような者など、この<武装聖女隊>にはいない。
すかさず、リアの後方、一斉射に参加していなかった少女達が飛び出した。
少女達が跨る箒のような魔導機械——その先頭に据え付けられた2つの円筒から、前方の魔物に向かって火の玉が吐き出された。
かなりの速度で空を駆る少女達よりも更に早く、煙を纏いながら前方に向かって飛ぶ、その火の玉———多量の炸薬と破片が詰まった噴進爆弾が魔物にぶつかる。
直撃した魔物が、まるで内側から弾けるようにバラバラになり、直撃を免れた魔物も全身を爆圧と鉄片に切り刻まれていく。
ようやく動揺から回復し、離脱していく少女達を追おうとした残りの魔物達も、後続の少女達が撃ち出す帝国製自動機関砲からの小さな鉛玉の群れによって、同様の結末を迎えた。
「空域制圧、前進せよ!」
血肉と共に墜落していく魔物を一瞥し、もはや少女達を阻むものは無くなった夜の空を、リア達は進む。
彼女達の次の目標は、眼下に広がる、帝国と王国の国境線付近の大地。
そこにいる、大小様々な魔物の群れであった。
大地を覆いつくさんばかりに溢れかえる、先程の群れとは比べ物にならないほどの、数にして数十万にまで膨れ上がったそれ。
これから、自分達の帝国の大地を犯さんとしているその黒い波。
それに対し、リア——帝国名、アリア・クレイドス特務少佐は。
自身の麾下たる第一航空支援増強大隊、通称<武装聖女隊>を指揮し、対処に当たるべく動き出した。
人々を、仲間達を守る為。
兵士として、帝国の走狗としての職責を果たすため。
そして、己に課された使命と——他でもない、自身の運命を全うするため。
それぞれの思いと決意を胸に、リアは引き金を引いた。
この日、アルトリウス王国を筆頭とする対帝国軍事同盟『教主連合』に対し、ガイアス帝国の先遣隊である空中機動艦隊が王国の領土に侵入。
その場にいた少数の国境警備隊と、多数の魔物の群れを撃破し、後続のガイアス帝国主力のための橋頭保を王国内に確保した。
教主連合対ガイアス帝国における国家間戦争、通称”狼鷲戦争”は、この日を境に終盤を迎える事となる。
大陸歴1033年。例年よりもずっと訪れの早かった冬の事であった。
続編執筆中。




