1
サナリア王国の姫でもあるアンリエット・アルセインはスキップしながら田舎道を歩く。
空は良く晴れていていい天気だ。
サナリア王国の領土は小さく、町も田舎の為に栄えていない。
戦も無く、放牧を主としてのんびりとしたお国柄が、国民たちもみな気さくだ。
姫であるアンリエットが一人で町を歩けるぐらいのんびりとした町だ。
「あら、アンリ姫様今日はどうしたんだい。バルメ先生のお使い?」
馴染の薬草を売っている店の女将さんがアンリエットに声を掛けてきた。
「違うわ。今日はクリフ副団長補佐を探しに来たの」
ニッコリ笑って言うアンリエットに薬草屋の女将さんは渋い顔をした。
「アンリ様、今日は止めておいた方がいい。あの男じゃなかったクリフ副団長補佐はね、今忙しそうよ」
「でも、急用なのよ。お兄様に来客がある予定なの、その警備の関係で話があるんですって、でもクリフ様は今日非番だから探しているの」
アンリエットが言うと女将さんは渋い顔をしたまま、隣の店から出てきた宿屋の亭主に声をかけた。
「ちょっとあんた、クリフ副団長補佐をここに呼んできてくれないかい?」
「なんだ突然、俺だって暇じゃないんだけれど」
「アンリ姫様がクリフ副団長補佐に用事があるんだとよ。今探しているそうなんだけれど」
渋い顔をしている女将さんと同じく、用事を頼まれた亭主も眉をひそめる。
「あー、今日はどこかで見たな。休みだから酒屋かな」
奥歯にものが詰まったような言い方をする亭主のおじさんにアンリエットは元気よく頷いた。
「ありがとう!探してくるわ」
ダッと駆け出したアンリエットを亭主は引き留めようと手を伸ばすが届かない。
「あー待って!俺が行くから姫さんはここで待ってな!」
「大丈夫よ!急いでいるからありがとう!」
ヒラヒラと手を振って去っていくアンリエットを見送って、薬屋の女将さんと宿屋の亭主は顔を見合わせた。
「やばいよ。アンリ様がっかりしちゃうんじゃないかい?」
「俺達は悪くないよ。アンリ姫が勝手に探して行ったんだ。早く相手の本性が解って良かったじゃないか」
引きった笑みを浮かべる二人は長いため息をついた。
狭い町で、自由に歩き回るアンリエット姫の事は誰もが知っている存在だ。
アンリエットがクリフ騎士団長補佐官にほのかな恋心を持っているのもみんな知っている。
薬屋の亭主の心配をよそにアンリエットは元気よく酒屋へとたどり着いた。
まだ昼だというのに、酒屋の中から男女の笑い声が響いている。
酒屋に来ることなど初めてのアンリエットはドキドキしながら中へと入った。
狭い室内は薄暗く、酒の匂いが立ち込めている。
目を凝らすとクリフと隣には女性が座っていた。
よりそうように座っている二人は顔を見合わせて微笑み合うと深い口づけを始める。
「えっ?」
二人の密な口づけに驚いて固まっているアンリエットを酒屋のマスターが気づいて近づいてきた。
「おっ、アンリエット姫様。どうしたんですか?こんなところまで来て」
「く、クリフ副団長補佐を探しに来たんですけど、今忙しいみたいなので後にします」
クリフはアンリエットが居ることも気付かづ今度は前に座っていた女性と濃厚なキスを始めている。
今にもベッドへとなだれ込みそうな雰囲気にアンリエットは居たたまれず必死にそれだけを言うと店を飛び出した。
お酒の匂いから解放されて、新鮮な空気を大きく吸い込む。
「とんでもないものを見てしまったわ!」
18歳のアンリエットにとってクリフ副団長補佐は25歳とかなりの大人だ。
大人な世界を知っていても仕方ないと思うが、それでも淡い恋心を持っていたアンリエットにとってショックな出来事だ。
クリフからも大人になったら結婚しようなど言われたことを真に受けていた自分が恥ずかしいとアンリエットはぎゅっと唇を噛んだ。
悲しいのとショックで涙が出そうになるのを必死にこらえる。
「きっと、クリフにとって結婚しようは挨拶みたいなものだったのね」
小さく呟いて城へ帰ろうと歩き出した。
あの状態のクリフに声を掛けられるほどアンリエットは大人ではない。
それでも、クリフとあの女性たちの間には一線を越えていることは理解が出来た。
クリフは真面目だと思っていただけにアンリエットはかなりのショックを受けフラフラと小さな町の大通りを歩く。
先ほど透った宿屋の亭主と薬屋の女将さんが心配そうにフラフラと歩くアンリエットに声を掛けてきた。
「アンリ様?クリフ副団長補佐には会えたのかい?」
引きつった顔で聞いてくる女将さんを見てアンリエットは乾いた笑みを浮かべた。
「今忙しいみたいだから後にするわ」
「そ、そうかい。まぁ、元気だしなよ。前から言おうと思っていたけれど、クリフ様は止めておいた方がいいってね。あいつは女にだらしがないからさ」
気を遣うように言われてアンリエットは乾いた笑いをうかべた。
「そうね。お兄様も言ってたけれどやっと理由が解ったわ。城へ帰るわ」
フラフラと歩くアンリエットの背中を見送って女将さんと宿屋の亭主は顔を見合わせた。
「大丈夫かね。ありゃ、かなり落ち込んでいるよ」
「きっといい男が現れるよ。アンリ姫は可愛いじゃないか」
「……そうだね」