番外編 僕の夜、檸檬の底
今日に満足した俺は眠りについたみたいです。
自分自身は起きてるのに、勝手に眠りにつくから、僕が起きなきゃいけなくなる、そんな夜でした。
急拵えの駄文ですが、よければ読んでください。
夜八時、意識の輪郭がはっきりしてきた。
俺はもう寝てしまったのだろう。今日の俺は強かった。均整のとれた思考と合理の鋭さを保ったまま、きれいに沈んだ。それはきっと、俺の自然な終わり方だ。
しかし、俺が眠ると、押し込められていたものが浮上する。
――僕が、出てくる。
食べかけの晩ご飯を吐き気に耐えながら最後まで口に運ぶ。
吐きそうだ。
満腹だからではない。
体のどこかに、ずっと前から沈んでいた“モヤモヤした塊”が暴れはじめたからだ。
それは突然現れたようでもあり、ずっと潜んでいたようでもある。輪郭のない、不吉な塊。
手を伸ばして、本棚から『檸檬』を取り出した。
高校生の頃、何度も読んだ薄い一冊だ。
「えたいの知れない不吉な塊が私の心を始終圧えつけていた。」
久しぶりに見るその文は、当時と同じ速度で胸に落ちた。
檸檬の黄色、硝子の光、南京玉、オードコロン……
文字の奥にある、近代日本が輸入した欧州の温度。
カタカナの「ガラス」ではなく、漢字の「硝子」が放つあの透明な重量感。
高校生の頃の僕が吸いこんでいた雰囲気が、鮮明によみがえる。
僕は、あの頃からずっとこの文が好きだった。
この一文が今日の僕を捉えている。
この重さ、この正体不明の圧迫、この内側から膨張する不快感。
まさに、「ーつまりはこの重さなんだなー」。
不思議と、今の僕は強い希死念慮はない。
でも、「僕がいなくても世界は回る」
――その実感は、静かに胸の底に沈んでいる。
時計を見ると、もうすぐ二十二時だった。
いつもの薬を飲む時間だ。
睡眠薬が二種類、抗不安薬が一つ、うつの薬が二錠、アレルギー薬が一つ、胃薬が一つ。
七錠。
ようやく数えられるようになった。
この量を毎晩飲まなければ眠れない自分に、ふと嫌気がさす。
一週間前、人生で一番好きになった人に言われた言葉が蘇る。
「薬飲んでる自分かっこいいって思ってるんじゃない?」
「薬に頼りすぎだよ」
胸の奥に不快感が一斉に広がる。
塊は膨れ、心臓のあたりを押しつぶす。
タバコに火をつける。
昨日新しい箱を開けたはずなのに、もう二本しか残っていない。
喫煙本数が増えているのがわかる。
外は寒い。
タバコの煙なのか、冷たい空気なのか、区別もつかないが、胸が刺されるように痛む。
不吉な塊が心臓を掴んでいるのかもしれない。
洗面台で歯を磨く。
髭が濃く見える。短くした髪のせいで余計に似合わない。
髭を剃り、水を口に含む。
僕はコップを使う。
俺なら手で水を掬って口を濯ぐだろうと思うと、妙な距離を感じる。
二十二時を過ぎても眠気は来ない。
でも、布団には入ることにした。
薬を飲んだあと、起きて作業をしていると、いつも意識が急に途切れる。そして気づいたらベッドにいる。
自分の体がプログラムされたロボットみたいに動く。
その「無意識の自動運転」に恐怖を感じるようになった。
だから、意識のあるうちに布団へ向かう。
明日が来てほしくない。
特定の日が嫌なのではない。
ただ、明日もまた“生きなきゃいけない”という連続性が、重く圧し掛かる。
人生を歩んでいる実感がない。
後ろから押されて前に進むしかない感覚。
“意志”の不在。
“生”の惰性。
俺が昼に残した整然としたメモを読み返す。
その後に僕が書き殴った分量の多さと、弱音の多さに、自己嫌悪が生まれる。
あの強さと、この弱さが、同じ身体に共存していることが信じられない。
僕は小さく言う。
――さようなら。
すると、どこかで俺が返す。
――また明日。
しかし、僕は知っている。
俺に対して、友情なんて感じない。
僕が友情や愛情を感じるのは、“受け入れられた瞬間だけ”だ。
一度でも拒絶されたものには、僕の中に友情が芽生えることはない。
たとえそれが俺であっても。
布団に沈む。
天井がぼんやりと揺れる。
薬の成分が巡り始める。
不吉な塊はまだそこにある。
だけど、この夜だけは、僕が僕のまま眠りにつく。
『檸檬』を読んで、近代文学の妖艶さを感じました。
僕も、もっと表現が上手くなって、物語に読者を引き込めるような力を身につけたいと強く思いました。
努力でどうにかなる問題ではないかもしれませんが、できる限り頑張ってみたいと思いました。
この前向きな気持ちはきっと俺のおかげなんだと実感して、友情というよりも先生や上司、先輩に対して抱くような感情が芽生えたのか、強くなったのか、そんな感じでした。
今日もお付き合いいただき、ありがとうございました。




