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DIE富豪  作者: 高瀬凪
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【Rev 1】新しいバイト

あなたは───″大富豪の都落ち″を望みますか?


あなたは───″革命″を起こせますか?




「困るんだよねぇ……」

都市部のど真ん中に居座っているビルの1階、緑を基調とする小さな店舗の中で、粘着質な声が、鳩間はとま有玖人あくとに投げかけられた。

「君……もうちょっと笑うことできないの……? いや確かにさ、言ったよ、うちはやる気さえあれば誰でもOKです、って。でもさ、人として最低限持ってるはずのものは持っておこうよ」

コンビニエンスストアの、誰もいないバックヤード。店長の嫌味な声だけが、段ボールやら金属の棚やらに反響した。

「すみません……」

有玖人はただ頭を下げるしかなかった。床を映した視覚の中に、店長の薄汚れた黒靴が見えた。

有玖人は、少し大人しいこと、また、とある点を除けば、ごくごく普通の高校1年生だった。むしろ周り(特に一部の女子)からは、誰にでも優しく、かつ責任感があると評判だった。

では、そのとある点とは何だろうか。

長所ではない。短所だ。彼に短所なんてあるのか、と初めて有玖人と話した者は思うかもしれない。だがすぐに、その短所はわかるようになる。

率直に言うと───彼は、人付き合いが、これでもかというほど苦手だった。

もちろん、ある程度時間をかけて、ゆっくりと信頼関係を築きあげた人には、それほど抵抗は感じない。初めて話す人が駄目なのだ。初見の人と話すとき、彼の心臓ははどうしても激しく運動をしてしまう。それと連動するように、呼吸がはやくなる。結果、何もできずに終わってしまうのだ。

有玖人は幼い頃からそのような性格だったのだが、今ほどになってしまったのは、彼が遠方から今の高校を受験したから、というのもあるかもしれない。両親の反対を押し切り、地方トップの進学校に進むことになった彼は、下宿生活を送っていた。1人でいることには耐性があった(1人で知らない人に会うのはてんで駄目だが)、日々の生活費を稼ぐために、とにかく金が必要だった。親からの仕送りもあったが、それでもアルバイトをする必要があった。

当然、彼がコンビニエンスストアのレジに立っても、知らない客の前で笑えるわけがなかった。客が後でたしなもうと思ってカウンターに置いたコーヒーをいざ持ち上げてみると、鉛のように重く感じられた。

そんなわけで、彼の最初のバイトは、早くもクビになった。そう、店長の嫌味な声が響いたあの日から1週間後、クビを言い渡されたのだ。まだ高校生ということもあり、他の成人した店員達からかなり励まされたが、効果が現れるわけがなかった。




「はぁ……」

クビを言い渡された次の日、本来ならバイトがあった夕方、有玖人は近所の公園のベンチに腰かけていた。シーソーしかないへんぴな公園だが、それでも来る人は来るらしい。例えば……子供。あと、有玖人みたいに、落ち込んでいる人も来るのかもしれない。

制服のネクタイが風に揺れるのが視界の隅に映る。ちゃんとネクタイをセットできてなくて、担任に怒られたな、そういや。

シーソーには2人の男の子が乗っているのがわかった。大きい方は5歳くらい、小さい方は3歳くらいだろうか。兄弟のようだ。弟と思われる小さい方が、「ぎっこん、ばったん!」と声をあげて楽しそうに笑っている。それを見て、有玖人は無性に泣きたくなった。

すると。

「あれ! 鳩間じゃん、バイトは?」

遠くで、グレーのネクタイを───こちらはセットできていないのではなく意図的にそうしているのだろうが───同じく風に揺らした少女が立って、こちらを見ていた。かと思うと、少女はこちらに走ってきて、有玖人の隣に座った。

黄台きだいさん……」

「え、もしかして、クビになったとか?」

少し小馬鹿にするような声と一緒に、彼女の象徴とも言えるポニーテールが目に入った。

黄台きだい弥子やこ。有玖人が「初対面恐怖症」を持っていながらも、何度も何度も隣の席から話しかけ、ついに有玖人の「初対面の人」をクラスメイトでおそらく最も早く卒業した女子。男女関係なく話をするから、男子たちと女子たちからは「男女の橋渡し役」みたいな感じで言われてたっけ。

「やっぱり僕って接客とか向いてないんだね」

「あっ……」

有玖人の言葉で弥子は全てを察したのか、固まってしまった。何かいけないことを言った時のように、目が泳いでいた。

「で、でも、ほら、新しいバイト見つけるの、協力してあげるよ!」

かと思うと、彼女はスマホを取り出して何やら操作し始めた。

「僕、バイト向いてないと思う」

「いやいや、大丈夫! えっと……ほら、これなんてどう?」

弥子がスマホの画面を有玖人に見せてきた。逆光でよく見えなかったが、目を凝らすと。


『トランプゲームで遊ぶだけで時給5万円』


「うん。闇バイトだね」

「いやいや待ってよ! これならさ、鳩間も初対面の人とも楽しく過ごせると思うよ!」

「だから闇バイトだって」

「私も行くから! ヤバそうだったらすぐ帰ればいいよ!」

次に弥子は有玖人のネクタイを掴んで揺さぶってきた。頭が揺れ、空が何度も見えた。

「わかった、わかった、行く、行くからやめて」

やがて根負けしたように有玖人が口を開いた。

嬉しそうに顔を輝かせる弥子の顔が見えた。




新しいアルバイトの場所は、街から少し離れたホテルだった。といっても、そのホテルは少し前にオーナーが亡くなり、その後は勢いを失ってそのまま倒産し、誰もいなくなっていた。そこを、アルバイト先が買い取ったということだろうか。少なくとも、誰かを襲う系のバイトではないようだ。よかった。いや、よくはないか。

その一室、一番広い洋風の夕食会場みたいな広い部屋で、2人は制服姿で壁にもたれかかっていた。弥子は荷物を確認していた。そして、有玖人は……早くも来たことを後悔していた。

覚悟していたことだが……やはり人が多い。全部で50人ほど。当たり前だが、ほとんどが大人の人だった。

有玖人が少し気になったのは……部屋の隅の方で眠るように目を閉じた眼鏡の男性と、他の人にまじって会話をしている、金のネックレスをした男性だった。2人とも……何かオーラのようなものがある。まるで、今まで戦場を駆け回っていたような。見た目はそうには見えないが。

その時、気づいた。

背の高い大人達の中に、見覚えのある影が2つあった。

「黄台さん」

有玖人は弥子の名字を言った。荷物の確認が終わり、スマホを見ていた彼女は、すぐに有玖人の呼びかけに気がついた。

柊眞とうま蔵部くらべさんがいる」

「ほんと!?」

弥子の目が輝いた。

2人は慎重に、かつ素早く、楚辺そべ柊眞とうま蔵部くらべ真希まきに近づいていった。柊眞と真希はそんな2人に気がつく様子もなく、2人で楽しそうに話していた。

そして手を伸ばせば届きそうなほど近づくと、時々面白そうに揺れる柊眞の頭を叩いた。

「うおっ!?」

「?」

柊眞は驚き、真希は不思議そうに、柊眞に少し遅れて振り返った。その次、一瞬緊張した2人の顔が、またすぐにほつれていくのがわかった。

「有玖人……それに黄台まで……ここにいるのか?」

柊眞が言った。サッカー部らしい短髪に鍛えられた体、しかしそれに似合わない柔和な顔があった。サッカー部のエースストライカーだったはずだ。そう呼ばれて他の人から尊敬の眼差しで見られるのは、帰宅部の有玖人には、少し羨ましく感じられた。でもまあいいか。そうなると、知らない人からも注目されるわけだし。

「有玖人くん……知らない人苦手だったのによく来られたね」

続けて真希が言った。垂れ目と大人しい言動が特徴的な彼女は、嫌味とかではなく普通に関心を持っているのだろう。

2人は非常に仲のいいカップルであり、そして、有玖人の数少ない友人だった。

「いや、正直なところ、これ闇バイトだと思ったんだけどさ、黄台さんがどうしても、って……」

小さな声で説明した後、有玖人は弥子の方を向いた。その弥子は「へ?」と言って目を丸めた。

「まあ確かにな」と柊眞。「こんな山奥にあって、しかもあんなに怪しい文だったら普通行かねーよな。でもさ、こういうのってなんかわくわくするくね? 潜入みたいな感じで」

声が弾んでいた。それを聞いて、有玖人も少し微笑んだ。柊眞らしい。

有玖人は自分がひどく幸せな人間だと感じた。こんな短所だ。普通は友達なんて一人もできなくてもおかしくないのに、できた。しかも、3人。その全員が、自分のことを思ってくれている。泣きそうだった。もちろん、コンビニにいたときとは別の意味で。

その時。

「みなさん、静粛にお願いします」

有玖人から見て右方向から、無機質な女性の声が響いた。その声で、綱引きの綱で思い切り引っ張られたように、一気に現実に引き戻されるのを感じた。

「お、始まる」

柊眞が言った。楽しそうだった。有玖人はそんな柊眞を心から尊敬した。だって、これが闇バイトだったら、自分達は生きて帰れるのかどうかすら、わからないのだから。

お願いします、神様。どうか、これが闇バイトではありませんように───。

だが、有玖人の恐れは、一瞬で崩壊した。

「皆様、今日はお集まりいただきありがとうございます」

その人物はいつの間にか、有玖人より10mほど手前、ステージのような所にいた。小さかった。身長だけで判断したら、おそらく有玖人と同い年か、いやそれよりも下か───。

だがそうは感じられなかった。街を歩けば10人中10人は振り返る美しい顔に、人を洗脳できるような甘い声。身長を考えてなければ、『女』が何かを全て知ったその時だけ、部屋の全員が静まりかえった───いや、見とれていた。

「今から皆さんには、告知通りトランプゲームをしてもらいます。報酬は約束通り時給5万円。トランプゲームで長く遊べば遊ぶほど、報酬額は大きくなります」

ざわめきが大きくなった。有玖人と同じく闇バイトだと疑っていた者が驚く声が広がっていた。そして徐々に、歓喜の声色が強くなりつつあった。

有玖人もそうだった。てっきり嘘だと高を括っていたが……いいのか? トランプで遊ぶだけで時給5万円なんて……そんな甘い話、あっていいのか?

だが、有玖人は確かに、自分の口角が徐々に上がっていくのを認めた。こんなに良いバイトはそうそうない。初対面の人になれなくてはいけないが、何日も通えば適応できるだろう。それに、3人がいる。このことは大きい。信頼できる友がいれば、緊張は一気に和らぐ。

やった───。

そういうわけで、有玖人は何日か前の、闇バイトだと疑っていた自分を消し去り、すっかり目を輝かせてしまっていた。落ち着け、落ち着け。うかれてはいけない。


そう、うかれてはいけないのだ。


確かに、これは闇バイトという物ではなかった。それだけは確かだったのだ。

そう─────これが″たかが″闇バイトなら、どれだけ良かっただろうか。


「ただし───この報酬を受け取れるのは、1人だけです」


ざわめきが小さくなっていった。いや、すぐに止んだのかもしれない。


「今から始まるデスゲーム、″DIE富豪″を生き残った1人だけです」


有玖人の目が見開かれた。

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