絶望からの奮起
目の前で、ホテルの自動ドアが静かに閉まった。
俺の中で、何かが崩れ落ちる音がした。
(……嘘だろ。)
頭の中で何度も繰り返してみても、目の前で起こった出来事は変わらない。
柚希が、男と一緒にホテルに入った。呼吸が浅くなる。鼓動が速くなり、手が冷たくなっていくのがわかる。
(信じられない……信じたくない。)
俺たちは付き合っていた。
少なくとも、俺はそう思っていた。なのに、彼女は俺に嘘をつき、他の男と──。
喉が詰まったように、言葉が出てこない。どこかで期待していたんだ。
「ごめんね、最近忙しくて。」
そう言いながらも、きっと柚希は俺のことを想ってくれているはずだ、と。
──全部、俺の勘違いだった。
それに気づいた瞬間、胸の奥に鈍い痛みが広がる。
「……帰ろう。」
呟くように言い、足を引きずるようにその場を離れた。
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家に帰った俺は、無言のままベッドに倒れ込んだ。
そのとき、ポケットの中のスマホが震えた。スマホを開き、画面を覗き込む。
『ごめんね、今日はゼミの友達とご飯なの。また今度ね!』
柚希からのメッセージだった。
多分、ホテルの部屋から送られてきたメッセージだ。隣には神崎がいるのだろうか。肌を重ねながら送ったメッセージなのかもしれない。
俺はその画面をしばらく見つめたあと、無言で電源を切った。
心の中にあった何かが、完全に壊れた気がした。
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それからの数日間、俺は何も手につかなかった。
大学の授業に出ても、頭の中は空っぽ。講義の内容が耳に入らない。食欲もなくなり、ぼんやりとしたまま時間だけが過ぎていった。
夜になれば、ベッドの中でスマホを握りしめる。
「何かの間違いだったんじゃないか……?」
そんな考えが頭をよぎる。
でも、ホテルの前で見た光景は、俺の心に焼き付いて離れない。
(俺は……捨てられたんだ。)
その事実を受け入れた瞬間、胸の奥がズキズキと痛み始めた。
涙は出ない。ただただ、虚しいだけだった。
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「悠斗、お前、最近元気ないな。」
大学の友人が心配そうに声をかけてきた。
「……ああ。」
適当な返事をしながら、俺は自分でも驚くほど気のない声を出した。
「何かあったのか?」
「……別に。」
何も言いたくなかった。でも、本当は叫びたかった。
「裏切られた!」
「ふざけんな!」
「どうして俺じゃダメだったんだ!」
そんな言葉をぶつけたかった。
でも、それを口にしてしまったら、俺は本当に惨めになる気がした。だから、何も言えなかった。
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夜、ベッドの上で天井を見つめながら考える。
「俺、こんなんでいいのか……?」
淡々と時間が過ぎていく。
気づけば、何日もまともに食べていない。授業も頭に入らず、ただ流されるように日々を過ごしていた。
スマホを開けば、そこには柚希からの何気ないメッセージが残っている。
『ごめんね、今日はゼミの友達とご飯なの。また今度ね!』
もう何十回読み返しただろう。
その文面が送られたとき、彼女は神崎とホテルにいたのかもしれない。
(……考えるだけ無駄だ。)
わかっている。
わかっているのに、心の奥が締めつけられる。柚希に裏切られて、絶望して、それで終わりなのか。
悔しかった。
情けなかった。
「……ふざけんな。」
俺は拳を握りしめた。
このまま沈むのか?ずっと苦しみ続けるのか?そんな人生、まっぴらだ。俺は俺自身のために、変わらなきゃいけない。このままじゃダメだ。
「……絶対に変わってやる。」
そう呟いた瞬間、俺の中で何かが弾けた。
――俺は、もう過去に縛られない。ここから、俺の人生を取り戻す。
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翌朝、俺は鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめた。
疲れ切った顔。覇気のない目。伸びっぱなしの髪。無精ひげが薄く生えている。
「……ひでえな。」
思わず苦笑する。
こんなみっともない男、柚希が捨てるのも当然かもしれない。そう思った瞬間、胸の奥から熱いものがこみ上げてきた。
「……違う。」
俺はこんなところで終わる人間じゃない。このまま惨めに沈んでいくなんて、冗談じゃない。柚希に裏切られた。傷ついた。でも、それで終わりじゃない。
(俺は俺だ。)
俺はもっと、魅力的になってやる。もっと、自信を持てるような男になってやる。
「見てろよ……。」
もう、悲しんでいる暇なんてない。俺は俺を磨く。もっと強くなる。もっと上に行く。その結果、柚希が振り向こうが、振り向くまいが、もう関係ない。俺は、俺の道を歩く。
「絶対に後悔させてやる……!」
その決意と共に、俺の新しい人生が始まった。
そして――俺は、この決意が、本当に俺を変えていくことを、まだ知らなかった。
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