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DIE富豪  作者: 高瀬凪
2/2

【Rev 2】絶望




「今から始まるトランプゲーム、″DIE富豪″を生き残った1人だけです」


その刹那、有玖人をはじめ、その場にいる全員の体が凍り付いた。恐怖というよりかは、驚き……いや、今何を言ったんだ、という呆れに近い感情が湧き出てきていた。

そしてそれは全員の顔に出ていたはずなのに、つり目で美しい紫のドレスを着た女性はお構いなしに続けて言った。

「皆様、″大富豪″というトランプゲームをご存知でしょうか」

大富豪は、知っている。確か、配られた手札を、強い順に捨てていくゲームだ。3が1番弱く、2が強い。ジョーカーはさらに強い。一番最初に手札が無くなった人が1位。順位に応じて、大富豪とか大貧民とかの役職が与えられ、それによって2ゲーム目からはカードの交換が行われる。大富豪に有利になるように。

だが、今はそんなことよりも───。

「え……」

すると、右隣で小さな高い声がした。真希だった。少し声がかすれていた。右を向くと、真希が、そしてさらにその右隣にいた柊眞まで、揃って顔を青くしていた。

「嘘……こんなの、聞いてない……」

「やべぇよ……これ……」

2人はだんだんと、あの女性が言ったことを理解してきているようだった。有玖人はというと、まだできていなかった。だがいずれ、この2人のように震えるときが来る。そのはずだった。

左を向くと、今度は弥子が、これまた顔を真っ青にして、震えていた。幾分大げさにも見えるその様子からは、かつてない恐怖が弥子を襲っているということが読み取れた。

「その大富豪を、5人ずつ、各テーブルに分かれて行ってもらいます。最初に、カードと共に皆様に″持ち点″を与えます」

そして女性は、四角いカードを取り出した。それがスペードの2であることに気がつくのに、5秒もかからなかった。

「そして、皆様には大富豪をしてもらい、1位になった方は″大富豪″、最下位になった方は″大貧民″となります。大富豪は、最後に捨てたカードに応じて、大貧民の持ち点を減らすことができます」

「その持ち点ってのは何点なんだ」

誰かが言った。やや怒りが混じったような声に聞こえた。

「明かしません」

女性が返した。

沈黙。

「……そして大富豪は、ゲームの終わりに大貧民に何か1つ命令を下すことができます」

その時、有玖人の体を、何か冷たい物が走った。その時だけ、彼女は少し笑っていたように……見えたから。

「ホントに? 何でもいーの?」

すると、またしてもどこからか声が飛んだ。見ると、先程の金のネックレスをした男が、手をあげて言った。ちょっと嬉しそうだった。1周回って、少し不気味に思えた。

「はい。何でも構いません。私に危害が及ばない限りは」

女性が端的にそう言うと、男は「やった!」と喜んだ。彼を取り囲むように立つ人々が、一斉に不愉快な顔になるのがわかった。

「そして、持ち点が0になった方は、その瞬間───」

また、女性がにやりと笑った。

「死に至ります」


…………?


「生き残った1人だけ」という発言でもう″そのこと″については理解していてもよかったはずだった。

だけど、有玖人はここでようやく気がついた。驚きでも悲しみでも怒りでもなく、ああ、そうか、死ぬんだ、という、数学の問題の解き方を思い出したような感覚に陥った。

だがそれに反して、周りの者たちは絶望し始めた。

「どういうことだよ!」

「死ぬ……って、マジかよ!」

「ふざけるな!」

やがて怒号が飛び始めた。それはまるで、美味しい話だと思ってバイト会場に来てみたら、実際は劣悪な環境だとわかった新人そのものだった。いや、本当にそうなのか。度合いがまるで違うが。

しかしその時だった。

「止まれ!」

部屋の真ん中から、中音、だが威圧感のある声があげられた。それと同時に、声が止まった。

何だ? 有玖人をはじめ、4人ともがその発信源に目をやった。

有玖人は、あっ、と声を漏らした。柊眞と真希に出会う前に見かけていた、あの眠っていた眼鏡の男性が、女性に向けて拳銃を構えていた。よく見るとその眼鏡は黒縁で、真面目な雰囲気を醸し出している。

「警察だ。喋るな。手をあげて後ろを向け」

眼鏡の人(刑事だろうか?)に従うように、女性は手をあげ、後ろを向いた。まだ顔が笑っていた。

すごい───と有玖人は感じた。先程から喜んだり絶望したりと、考えることがコロコロ変わって頭がおかしくなりそうだったが、とにかく思った。

「悪いな。おとり捜査は違法になることもあるから、あまりすることは無いんだが……特別にやらせてもらった。外には他の者も待ち構えている。観念しろ」

すると、部屋と廊下を隔てるドアから、鈍い音がした。ドンドンドン、ダンダンダン、と、三回続けて。たまに、「開けろ!」とか「出てこい!」とか、これまた警察の人間の言動らしきものが聞こえてくる。

有玖人は次に安堵した。どうなるかと思ったが、警察がいた。よく考えたらそうだ。あの紹介文は見るからに闇バイトだったし、警官が潜入しててもおかしくないだろう。おとり捜査が違法になることがある、というのは今知ったが。

だが、とにかくこれで、助かる。

助かるんだ───。

すると。

「皆さん、よく見ていてくださいね」

後ろを向いたまま、女性が口を開いた。それで、有玖人の安堵は、煙がもみ消されるように消えた。

何だ? 彼女は驚いていないのか? もしかして、ここまでは想定内だと───いうのか?

「喋るなと言ってるだろ!」

眼鏡の警官が再び口を開いた。今度はより一層声が大きくなっていた。あまり大きな声を出さなそうな細い体だったので、少し驚いた。

「では、見せましょう」

女性がくるりと向いた。美しいつり目が、一層鋭くなったような気がした。

「おい───」

警官が言いかけた。

だが、言葉にもならなかった。

なぜなら。

その瞬間、警官の動きが、一時停止を押したように止まってしまったからだ。いや。顔。表情だけが、威圧的なものから驚愕へと変わっていた。そして徐々に、青くなっていく。


何が、起こっているんだ?


「あ───」

すると警官は、震える指で握る拳銃の、その銃口を───青ざめている顔の、口の中に入れた。

1つの演目のように、皆がそれを見ていた。これから起こることは誰もがわかっているはずなのに、不思議なことに誰も目を背けようとしなかった。

後は……正直、言うまでもない。ただ、警官の頭が銃口から吐き出された鉛玉で、風船が割れるように吹っ飛んだだけだった。

その全てが、有玖人達の目に焼き付いた。

「え……」

少しの沈黙が流れた後、誰かの口から声が漏れた。真希だった。柊眞は警官と同じ青い顔を浮かべ、弥子は必死に目を背けていた。こちらも青い顔だった。

「きゃああああああああ!」

ワンテンポ遅れて、鼓膜が破れるような悲鳴が部屋に響き渡った。さらに他の悲鳴がドミノ倒しのように連鎖した。ほぼ同時に外の警官隊がドアを必死に蹴破ろうとしていたのだが、誰にも知るよしはなかった。

そんな群衆を尻目に、女性はそんな鈍い音のするドアに近づき、開くのが見えた。有玖人は悲鳴の中に野太い男性達の怒号を遠くに聞いたが、やがて止み、次には擦るようなドアが閉まる音が耳に入ってきた。

残念なことに、女性は何事もなかったかのように戻ってきた。

「さて、これで邪魔者もいなくなったことですし、第一ゲームに参りましょうか」

有玖人は……動けなくなった。体も、心も。

何とか目を横に動かすことに成功したが、真希が……泣いていた。高校生が泣くのなんて、滅多にない。だが、こんな状況なら誰もそれを指摘する者はいないだろう。柊眞も弥子も、目に涙を浮かべていた。

しかし有玖人はというと、涙も出てこなかった。

何も感じていなかったわけではない。

あまりにも絶望が大きいと、人は涙が出なくなってしまう、とわかってしまっただけだ。

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