7
荒く呼吸を繰り返すアンリエットはとうとう椅子から崩れ落ちた。
「大丈夫か」
眉を潜めつつ床にうずくまるアンリエットをウィリアムは覗き込む。
脂汗を額に浮かべながらアンリエットは首を振った。
「無理。お腹痛くて呼吸が苦しい。ウィルは大丈夫なの?」
痛みに顔を歪めているアンリエットにウィリアムは首を振った。
「全く問題ない」
「だとしたら、夕食ではないわね。同じものを食べているのに……。これは絶対食べ物よ」
荒く息を繰り返すアンリエットにウィリアムは疑心の目を向ける。
「慣れない旅で体調が悪くなることもあるだろう」
「私の人生でそんなことは一度も無いわ!これは食べ物よ」
アンリエットはうなされながらもしばらく考えて目を見開いた。
「レモンだわ!レモンケーキ!あれが当たったのよ!」
「奥さんが腐ったもんでも出したのか?」
冷静に言うウィリアムにアンリエットは首を振る。
「ちがーう。レモンもどきよ!レモンによく似た植物が確か異国にあるの。アウリスタ王国のレモンが不作だからって違うところから仕入れたって言ってたわ」
「レモンもどきだぁ?」
ふざけた名前を言うなという目で見られてアンリエットは苦痛に顔を歪めながらウィリアムを指さした。
「もどきっていうのは私がつけた名前よ、正式名称はちゃんとあるの。とにかく痛いし呼吸もくるしいの!私の鞄を持ってきて」
荒く息を繰り返しながら言われてウィリアムは慌ててアンリエットの部屋へと向かう。
乱雑に置かれた鞄を手に戻ると、アンリエットは床にはいつくばっていた。
よっぽど苦しいのだろうとウィリアムはアンリエットを抱き上げてベッドへと乗せる。
苦しみながらもアンリエットはウィリアムに指示を出した。
「うぅう。お腹が痛い。ウィル、鞄の中に液体の瓶が何個か入っているでしょう。それを机に置いて」
指示された通りウィリアムは鞄を開けて瓶を探した。
薬草や細かく切り刻まれた粉などが乱雑に入っている中で液体の入っている瓶を底から見つけて取り出す。
「これか」
コルクで蓋をされている瓶の中に透明な液体が入っており、手書きでラベルが張られている。
専門的な事が書かれておりさっぱり分からない。
「その一番右を私に頂戴」
苦しんでいるアンリエットに言われた通りウィリアムは瓶を渡した。
震えながらアンリエットは瓶の蓋を開けると少しだけ口にする。
「それで治るのか?」
「レモンもどきなら治るはず。毒というか、腹痛と吐き気が出るのよ」
まだ苦しそうにアンリエットが答えると同時にドアがノックされた。
ウィリアムが返事をすると、ドアの向こう側から声を掛けてきたのはザドだ。
「すまない。ちょっといいか」
「どうしたんですか」
ウィリアムがドアを開けると、走り回ってきた様子のザドが汗を拭きながら部屋の中を覗く。
ベッドの上で苦しんでいるアンリエットを見て大きな舌打ちをした。
「やっぱりか!他にもレモンケーキを食べた客が数人体調を悪くしていて、食中毒かもしれん」
「……アンリ姫はレモンもどきじゃないかって言っていたが」
ウィリアムはベッドの上に寝ているアンリエットを振り返った。
「レモンもどき?なんだそれは」
「アンリ姫がそう言っている。レモンとよく似た毒性のある植物だそうだ」
ウィリアムが言うとザドはハッとして頷いた。
「そうか、今年は違う所からレモンを仕入れた。レモンケーキは今日から客に提供している」
「間違いなさそうだな」
ウィリアムはそう言うとアンリエットに近づいてくる。
「アンリ、これを飲ませればいいのか?」
「ううっ、ただ飲ませただけじゃダメなのよ。量があるから、私が行くわ」
苦しみながらベッドから這い上がるアンリエットを静止してウィリアムはザドを振り返った。
「どうしたらいいですかね」
「嬢ちゃんは薬師だったな。今、診られるか?」
「大丈夫よ」
そう言うもアンリエットは腹痛で動くのやっとだ。
ヨロヨロと起き上がり何とか床へと降りると這いずって動き出した。
その様子を見てウィリアムはアンリエットを抱き上げる。
「これは辛くないか?」
「動かないから辛くないわ。ありがとうウィル。このまま患者の元へ連れて行って」
苦しみながらも偉そうに言うアンリエットにウィリアムはムッとしつつも頷いて外套を器用に羽織るとフードを被った。
アンリエットは白い目を向ける。
「……また顔を隠すの」
「厄介なんだよ」
「仲良くするのは後にして、早く患者を診察してくれるか。ちょうど医者も到着している」
ウィリアムに抱き上げられたままアンリエットは頷いた。