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「凄い人ね。活気があって私が住んでいるところがいかに田舎なのか解るわね」
馬を操りながらアンリエットは興奮してウィリアムを振り返った。
自分の国に入ったことで身分がバレないようにフードを深めにかぶっているウィリアムはかなりの不審者に見える。
「そうだろうな。この道を真っすぐ行けば城に着く」
「あれ、そういえば雨降っていないわね」
活気ある町を見て興奮していたアンリエットは空を見上げて呟いた。
噂では大雨が降り続いていると聞いていたが空は雲が広がってうっすらと日差しがさしている。
地面は濡れているので雨が降っていた痕跡がある。
アンリエットは不思議そうに呟いた。
「確かに止んでいる。指輪が帰ってきたからか……」
「でもウィルが指輪をしても雨は止まなかったんでしょう」
アンリエットがいうとウィリアムは黙ってしまった。
あまり外で指輪の話をするのも良くないとアンリエットも口を閉じる。
しばらく進んで城へと向かうと、門の前に立っていた騎士がウィリアムに気づいて駆け寄ってきた。
「おかえりなさいませ。どうでした?バルメ先生は?」
そう言いながらウィリアムの後ろで馬に乗っているアンリエットを見て首を傾げた。
「バルメ先生はお年のために来られなかった。変わりではないが、バルメ先生の弟子でもあるサナリア王国のアンリエット姫が来てくれた」
ウィリアムはフードを脱ぎながらいう。
サラサラの金色の髪の毛が太陽に当たって輝き、ウィリアムの美しい顔が際立って見えた。
ウィリアムの綺麗な顔に見惚れているアンリエットを門番の騎士は怪しい顔をして見つめた。
「こちらが、サナリア王国の姫様ですか?」
こんな田舎娘がという目でみられてアンリエットも雨に備えて被っていたフードを脱いでにっこりと微笑んだ。
「初めまして。アンリエット・アルゼインです」
この国では珍しい黒い髪の毛をみて門番は頷く。
「ようこそおいでくださいました。どうぞ」
先ほどの不躾な視線を隠して門番は礼儀正しく二人を通してくれた。
馬を進めて中へと入ると、門から城までの距離を見てアンリエットは目を丸くする。
「すっごく遠いし、お城大きいわね」
「アンリ姫が住んでいる田舎とは違うからな」
バカにしたようにいうウィリアムにアンリエットは素直に頷いた。
「確かにそうね。町も大きかったし、お城も立派ね。庭も大きいし。噴水と池があるわ。物語に出てくるような素敵なお城ね」
素直に褒めるアンリエットにウィリアムは微笑んだ。
「そんなに褒められると悪い気はしないな」
「すごい豪華な部屋だわ」
案内された部屋でアンリエットはため息をついた。
広い室内にはバスルームもあるが、アンリエットが気に入ったのは大きなバルコニーだ。
バルコニーには机と椅子も置かれていて、お城の大きな中庭が見える。
手入れが行き届いた庭は、色とりどりの花が咲いていて風に乗っていい匂いがしてくる。
よくみると地面が濡れているのが見えてアンリエットは目を細めた。
「やっぱり雨は降っていたみたいね。指輪が帰って来たから雨が止んだのかしら」
手袋を脱いで左手の指輪を眺めた。
城に帰ってきたからか、赤い石の輝きが増しているように見える。
禍々しい雰囲気を感じてアンリエットは眉を潜めた。
「これ、本当に呪いの指輪よね。ろくなことがないわ」
自分がしていると分かれば、またウィリアムのように盗んだと勘違いして腕をへし折られかねない。
人の目につかないように包帯を巻いておこうとカバンを開いた。
指輪が見えないよう厳重に包帯を巻いてから、衣類が入っている鞄を開いた。
異国に行くのだからちゃんとしたドレスを着なさいと母親と兄に口を酸っぱくして言われた理由が解った。
田舎で過ごしていたのと同じ感覚で居たらいけないという事だ。
アンリエットは丁寧に畳んでいたドレスを数枚取り出してクローゼットにかけた。
「お兄様はなんて絶対にちゃんとしたドレスを持って行けって言ってたわね。きっと、前に来て恥かいたんだわ」
一応貴族らしい恰好を普段からしている兄だが、アウリスタ王国に何度か来て居る経験からの警告だったのだろう。
アンリエットは地味な色のドレスを選んで着替えて髪を整えて薄く化粧もした。
鏡に映っている自分に向けて笑みを向ける。
「まぁ、一応姫っぽくは見える……かしら」
王族に会ったこともあるが、アンリエットと同じぐらいの小国で気さくな人が多かった。
アウリスタ王国ほどの大国の王族と会うのは初めてで緊張をしてくる。
ウィリアムの顔を思い浮かべて確かに上品さと気品があったなとアンリエットは背筋を伸ばしてもう一度画が見に向かって笑みを浮かべた。
「上品にしていればそれなりに見えなくもないかしら」
何度か笑顔の練習をしているとドアがノックされる。
「はい。どうぞー」
気軽に返事をすると、ウィリアムが不機嫌な顔をして入って来た。
部屋を見回してからアンリエットの姿を見てまた眉を潜める。
「侍女は居ないのか?」
「断ったの。一人が気楽でいいじゃない。何かあれば呼んでくださいねって念を押されたわ」
あっけらかんというアンリエットにウィリアムは肩をすくめた。
「なるほど。……一人で着替えたのか?」
また眉を顰めるウィリアムにアンリエットは頷く。
「まぁ、簡単なドレスだし。豪華なドレスは一人では無理よ。一応、いいやつ持ってきて良かったわ。どう?お城の人達に馬鹿にされないかしら?」
スカートを摘まんでドレスを披露するアンリエットにウィリアムはまた肩をすくめた。
「さぁ、ドレスの質はわからないから。でもそれなりに貴族に見えるんじゃないか」
「ひどーい。……姫っぽくはないかしらね」
自分でも姫らしさは無いとアンリエットはまた鏡を見て笑みを作った。
鏡に映った自分に微笑むアンリエットを見てウィリアムは奇妙な顔をした。
「何をしているんだ?」
「笑顔の練習。お母さまが、ニコニコしていれば大体乗り越えられるって言ってたから。お兄様もそう言っていたわ、田舎者って馬鹿にされたんじゃないかしらね」
田舎者という言葉を聞いて不機嫌な顔をしていたウィリアムは声を出して笑った。
「田舎者だというやつは俺が注意してやるよ」
「そう言うウィリアムも着替えたのね。うーん、王子様っぽいわ」
アンリエットは、白のワイシャツに黒いの上着を着ているウィリアムを上から下まで観察した。
黒のジャケットは金の刺繍がしてあり、肩には金の飾り紐が垂れ下がっている。
旅人の恰好をしていても気品はあったが、今のウィリアムはどこから見ても王子様だ。
「何を言っているんだ」
そう言いつつもウィリアムは悪くない顔をしている。
「ねぇ、さっそくだけれどお姉さまにご挨拶って出来るのかしら」
遠慮がちにアンリエットが言うと、ウィリアムは頷いた。
「もちろんだ。姉は今調子がいいみたいだから是非会ってくれ」