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「昨日は本当に死んじゃうかと思ったわ」


 アンリエットは晴れ晴れした顔で朝食を口に頬張っている。

 昨晩は腹痛と息苦しさで寝込んでいたが、一晩寝たらけろりとした様子にウィリアムは呆気にとられながらお茶を口にした。


「もう元気になったのか?」


「元気よ。きっと他のお客さんも治っているわよ」


 あの後、医者の診察を受け腹痛に苦しむ宿泊者たちはすべてレモンに似た果実が原因だと判明した。

 薬師であるアンリエットも同じ意見で、持っていた薬で対応できた。

 早期に対応できたため、呼吸困難になる宿泊者も出ずに軽症で収まり医者とザド達にとても感謝されたのだ。

 アンリエットは鼻高々だ。


「いやいや、レモンもどきを食べた宿泊者は寝込んでいるよ。アンリ姫は、並外れた体力の持ち主だな。ウチの奥さんはまだ寝込んでいるよ」


 お茶のお代わりを部屋に運んできたザドが呆れた様子で話しに入ってくる。

 大きな体を見上げてアンリエットは頷いた。


「私、誰よりも体力はあるの」


 元気にパンを食べるアンリエットを見てウィリアムも呆れた様子で頷く。


「そうだろうな。でも、一応今日はゆっくりした方がいい」


「あら、どうして?早くアウリスタ王国へ行きましょう。お姉さまも気になるし、雨が降り続いているんでしょう」


 あっけらかんというアンリエットにウィリアムはザドを見上げた。


「どう思う?大丈夫かな」


「こんだけ元気に飯を食えれば大丈夫だろ。城まであと少しだから、なんとなかるだろう」


 ウィリアムは腕を組んでしばらく考えて頷く。


「わかった。今日の昼過ぎには城に着く予定だが、本当に大丈夫か」


「大丈夫よ」


 慎重な様子のウィリアムに何度も聞かれてアンリエットはうんざりしながら頷いた。


「レモンもどきは、他にも仕入れた店があった。やはり食べた人は謎の腹痛と呼吸苦で数日寝込んだようだよ。誰もレモンが原因だと気付かなったようだ。さすがだなアンリ姫様」


 感心しているザドにアンリエットは胸を張って頷いた。


「たまたまよ。ウィルがレモンケーキを食べなかったから気づいたんだけれどね。でも良かったわ、早期に治療出来て。知らないで繰り返しレモンもどきを食べていたら内臓を壊すぐらいの毒なのよ」


「そうなのか」


「昔は、少量を料理に混ぜて少しづつ体を弱らせて殺すこともあったみたいよ」


「薬師の知識はあるようだな」


 ウィルの言葉にアンリエットは頬を膨らませる。


「酷い。私の能力を信じていないのね」


「……。もう信じたよ」


 二人の様子を見ていたザドが大きな声で笑った。


「なんだ、ウィル様は珍しく素直だな。城の中でもそうやって振舞えばいいのに」


「城だと違うの?」


 アンリエットが聞くとザドは頷く。


「猫被ってやがるんだよ。別人だから驚くぞ。だから、変な令嬢が付きまとってくるんだよ」


「変な令嬢?」


「沢山いるんだが、その一人が厄介なんだよな!」


 そう言ってザドはウィリアムの背中を力強く叩いた。


「厄介な令嬢?まぁ、ウィルは顔だけはいいからみんな騙されちゃうのね」


 アンリエットが言うとますますザドは笑う。


「顔はいいって、性格だって悪くないだろう」


「悪いわよ。私の腕をへし折ろうとしたのよ」


 アンリエットが言うとウィリアムが口を開いた。


「まだ根に持っているのか。悪かったよ」


「痛かったのよ。でも、大丈夫。許しているから」


「ちっとも許していないじゃないか」


 ザドは言い合っている二人を見て満面の笑みだ。


「仲がいいな!ウィル様が心配だったけれど、これなら大丈夫だな」


「心配していたのか」


 意外だという顔をしているウィリアムの背中をまたザドは叩いた。


「当たり前だろう。いつも余計なことばかり考えて暗い顔をしやがって。お前は責任感が強すぎるんだよ」


「そうか……」


 ウィリアムの顔が少しだけ嬉しそうに見えてアンリエットも少し嬉しくなった。

 そんなアンリエットの左手の中指に光る指輪を見てザドは声を上げる。


「なんで、その指輪をしているんだ、代々王妃がするものだろう。ウィル様が求婚でもしたのか」


 低い声を出して驚いているレモンもどき騒ぎで体調が悪くて思わず外してしまっていたのだ。

 アンリエットは唇を尖らせた。


「落ちていたのを拾って、はめたら指から抜けなくなったの」


「落ちていた……。抜けなくなっただと……」


 低い声を出しているザドにアンリエットの声が小さくなる。


「どうやっても抜けないの。ウィルが指を切るっていうから、私がアウリスタ王国へ行くのよ」


「なるほど、あまり首を突っ込まないぞ俺は。しかし、これは大変なことだな。クリスティナ嬢様が怒るんじゃないのか」


 禍々しい光を発している指輪を見てザドは低く呟いた。


 「例の令嬢?」


 指輪を見ながらアンリエットが聞くとザドは頷く。


「美人だけれど、面倒なんだよ。貴族の位が高いから、自分がウィル様の嫁になるんだって信じて疑わない。ありゃ、王妃の指輪だって欲しがっているぜ」


「指輪は代々王妃しかできない。もし俺の嫁になったとしても、王妃にはならないだろう」


 ウィリアムが言うと、ザドは冷めた目を向ける。


「ウィル様の姉が居なくなれば、自然と役目が回ってくるだろう」


「王妃なんて大変なだけなのにね。お兄様なんて将来王になるから勉強ばかりして可哀想だわ」


 アンリエットが言うとウィリアムは苦笑する。


「違いない。アンリ姫は、王妃には向かないな」


「良く言われるわ」


 アンリエットが頷くと、ザドが口を挟んできた。


「だから薬師の勉強をしているのか?」

「たまたまよ。おじいちゃんがいろいろ教えてくれるから、自然と身に付いたっていうか。教え込まれたというか……。別に目指していたわけじゃないの」


「なるほど。とにかく、クリスティナ嬢には気を付けてな」


 ザドの注意の言葉にアンリエットは頷いた。




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