20
ウィリアムの顔を見ながらアンリエットはもう1つ大切なことを思い出した。
王家の指輪が抜け落ちてしまったことだ。
左手を見ると、王家の指輪はついていない。
「ウィル。謝らないといけないことがあるの、指輪を無くしたかもしれないの」
言いにくそうにしているアンリエットにウィリアムは平然と頷いた。
「そうらしいな。クリスティナ嬢の館に落ちていたという報告を受けている。今日、届けに来てくれるそうだ」
「よかった。大切なものだから無くしてしまったかと思ったわ」
ホッとするアンリエットにウィリアムは複雑な顔をして外を指差した。
「大雨が降っている」
「えっ?」
窓の外を見ると、外の景色が見えないほど雨が降っているのが見た。
滝の様な雨を見てアンリエットは身震いする。
「指輪が抜けたから?」
「そうだろうな」
ウィリアムは目を伏せてアンリエットに静かに聞いた。
「なぜ抜けたと思う?」
アンリエットは口ごもった。
まさか二人のキスを見てショックで抜けた事しか考えられないがそんなこと言えるはずがない。
考えられる事と言ったら、それぐらいしかない。
なんて言おうか困っていると侍女が部屋に戻って来た。
ベッドの上でも食べやすいようにテーブルを用意して、フルーツのお皿を乗せてくれる。
アンリエットはオレンジ色のフルーツを見て笑みを浮かべる。
「どれも美味しそうだけれど、このフルーツは今時期じゃないのによく手に入れたわね」
食べやすいように数種類のフルーツが小さくカットされていてとても美味しそうだ。
どれを食べようかと迷いながらオレンジ色のフルーツをフォークで突き刺した。
アンリエットは時期外れのフルーツに喜び口に放り込み直ぐに違和感を感じて吐き出した。
「これ、レモンもどきみたいに似ているけれど毒があるフルーツよ」
顔を顰めているアンリエットにウィリアムが近づいてお皿に盛られたフルーツを見つめる。
「なぜわかる」
「私、これ大好きなんだけれど一度間違えて大量に食べてえらい目にあったからよ。少量だと変化に気づきにくいんだけれど、大量に食べるとレモンもどきと同じように呼吸苦になるわ。少しなら身体機能の低下とかかしらね。内臓も負担がかかると思うわ」
アンリエットの説明を聞いてウィリアムの目が鋭くなった。
「これをどこで手に入れた」
冷たい様子のウィリアムに怯えながら侍女は口を開く。
「クリスティナ様がエラノーラ様にお見舞いとして持ってこられたものです。食べきれないからぜひアンリエット様にと分けてくださいました」
ウィリアムは立ち上がる。
「姉上の所に行ってくる」
「私も行くわ」
部屋を出て行ったウィリアムにアンリエットは叫んだ。
急いで身支度を整えて、アンリエットはエラノーラの部屋へと向かった。
息を切らせて部屋に入ると、ウィリアムとベットの上のエラノーラが深刻な顔をしていた。
「まさかと思うのだけれど、私が食べていたフルーツに毒があったかもしれないという事?」
青ざめた顔をしているエラノーラにウィリアムは頷く。
「アンリ姫と同じフルーツだとしたらそうだろう。急いで調べさせている」
「お見舞いで頂いたものは口にしないことにするわ」
「それがいい」
アンリエットがそっと近づくと、エラノーラとウィリアムが振り向いた。
二人に見られてアンリエットはゆっくりとベットの上のエラノーラに近づく。
「体調は大丈夫ですか?」
「私が頂いたフルーツを分けたせいでごめんなさいね。そんなフルーツが存在するなんて知らなかったから」
「そんな、私は吐き出したので大丈夫です。むしろ、前日に飲んだものが悪かったんですよね。多分、炭酸が入っていたから気づかなかったのかも。それに指輪を落としてしまったのごめんなさい」
アンリエットが謝るとエラノーラは優しく首を振った。
「あら、気にしないでいいのよ。指輪が抜けた方が気になるけれど、今日指輪を届けてくれるらしいから。その時にあの女……じゃなかった、クリスティナ嬢にいろいろ聞くわ」
優しげな顔をしているが、エラノーラの奥底に毒入りフルーツの事を絶対に吐かせるという意志を感じてアンリエットは薄ら笑いを浮かべて頷いた。
ウィリアムは頷いて険しい顔をしたままアンリエットを見つめた。
「アンリ姫、昨日は何を見た?」
「えっ、何って……」
アンリエットは目を逸らした。
(言えるはずないじゃない。クリスティナとキスをしていたんでしょって)
唇を尖らせているアンリエットにウィリアムは少しだけ口の端を上げた。
「俺とクリスティナ嬢がキスをしているところを見たんじゃないのか?」
アンリエットはますます唇を尖らせた。
「まぁ、えっ?どういう事?」
誰よりも驚いているのはエラノーラだ。
大きな瞳を見開いてウィリアムを見上げている。
「昨晩のパーティでクリスティナに王家の指輪について話があると言われたんだ。それでバルコニーに連れていかれて、急に抱き着いてきてキスされた」
顔を顰めて言うウィリアムにエラノーラは頷いている。
「なるほど、それをちょうどアンリ姫が目撃したって言う事かしら?それで体調がわるくなったの?」
無邪気に聞いてくるエラノーラにアンリエットは唇を尖らせたまま答えない。
そんなアンリエットにウィリアムは確信をしたようにニヤリと笑った。
「アンリ姫は俺の事が好きだろう」
「えっ」
また驚いているのはエラノーラだ。
アンリエットはムッとして唇を尖らせながら口を開いた。
「どうしてそう思うのよ。ウィルの勘違いかもしれないわよ」
「クリスティナ嬢とキスをしているのを見てどう思った?俺の思い違いでなければショックだっただろう?」
「そりゃ、ショックよ」
言いたくなさそうにアンリエットが言うとウィリアムは微笑んだ。
「それはどうして?俺の事が好きだから?」
追い詰めるように聞かれてアンリエットは観念をする。
「だって、ウィルが私の事を愛する婚約者だって優しくするからそりゃ勘違いもするわよ」
それなのにクリスティナとキスをしているウィリアムを思い出してアンリエットはイライラしながら言った。
「それを聞いて安心したよ。指輪が抜けた原因はそれかなって思っているんだ」
「どういうこと?」
アンリエットとエラノーラの声が重なる。
「指輪が抜けないなんて普通なら考えられないが、王家の指輪なら怪しい呪いがかかっていてもおかしくない。考えたんだ、もしかしたらアンリ姫は王家の血を引いているから指輪をすることによって国が安定しているのかとね」
「そうね。私はこう見えて一応王族の部類に入るわね」
怒っていたこともすっかり忘れてアンリエットは頷く。
「もしかしたら、指輪がアンリ姫を選んだんじゃないかと思うんだ」
「指輪がぁ?あの指輪を手に入れてから私、ついていないんだけれど」
眉を潜めるアンリエットにウィリアムは苦笑する。
「でも体調は悪くないだろう。姉上も母も指輪をしてから体調を崩して寝込むことが多かった。アンリ姫は、ずっと元気だ」
「そうね。嫌なことは多いけれど元気だわ」
「もしかしたら、指輪に選ばれたんじゃないかと思うんだ。体力が無くなって弱っていくよりも、指輪をしていても元気なアンリ姫を指輪が選んだと思うんだ」
ウィリアムの言葉にアンリエットはますます嫌な顔をする。
「私は王妃なんてできないわよ。勉強できないもの」
アンリエットの言葉にウィリアムとエラノーラは顔を見合わせて微笑んでいる。
ウィリアムは頷いた。
「アンリ姫に王妃になってほしいなんて思ってないよ。俺だって王になんてなれると思っていない。王は姉上夫婦しか無理だ。ただその補佐は出来るけれど、アンリ姫だってそうだろう?」
そう言われてアンリエットは頷く。
「もちろん。お兄様の為ならなんだってするわよ」
「その心を王の指輪は感じて人を選んでいるんじゃないかと思うんだ。母は運が悪いことに生まれつき体力が無くて指輪の力に負けてしまったんじゃないかと思う」
「そんなバカな、指輪に意志があるっていうの?」
アンリエットが聞くとエラノーラとウィリアムは頷いた。
「外は今大雨が降っているんだ。王家の者が指輪をすれば雨は止むだろう。治安も安定する、そんな恐ろしい指輪に意志があってもおかしくないだろう」
「そりゃそうだろうけれど。そんな指輪がどうして抜けたのよ」
納得できずアンリエットが聞くとウィリアムは嬉しそうに笑う。
「アンリ姫が俺に気があるからじゃないか」
「はぁぁぁ?」
アンリエットは大きな声を出した。