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第2話 僕の朝、俺の夜

今日はとても寒い日でした。

寒さが嫌いな俺はこたつでぬくぬくしているような感じで、僕からはそれが許されるなら僕も休ませてよってずっと思っていました。

今日はいつも以上に人と出会いました。2年前一緒のバイトをしていた友人、1年前まで不安定な僕の吐口のようになってくれていた先輩、そして、過去最高の愛情が芽生えた相手、その相手は同時に数日前に精神が最大に崩れていた時に迷惑をかけた相手でした。みんな俺の変化を驚き、同時に安堵しているようにも見えました。それでも、過去最高の愛情が芽生えた相手は、チラッと見える僕に「そういうところだよ」って言ってきました。

前書きが長くなりましたが、本文の今日1日をみてもらえると嬉しいです。

退屈だとか、面白くないとか、重々承知しています。それでも一度目を通していただき、何かコメントをもらえると次の日の俺が、僕が、きっと何か変化することでしょう。

朝、胸の奥が少し冷たかった。

 起き上がる前から、もう“僕”が顔を出していた。

 いつもなら、このまま布団に沈んでいく朝だ。

 けれど今日は違った。

 昨日の夜に取り戻した「俺」が、どこかで目を光らせていた。

 勇気というより、戻ることへの怖さが俺を起こした。

 戻れば、またあの頃の俺を失う気がした。

 それだけは嫌だった。


 目を開けると、部屋の中に冷たい空気が漂っていた。

 寝癖のついた髪を手で撫でつける。

 鏡の中の俺はまだ半分眠っていて、

 瞳の奥に“僕”の影が残っている気がした。

 顔を洗いながら、昨日やらなかった洗い物を思い出す。

 シンクの中の皿を片づけ、

 金魚の水槽の水を替えた。

 金魚は驚いたように泳ぎ出す。

 俺が動けば世界も動く――そう信じたい。

 やるべきことをやらない奴は、弱い奴だ。

 そう思う一方で、

 「今日は休もうよ」と“僕”が囁く。

 休みたい、という気持ちに罪悪感を覚えるのが俺らしい。


 10時半から授業。

 単位には関係のない教授に呼ばれている。

 ずっと行けていなかった授業だ。

 行くのが重い。

 それでも俺は言う。

 「行け」

 この記録を書いているのは“僕”かもしれない。

 でも今日、体を動かしているのは確かに俺だ。


 昨日髪を切ったことで、メガネが似合わなくなった。

 短髪の俺は、メガネをかけない。

 4年間ずっと伸ばしていた髪をばっさり切った。

 パーマも染めも消えた。

 黒髪短髪――まるで高校のころの俺だ。

 「ナヨナヨした自分には戻らない」

 そう心の中で呟く。

 俺にとって、髪を切ることは儀式のようなものだった。

 俺と僕の交代の証。

 同じ人生を共有していても、

 互いの輪郭はまるで別人だ。


 外は寒かった。

 髪を切ったせいで、首筋が風を拾う。

 俺は寒さを感じるたびに、生きていることを確認する。

 “僕”は寒さを嫌う。

 「温もりがないと自分が消える気がする」と言う。

 でも俺は、寒さの中に輪郭を求める。

 痛みと冷たさが俺を実在に引き戻す。


 一度自殺未遂をしてから、

 親とはこまめに連絡を取るようになった。

 朝、「おはよう」とだけメッセージを送ると、

 母から「気分は?」と返ってくる。

 俺――いや、“僕”は「いい感じ」と返した。

 母は見抜いていた。

 「無理しなくていいんだよ」と返信が来る。

 朝から吐いた。体調は良くない。

 でも俺は言う。

 「負けるわけにはいかない」

 俺に認めてもらうために。


 俺も僕も勉強が好きではない。

 それでも俺は努力を怠らない。

 だから“自分”も努力する。

 今日は早めに大学へ行って、院試に向けた哲学の勉強をするつもりだった。


 “僕”は香水が好きだった。

 アクセサリーも好きだった。

 俺はどちらも嫌いだ。

 匂いや装飾が思考を曇らせる気がした。

 “僕”はコンタクトを嫌い、

 俺はメガネを嫌った。

 何もまとわずにいるときが一番落ち着く。

 目頭や鼻を押しつけられる感覚が、どうしても耐えられなかった。


 2限の大学院の授業。

 先生が来なかった。

 30分待って、俺は席を立った。

 外に出てタバコを吸う。

 通りがかった先生と先輩が声をかけてきた。

 「誰かと思った、イメージ変わりすぎてわからなかった」

 短髪になった俺は、別の人間のように見えるらしい。

 煙草よりも飴が欲しかった。

 昔好きだったキャラメルが、今はキャンディになっている。

 噛み砕くと、甘さが一瞬で広がった。

 あの頃の俺の味覚が戻ってきた気がした。


 まだ、今日は“僕”の時間なのかもしれない。

 俺が「普通」になるまで、あと何日かかるのだろう。

 “僕”は表に出たいのか、それとも俺に委ねたいのか。

 躁と鬱のあいだを往復するように、

 人格も揺れている。

 俺が出れば、安心する。

 けれど“僕”は、俺がいないときにだけ息をしている。

 今日の記録をつけているのは、“僕”だ。


 音楽が聴きたかった。

 イヤホンを忘れた。

 “俺”は音楽を聴かない。

 “僕”は音楽にすがる。

 音楽がないと、心が裸になる。

 今日は“僕”の支配する日だと悟る。


 本を読むとき、資料を読むとき、俺は現れる。

 全体を見ず、効率的に内容を把握する。

 “僕”は丁寧に読む。

 俺はよく居眠りをする。

 “僕”は居眠りをしない。

 以前は「人がいると“僕”が出る」と思っていたが、

 今では「人がいると“俺”が出る」のかもしれない。


 3限。

 カントの講義。

 大学院向けの特別授業だった。

 “僕”はカントが苦手だ。

 嘘をついてはいけないと言うその倫理が、

 俺たちの矛盾を見透かすからだ。

 俺は「嘘も方便だ」と思っている。

 カントを学べば学ぶほど、

 “僕”は自分の生き方を否定される気がしていた。

 健康なときに体調不良を装い、

 本当に体調が悪いときには「大丈夫」と言う。

 それが“僕”の嘘だった。

 その曖昧さが、俺には耐えられなかった。


 夕方からバイト。

 17時までに準備を済ませる。

 今日はやけに人と会う日だった。

 昔よく話していた知り合いにも再会した。

 「雰囲気が変わったね」と言われるたびに、

 俺は“俺”であることを確かめた。

 バイトでは、新聞や雑誌に載せる広告のデザインを担当した。

 ゼロから考えて作った案を褒められた。

 俺は満足した。

 やっぱり俺はこうでなきゃならない。


 外に出ると、冷たい風が肌を刺した。

 その瞬間、不快感が全身を襲った。

 胃の奥がひっくり返るような、

 あの“不吉な塊”がやってきた。

 梶井基次郎の言葉が浮かぶ。

 ――不吉な塊。

 それが吐き気を呼び、“僕”を引きずり出そうとする。

 でも今日は違う。

 俺が残った。

 俺が“僕”を守った。


 バイトの前に話した大学院の先輩の言葉を思い出す。

 「統合失調症みたいになってるんじゃない?」

 その一言が胸を裂いた。

 胸の痛み、左手の痺れ。

 これが“俺”と“僕”の乖離なのか。

 それとも、もっと深いところで軋んでいる何かか。


 夜。

 家に帰る。

 シャワーを浴びて、夕飯を作る。

 食欲はある。

 でも、何を食べても満たされきらない。

 満たされていく幸福感と同時に、

 心の穴の深さを実感する。

 俺の意識は、その穴に罫線のような補修軸を引いてくれる。

 だが、穴は想像以上に大きい。


 動画サイトで恋愛漫画のまとめを見る。

 この趣味は“俺”のものか、“僕”のものか。

 昔は恋愛シミュレーションゲームの動画を好んで見た。

 可愛いヒロイン、甘い台詞。

 画面の向こうの世界に自分を重ねることはない。

 けれど、心の穴が少しずつ温まる気がする。

 恋愛には興味がある。愛情には渇いている。

 俺は友情と家族の愛で満たされてきた。

 “僕”は恋愛にしか愛を見出せなくなっていた。

 俺には分からない。

 でも、今夜も俺はこうして“僕”を見つめている。


 予習をしようと思ったが、

 明日の朝に回すことにした。

 今日はもう眠ろう。

 眠れるだろうか。

 いや、眠らなければならない。

 明日も、生きるために。

今日のエピソードは長くなってしまいました。

朝から僕が出てきすぎて、1日が長く悲観的な1日になった気がします。俺は寒すぎて出ることを拒んでいたんだと思います。

明日は朝から俺でいられることを願って、おやすみなさい

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