第17話 鈍色の午後、透明な自分
今日はどんな日でしたか?
なんか今日は全てが重くて、でも無であるような1日でした。
今日も駄文にお付き合いください。
今日は朝から病院へ行く必要があった。
昨日で薬が切れてしまったから、精神科へ処方してもらいに行く。
先生はいつも通り穏やかで、
「調子は良さそうに見えるよ。吐き気とかは大丈夫?」
と優しく声をかけてくれた。
――本当のところはわからない。
僕自身が僕を理解していないから、何が辛いのかを明確に言葉にできない。
吐き気に関しては内科で診てもらっていること、来週検査があることだけを淡々と説明した。
先生は「精神的には落ち着いてるように見える」と言った。
夜は不安が襲ってくることがあるが、日中は大丈夫だと伝えた。
それ以上でも、それ以下でもない。
診察が終わり、薬を受け取り、一度家に戻る。
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午後から授業がある。
欠席日数の関係で、これ以上休むことはできない。
しかし吐き気はいつも以上にひどく、精神的な負担も重かった。
行きたくない――その気持ちが胸の奥で鳴る。
行かなければならない――その声が理性のあたりでくぐもる。
行きたい俺は今日はいなかった。
こんなことなら、9月・10月に休まずに通っておけばよかったと後悔がよぎる。
あの頃は院試でいっぱいいっぱいで、何も余裕がなかったのだ。
気づけば12:00。
そろそろ出ないと授業に間に合わない。
迷い続ける僕と、静かに義務を引き受けようとする俺。
結局、俺のほうがわずかに勝って大学へ向かった。
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授業は、座っているだけで精一杯だった。
3限の途中で吐き気に耐えられず、教室を出た。
戻ると先生に「どこ行ってた?」と聞かれる。
「体調悪くて吐いてました。」
正直に言ったが、それでも目をつけられたような息苦しさが残った。
4限は優しい先生で、いつも通りだった。
その優しさに救われた反面、
「自分は弱っている」という実感がさらに強くなった。
人によって診断は違う。
急性胃炎と言う人もいれば、胃潰瘍だと言う人もいる。
結果がわかるのは来週。
この不定形の不安のまま、あと一週間を過ごさなければならない。
大学を後にする頃には、心は沈んでいた。
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今日は、好きな人のことすら“好き”と思えなかった。
その人を好きでいる自分が、まるで借り物の人格みたいに感じた。
関わること自体やめてしまったほうがいいんじゃないか――
そんな考えすら浮かんだ。
たった一瞬、「好きを失った」ように感じただけで、
世界が無音になった気がした。
空っぽな自分が露呈し、
残るのは、胃の痛みと吐き気と心臓のつぶされるような感覚だけだ。
両手の痺れも続く。
疲労は感じていない。
活力もない。
感覚はあるのに、感情は“無”だった。
欲求がない。
欲しいものもない。
好きになろうとする衝動すらない。
もし“好き”が欲求であるなら、
今日はその欲求装置そのものが壊れていたのだろう。
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思考が遅い。
考えても、何ひとつ結論に届かない。
何をすればいいか思い出せない。
食事・風呂――それは「生活習慣」という名の自動操縦であって、
気力とは無関係だった。
必要かどうかさえ曖昧で、
「あれ、これは義務なのか?」
と自問する。
18:00、早い時間に眠った。
ふと目が覚めると22:00。
小学校からの友達が電話してきた。
本当は話す気力がなかった。
でも断れずに電話に出た。
気を紛らわすための会話が続く。
23:00、親からも電話があった。
励まされたが、どこか遠かった。
「明日も頑張れ」と言われても、
それがどこに向かっている“頑張れ”なのか、僕にはわからない。
親は責任を持って言ってくれる。
でもその言葉は今の僕には無責任に聞こえた。
僕が抱えている不安の輪郭を知らないからだ。
明日は朝のゼミだけ出て、午後の大学院の授業は休もうと決めた。
休む勇気と、休めない焦燥の狭間で揺れる夜だった。
虚無感とか、喪失感とか、そういうのってありますよね
退屈だとかそういう時によく襲ってくる感覚なのですが、今日は常に虚無でした。大学の先生からも目をつけられて、なんとも息苦しさを感じる今日でした。
虚無のくせして、体の不調はちゃんと感じるのはそれを誤魔化す何かがない感じで、ボディーブローのように、不快感だけを感じていました。
今日も駄文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。
明日もよろしくお願いします




