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僕と俺のいる日常

作者:黒元将利
 夜になると、胸の奥からもうひとりの自分が目を覚ます。
 彼の名は“僕”。
 かつて強く、信念を貫く存在だった“俺”が沈黙したとき、代わりに生きることを引き受けた人格だ。
 “僕”は人に優しく、周囲に合わせることができる。だが、その完璧さの裏で、いつも何かを恐れていた。
 それは、かつて世界を率いていた“俺”のまなざしそのものだった。

 物語は、大学生活という日常の舞台で進む。
 研究、就職活動、友人との会話、家族とのやりとり――
 そのどれもが、外の世界と内の世界をつなぐ細い糸のように描かれる。
 昼には“俺”が現れ、行動と意志によって日常を推し進める。
 夜には“僕”が現れ、不安や後悔、優しさを抱えて心臓の奥に座り込む。
 二つの人格は入れ替わりながらも、互いを否定せず、見えない対話を続けていく。

 ある日、主人公は中学時代の友人と長い電話をする。
 その会話をきっかけに、“俺”が再び蘇る。
 自信に満ち、野望に燃え、世界に爪痕を残したいという“生の力”が胸を満たす。
 だが、日が暮れるとともに、不安の波がやってくる。
 “僕”が現れ、静かに言う――「少し休もう」。
 “俺”は答える――「こわがってんじゃねぇよ。今は寝てろ」。
 そのやり取りは、戦いではなく、祈りに似ている。

 毎日が小さな弁証法だ。
 行動する俺と、癒す僕。
 自信と不安、理性と感情、強さと優しさ。
 それらが交わるとき、主人公はひとつの確信に近づいていく。
 ――精神とは、固定されたものではなく、
  分裂と統合を繰り返す呼吸のような運動なのだ、と。

 やがて、主人公は“俺”として再び世界に立つ。
 だが、その歩みの中に、確かに“僕”の温もりを感じている。
 夜が来るたびに、胸の奥で眠る彼に声をかける。
 「お疲れさま。明日も頼むぞ。」
 その言葉は、かつての自分への労いであり、
 同時に、生き続けることへの誓いでもある。

 本作は、一人の青年の精神が「沈黙」と「呼吸」を通して成熟していく過程を描いた哲学的小説である。
 そこには、現代に生きる誰もが抱える〈自己の分裂〉と〈再統合〉の物語が静かに息づいている。
 日々を通して、主人公は次第に理解する。
 “俺”と“僕”は敵ではなく、ひとつの魂の両翼なのだ、と。
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