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「アンリエット姫様、お元気でしたか」


 ニカッと爽やかな笑みを浮かべる自国の騎士クリフにアンリエットは冷めた目を向ける。

 アンリエットが頼んだ荷物を届けに来たのはクリフだったのだ。

 

(ぜったいにお兄様ワザとだわ!)


 怒りを秘めたままアンリエットは荷物を部屋へと運び込んだ。

 仕事が忙しいはずのウィリアムもなぜか立ち会ってくれている。


「アンリ姫が片思いしていた例の騎士か?」


 ヒソヒソとウィリアムに聞かれてアンリエットは口をへの字に曲げて頷いた。


「今になってみればどうしてこんな人を好きだったのかも不思議だわ」


 田舎の城に居た時はとびっきりカッコいい騎士のお兄さんに見えていた。

 ウィリアムの城にはクリフ以上にカッコいい人の多さに気づきアンリエットの目はますます覚めた。

 特にウィリアムを見ていると、クリフの事をどうして好きだったのだろうかと過去の自分を責めたくなってくる。

 冷めた目でクリフを見ているアンリエットにウィリアムは声を出さずに笑っている。


 荷物を運び終えてクリフはアンリエットに向き直る。


「アンリ姫様がお元気だったとお兄様にお伝えしておきますね。あ、それとご婚約おめでとうございます」


 「どうもありがとう」


(婚約といっても嘘なんだけれどね)


 心で呟いてアンリエットは無表情に頷いた。


「もっと大喜びをしていると思いましたが、どうかしました?何か心配事でもあるんですか?」


 生まれたころからアンリエットを見ているクリフは、思ったほど喜んでいない様子に眉を顰める。

 アンリエットはドキッとして作り笑いをした。


「ウィルの国が大国だから緊張しているの。私やって行けるのかしらって」


 アンリエットが言うとウィリアムは後ろからアンリエットの腰を掴んで引き寄せた。


「そんなことを心配していたのか。大丈夫、何があっても俺がサポートするから」


 とびっきりの笑顔を向けてウィリアムはアンリエットの左手を取ると中指の指輪のあたりに軽くキスをした。


「いひぃ、何をするんですか」


 驚いて手を引っ込めようとするアンリエットだったがウィリアムはそうさせない。

 二人の様子を見ていたクリフはニカッと歯を見せて笑った。


「仲が良くて良かった。お兄様心配してましたからね、アンリ姫はちゃんと愛されていて問題ないって伝えておきますよ」


「……ありがとう」


(お兄様は指輪がどうなったか心配なのよ……)


 遠い目をするアンリエットを恥ずかしがっていると思ってクリフは帰って行った。

 アンリエットの荷物を侍女が整理をしてくれているのを眺めてウィリアムは思い出したように懐から手紙を差し出す。


「何これ」


 アンリエットは受けとってみるとパーティの招待状だった。

 差出人を見てアンリエットは顔を顰める。


「クリスティナ嬢の屋敷で開かれるパーティだ」


「そのようね。私も行くの?」


 嫌な顔をして言うアンリエットにウィリアムも嫌そうだ。


「俺の愛する婚約者なのだから当然だろう」


 愛する者という偽りの言葉を聞くと心が痛む。

 冴えない顔をしたままのアンリエットの顔をウィリアムは覗き込んできた。


「行きたくないのは分かる。すまないが一緒に行ってくれ」


「大丈夫よ。ドレスも送ってもらったから行くわよ」


「ありがとう」


 ホッとしたように微笑むウィリアムの顔を見てアンリエットはまた胸がときめく。


(笑顔だけでドキドキしちゃうなんて末期だわ)


 



 

「やっぱり、抜けないわ」


 与えられた自室でアンリエットは毎朝指輪が抜けないかと何度か試すのが日課になっていた。

 力を入れて抜こうとするが、指輪は指に密着してピクリとも動かない。

 アンリエットは複雑な気分で指輪を眺めた。

 

「抜けないと困るし、抜けても困るし。困ったわね」


 王でもない自分が嵌めていていい指輪でもないし、抜けたらウィリアムとの縁が切れてしまう気がしてそれはそれで恐怖を感じる。


 体調が悪くなるという事だが今の所何も異変は起きていない。

 偽りでもウィリアムが愛する婚約者として接してくれていることが嬉しくてまたそれが虚しくもある。

 両極端な感情の揺れに疲れてアンリエットは顔を顰めた。


「あぁぁぁ、もうどうしたらいいか分からないわ!こんな状況でもし告白でもしてウィルに冷たい目で見られたら私もう生きて行かれない」


 これは演技だったんだと言われたら、体が丈夫なアンリエットでもショックで寝込む自信がある。

 朝から考えすぎて疲れてよろよろと歩き部屋を出た。


「元気だけが取り柄なのに、まさか恋をしてこんなに心が疲れるなんて思わなかったわ」


 アンリエットは小さく呟く。

 日課であるクリスティナの部屋へ向かうべく廊下を歩く。

 


 よろよろと歩いていると、前から一番会いたくない人物が歩いてくるのが見えた。

 キラキラとしたオーラをまとったクリスティナはアンリエットに気づて意地悪な笑みを浮かべた。


「あら、ごきげんよう」


「こんにちは」


 アンリエットは挨拶だけしてさっさと通り過ぎようとするが、クリスティナが行く先に立ちはだかった。


「言っておくけれど、私は負けていませんから。きっと変な薬でも使ってウィリアム様をたぶらかしたんでょう?ウィリアム様と愛を育むのは私ですから、勘違いなさらないでくださいませね」


 キッとアンリエットを睨むと颯爽と去って行った。

 睨まれただけで恐怖を感じてアンリエットは一瞬身動きが取れなくなる。


(すごい殺気だったわ。ウィルの事、それだけ好きなのね)


 そう思いながら自分はどうだろうかと考える。


「私だってきっと負けていないと思うけれど……」


 クリスティナの強い香水の匂いに咽ながら顔を顰めた。


(偽り婚約者と言われるより、もしかしたらクリスティナ様の方が脈があったりするのかしら)


 偽りから真実になることはあるのだろうか、アンリエットは長いため息をついた。


「アンリ姫、大丈夫か?」


 考え事をしていると駆け足でウィリアムがやって来た。

 アンリエットの前に来ると顔を顰める。


「どうしたの?」


「クリスティナ嬢に絡まれていると聞いて駆けつけた。何かされなかったか?」


 心配して駆けつけてくれたウィリアムにアンリエットの胸かがいっぱいになる。


「ありがとう。大丈夫よ」


「そうか。しかし、凄い香水の匂いだな、クリスティナ嬢が歩いた形跡が解るぞ」


 眉を潜めて言うウィリアムにアンリエットは頷いた。


「本当ね。頭が痛くなるわ」


「まったくだ。この香水をつけて姉上のお見舞いに行くのは勘弁してほしい」


「毎日行っているの?」


 毎日お見舞いに言っているアンリエットだが、一度しかクリスティナに会ったことが無い。

 ウィリアムは首を振った。


「週に1回ぐらいらしい。俺への株を上げたいんだろう、希少なフルーツの差し入れもしている。捨てろと俺は言っているが姉上はもったいないからと言って食べているよ」



「あ、確かに言っていたわね」



 美味しそうにフルーツを食べているエラノーラを思い出してアンリエットは頷いた。


「とにかく、クリスティナ嬢の事で何か困ったことがあったらすぐに知らせてくれ。俺に対して異様に執着しているから厄介なんだよ」


「……ウィルが王子でカッコいいからじゃない」


 見上げて言うアンリエットの顔をウィリアムはまじまじと見つめる。


「お前も俺をカッコいいと思うのか?意外だな」


「失礼ね」


 ムッとするアンリエットにウィリアムは笑った。







 

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