はい、やりました
手慰み、第数弾でございます。
遊んでおります、存分に。
お楽しみいただければ、幸いでございます。
侯爵令息に、思い人が出来た。
学園で三年間同じクラスだった、伯爵令嬢だ。
だが、自分には学園に入学する前からの婚約者がいる。
婚約者が病弱であったがために、卒業する本日まで全く接触がなかったが、今日は令息の卒業パーティーに、パートナーとして出席することになっていた。
最初で最後の、婚約者同士らしい接触、だ。
婚約者の令嬢は、同じ侯爵家の次女だが、元々、何方かに不都合が生じたら、成人までに縁組を白紙に戻すことになっていた。
成人を間近にしても、体の弱さは改善できなかったらしく、それを理由に婚約者側からの申し出で、この日を最後に婚約を解消することになった。
が、令息の方は望んでいない。
自分の思い人は伯爵家の一人娘で、侯爵家の長男である令息の元に嫁ぐことは、伯爵家の存続を危うくすることになる。
かといって令息自身、せっかく跡取りの教育をされているのに、伯爵家に婿入りするのは御免だった。
そこで、婚約者に恩を売って、嫁に来てもらおうと考えたのだ。
どうせ、病弱で屋敷からもほとんど出ない婚約者には、後ろ盾など一つもない。
こちらが多少、話を盛って噂を広げたところで、証拠を集めることはできないはず。
そう考え、侯爵令息はこの日までで婚約者の事を、ないことないこと学園内で広め、パーティーの後で断罪するつもり、だった。
令息が立ちはだかった時、令嬢が青ざめなければ。
一人で馬車に乗ってきた令嬢は、迎えに来ていた令息を見て青ざめた。
妙に狼狽えているのは気になったが、婚約者としてのエスコートをするべく、手を差し出す。
そっとその手に己の手を乗せたが、その手は震えていた。
その様子で、誰からか学園での噂が、令嬢にまで聞こえていると判断し、令息は思わずほくそえんでしまう。
逃げられないように令嬢の手を握りながら、パーティー会場へと誘い込み、完全に逃げ場を奪ってから、そっと言った
「そのお話は、後で致しましょう」
今は、自分の卒業を祝ってほしいと続ける前に、令嬢ははじけるように顔を上げ、令息の手を振り払った。
そして、大きな声を張り上げる。
「申し訳、ありませんっ。わたくしがっ、婚約者を手にかけましたっっ」
祝いムードの会場内が、一気に静まり返った。
「……は?」
言葉を失くした令息の前で、令嬢は涙を流す。
「ほんの、気休めのつもりで始めたことなのですっ。それなのにまさかっ。そんなに効果があるなんてっ」
「? 令嬢?」
「わたくしっ。懇意にしているご令嬢から、学園でのわたくしの婚約者のお話を、耳にしておりましたっ」
何とか宥めようと手を伸ばした令息は、その告白で動きを止めた。
そんな令息を見上げ、令嬢は続ける。
「同級生のご令嬢と、仲睦まじくされていて、まるでっ、婚約者のようだとっ。だからっ、わたくしっ」
顔をこわばらせてしまった令息の前で、一気に言い切った。
「婚約者様の釣書の絵姿を使って、呪いをかけてしまいましたのっっ」
まさかの、オカルト話だった。
「婚約者であるわたくしの見舞いにも、一度もいらっしゃらないので、恨み言を言う事すらできませんでした。ならば、いっそ、このまま不幸になってもらって、婚約自体を失くしてしまおうと、そう思ってしまいましたっ」
はらはらと涙をこぼしながら言う令嬢の話は、何処までも哀れだった。
会場の卒業生たちも、噂を忘れたかのように、同情の目を向けていたが、
「婚約者とそのお相手のご令嬢が、デート中にごろつきに襲われて、何方も汚された上で命も奪われるよう、わたくし自身の血潮で願ってしまったのですっ」
一気に会場が凍り付いた。
儚げな病弱な令嬢は、そんな空気にも気づかず、続けた。
「本日で、婚約は白紙に戻ります。全く見向きもされなかった婚約者の、ただの気休めだったのです。なのにっ」
会場と同じように硬直した令息を、令嬢は再度見た。
「王城から派遣された、騎士の方ですね? つまりは、本当に、わたくしの婚約者はっ」
「いや、ちょっと待てっ?」
そこでようやく、婚約者が自分を認識していないのに気づき、令息は声を上げた。
「あなたの婚約者は、私だっ。一体、誰を呪った話だっ?」
「え? 何をおっしゃっているのですか? わたくしの婚約者は、あなたのような、平凡顔ではありません」
きょとんとして返し、令嬢は扇子を開いて、その中にあったものを掲げた。
どうやら、件の絵姿を書き写して、持ち歩いていたらしい。
「わたくしの婚約者は、初めからこの方です。どこぞの王子様のようなお姿の、美しい方。あなたとは、大違いですわ」
「……」
令嬢本人が、つたない手で色塗りしたのだろう絵の真ん中に、真新しい赤い染みが見える。
その染みが何なのかは、考えないようにしながらよくよく見て、令息は青ざめた。
「いや、これは……我が国の、王太子だっっ」
空気が、完全に変わった瞬間だった。
これで、大丈夫だろう。
侯爵令息と同じく、今年の卒業生の伯爵令息は、溜息を吐いた。
これで、あの侯爵令息が、この国に重宝されることはなくなるし、侯爵令嬢が嫁ぎ先で冷遇されることもなくなり、独り身になった令嬢が、ようやく街に出られるようになった時に、心臓マヒで亡くなる危険も、回避できたはずだ。
すぐ横で安堵している自分の婚約者は、侯爵令嬢の唯一の話し相手として選ばれ、学園に通っている間、病弱な令嬢に寄り添い、学園での教育をそのまま教え込んでいく役をしていた。
その役と同時に、侯爵には学園での侯爵令息の態度も、報告していたのだが、初めの人生ではその報告を偶々、令嬢が立ち聞きしてしまったらしい。
そして、同じようなことをしでかした。
侯爵令息は勿論無事だったが、これが、自分たちの流した話よりも優位になると判断し、婚約の白紙の話はなくなり、当初の予定通りに二人は結婚した。
侯爵夫人となった女性は、その後かなり不遇な生涯を過ごしただろうとは思う。
婚姻後、時々届く手紙には、愚痴が書き連なっていたようだ。
それを読んで、侯爵家と前後して結婚した伯爵家の夫人も心配していたから、間違いない。
だが、自分たちにはどうしようもなかった。
なのに、平凡で平和なまま生涯を終えた伯爵は、伯爵令息だった頃に巻き戻ってしまった。
幼い頃からの婚約者は、その時には既に侯爵令嬢と懇意にしており、引き離すこともできないから、ただ前の人生をなぞるくらいしかできないのに、何の因果なのだろう?
そう嘆きつつも、少しだけもやもやしていたことを、解消してしまおうと思い立った。
当時はまだ、侯爵家同士の縁談は、結ばれていないと気づいたためだ。
伯爵令息は頭をひねって、令息側が釣書を送ってくるタイミングで、ちょっとした手違いをはさんだ。
婚約者になる令息と程遠い、街中の適当な男を写生し、適当な者に金をやって、令息の絵姿とその絵をすり替えさせたのだ。
結果、卒業パーティーでの断罪は、どちらかというと令息の不義が中心となり、終わりを告げた。
婚約も無事白紙に戻され、侯爵令嬢は独り身になって、領地に引っ込むことになっていたのだが……。
間が悪かった。
調子のよかった日に、街に買い物に出かけた侯爵令嬢は、絵姿そっくりの男が、普通に歩いているのを見てしまった。
驚いて、ポックリ逝ってしまった。
本当に何が、生きる生涯になるか、分からないものである。
あのご令嬢は残念だが、これも宿命という奴だろう。
伯爵となった後、再び生涯を終えようと言う時に当時を思い返していたら、顔を思いっきり踏みつけられた。
ぐあんと、衝撃で頭を震わせる伯爵に、低い声が言う。
「……手ぬるい、手ぬるいぞっ」
「? ?」
「何故、適当な男の絵姿で済ませたんだ? もっと、やりようがあっただろうがっ」
目が弱くなっていたので、姿は分からなかったか、踏みつけた男の足は柔らかく、余り痛くなかった。
痛くはなかったが、重みで頭が揺れた。
訳が分からず、伯爵は一人喚く。
「っ、私の人生に、病弱な方の今後が障るわけじゃないっ。というより、先の人生の方が、障りになっていたんだから、これで満足させてくれっ」
「あのなあ……あの娘っ子、聖女だぞ」
頭が真っ白になった。
「は?」
そんなはずはない、そう言いたかった。
どちらかというと、魔女だろう?
そうも言いたい伯爵に、男の声は言う。
「言いたいことは分かる。だがな、人間というのは面白い生き物で、経験次第で化けるんだ」
侯爵令嬢は、化ける前に不遇な目にあい、亡くなった。
「お前の代では、聖女は必要ないが、次の代は、幾人も必要になるんだ。今のうちに、聖女を教育できる環境を、神殿に作っておかないと、お前の子世代が苦労するぞっ」
そう言われても……。
思ったが、否応なかった。
前の時と同じ時期に、再び巻き戻ってしまっていた。
どうしろと?
途方に暮れた伯爵令息は、思い余って禁じ手を使った。
学友の一人だった王太子の側近に、王太子の絵姿をもらえてしまったのだ。
もう、やけ気味だった。
それが、功を奏した。
侯爵令息は、自分の絵姿を偽装し、同じ爵位の令嬢を欺いた罪で断罪された。
侯爵家からも、除籍されたらしい。
そして、侯爵令嬢は何と、王太子の婚約者に抜擢された。
「この数年、徐々に体は回復されていますし、学業も学園で教わる範囲は全て、終わっておりますもの。王太子殿下の隣がふさわしいですわ」
驚く伯爵令息に、婚約者の男爵令嬢は笑っていた。
これで、満足か? 兎の獣神?
絵姿そっくりの王太子に、びっくりしてぽっくり……は、なかったようです。




