第5話 統一の輪郭
今日は本当に何もしませんでした笑
最近インフルエンザが流行っているようなので、皆さんも体には気をつけてください。
日に日に体調が悪くなっているなって思いました。
ちゃんと病院に行って薬をもらって、対処してるからこの程度で済んでいるんだなって気がします。
今日も短いですが、駄文にお付き合いください。
朝、目を開けた瞬間に世界が揺れた。
めまいがひどい。
身体が天井から引っ張られているようで、起き上がれない。横になっているのに、重力の向きが変わっていく。
ようやく身体を起こしても、今度は吐き気が押し寄せ、洗面台の冷たい陶器に額を預けたまま、何度も胃をひっくり返した。
バイトは午後からに変更してもらった。
だが、午後になっても症状は変わらない。
歩いていくのは危ない。
車で行くのも危険だ。
俺も僕も、今日ばかりは“無理をしない”という判断で一致していた。
咳が止まらない。
風邪だろうか。
熱はない。
ただ、胸の奥で何かがざらつき、呼吸が乱れる。
体調が悪いと、俺は現実性を優先し、僕は不安の気配を拾い集める。
だが今日は、どちらの傾向もあいまいだった。
明日の教授との個別演習の準備をする。集中しようとするが、頭が霞む。
風呂に入り、湯の温度で体の震えをなだめる。
ご飯を食べる。味はよくわからない。
そうしているうちに、いつのまにか夜になっていた。
時間の手触りがなく、ただ流れ落ちていく一日。
――今日は俺なのか、僕なのか。
答えはどちらでもないような気がした。
俺が前に出ている確信もなく、
僕が前にいる自覚もなく、
ただ、“自分”というひとまとまりの意思だけがそこにある。
こういう日は滅多にない。
分裂の継ぎ目が見えなくなり、思考の継承が途切れない。
感情の波は静かで、行動は遅く、だが乱れてはいない。
統一というより、境界が一時的に曖昧になる日。
タバコを吸おうとして、初めてフィルターを濡らしてしまった。
吸うたびに湿った紙の味が舌に触れ、普段よりも不快感が強い。
もとからタバコをおいしいと思ったことはないが、今日は特にまずかった。
こういう「微妙な違和感」が、かえって自分の輪郭をはっきりさせる。
明日は少し早く駅前に出なければならない。
だから、今日は早く寝る。
暗い部屋で、明るい画面を見つめながら、この文章を書いている。
日課になったこの記録が、俺と僕の分離をゆっくりと繋ぎ合わせている気がする。
文章を書くと、自分の中の二つの声が紙の上で“仲介”される。
互いの不一致が、ことばに変換されることでひとつの流れとして統合されていく。
愛情ではなく、友情によって形成される自己。
それを、今日の俺は静かに理解した。
俺も、僕も、
どちらも「自分」に座る椅子のひとつにすぎない。
今日のように体が弱ると、その椅子がいつもより近づき、
二つの輪郭が交わるのかもしれない。
明日になればまた、俺と僕の境界は戻るのだろう。
だが、今日の“統一の輪郭”だけは確かに存在した。
弱さの中にだけ現れる、一日限りの静かな平衡。
今日は、弱った身体のせいか、いつもの「俺」と「僕」の境界がふっと曖昧になり、ひとつの意志としてまとまっていく感覚がありました。
複数の声が争うのではなく、ただ静かに同じ方向を向いている。そんな、ごく短いけれど確かな統一の時間。
自分という存在が、固定された一つではなく、いくつもの層や声の“結び目”として成り立っていることを、身体の不調が逆に教えてくれたように思います。
今日のこの小さな平衡はすぐに消えてしまうかもしれないけれど、その瞬間に触れたことだけは、確かに「自分」の一部になりました。




