趣味が合うのはお膳立てのせいです
「あと一枚ですわ。あと一枚なのに」
何がと申しますと、トレーディングカードですわ。
最近王都では一定のテーマのカードを集めるという趣味が流行っておりまして。
わたくしはウィザー商会の売り出した偉人シリーズのカードを集めているんです。
トレーディングカードは、好きなカードを買えるわけではないのです。
複数のカードが入っているパックを購入するのです。
何のカードを手に入れられるかは開封するまでわかりません。
同好の士と交換しながら揃えていこう、という趣旨なのです。
わかります。
同好の士と楽しく語らう機会を作るという意味ですよね?
ただわたくしは内気で。
同好の士と言われても困ってしまいます。
また偉人シリーズのカードを集めること自体が、結構マイナーだと思われますし。
事実わたくしの友人に偉人シリーズを集めている方はいらっしゃいません。
少しずつお小遣いで買い集めてまいりました。
巡り合せがよかったのでしょうか?
不思議なことに、レアカードが一枚も被らず、あと一枚でコンプリートというところまできたのです。
しかしそこからの道のりは遠かった……。
購入してはため息の連続です。
もう確率からしたって心が折れそうになります。
でもあと一枚なんです。
次の購入で手に入れられるかもしれないと思うと、諦めるのも癪です。
「お嬢様。こつこつ買うのもいいですけれど、これ以上はムダではありませんか?」
「わかってはいるのですけれども……」
侍女アンナの言う通り。
「トレーディングカードの意味はおわかりですか? トレードして集めていくものなのですよ。社交ツールです」
「はい……」
「独力でコンプリート一歩手前まで来たのは善しとしましょう。残り一枚は交換で揃えろという、神様の思し召しだとは思いませんか?」
「……かもしれません」
「ほらほら、あそこの令息に話しかけてみてはいかがでしょう」
わたくしと同じくらいの年齢の、従者を連れた令息です。
やはり偉人シリーズの袋を手にとっていますね。
偉人シリーズの購入者は年齢層が高いとも聞いていますので、同世代は珍しいかもしれません。
穏やかそうな方ですが……。
「お嬢様、よろしいですか? これ以上カードにお金をつぎ込むのはムダ遣いだと思います。私も旦那様に報告せねばなりません」
「ええっ? そんなあ!」
トレーディングカードを教えてくれたのはアンナではないですか。
お父様に報告されたら、バカなことはやめろと禁止されそうです。
せっかくあと一枚なのに……。
「はあ、また『剣聖:シロガネ』か……」
その令息の呟きに思わず耳を疑いました。
『剣聖:シロガネ』、それこそわたくしが手に入れていない唯一のカードではありませんか!
しかもあの方、『また』って言いましたよ。
『剣聖:シロガネ』を複数枚持つ可能性が高いです。
「お嬢様、チャンスですよ」
「あの、少々よろしいでしょうか?」
◇
――――――――――ガードナー・ブレアム子爵令息視点。
トレーディングカードが流行っている。
テーマに沿ったカード一揃いを集めていくというものだ。
まあ話のタネであり、交換して集めていくという側面から一種の社交ツールとも見られている。
また僕が手を出した偉人シリーズは、歴史教育的な面も併せ持つ、のだが……。
ぶっちゃけ現代紳士淑女録シリーズに比べて実用性は低い。
またアイドルシリーズに比べれば趣味性が低いということで、人気はないのだ。
偉人シリーズを集めている知り合いがいないので、ちょっと寂しい。
「ガードナー様、失敗したと思っているでしょう?」
「お前が勧めたんじゃないか」
従者のニックが、偉人シリーズは高尚でしょう? 頭よさそうに見えるでしょう? と言うものだから、何となくそうかなと思ってしまった。
もっとも失敗したとまでは思っていない。
偉人シリーズのフレーバーテキストまで読み込んでいる関係で、歴史のテストでは一〇点近く余計に得点できていると思うし。
しかしトレード相手がいないとコンプリートはきついなあ。
あと一枚、レアカード『月の民:カグヤ』が出ないのだ。
『月の民:カグヤ』来い!
……ダメか。
「はあ、また『剣聖:シロガネ』か……」
「あの、少々よろしいでしょうか?」
「はい?」
可愛らしい令嬢に話しかけられてビックリした。
淑女カレッジの制服だな。
王立アカデミー在学中の僕とは接点がない。
というか僕は令嬢と縁がないのでドギマギしてしまう。
「わたくしはヘインズ子爵家の長女メルフェと申します」
「丁寧にどうも。僕はブレアム子爵家のガードナーだよ」
家格が合うので何となく嬉しいな。
先走り過ぎだとわかっているけど、メルフェ嬢が僕の婚約者になるということもあり得るわけだし。
「先ほどガードナー様の『剣聖:シロガネ』と言う声が聞こえたものですからつい」
「あれっ? メルフェ嬢も偉人シリーズを集めているのかい?」
「はい。あと『剣聖:シロガネ』でコンプリートなのです」
「何だ。じゃああげるよ。僕は『剣聖:シロガネ』三枚目なんだ」
メルフェ嬢の顔が、花が開いたように笑顔になる。
うわ、メッチャ可愛らしいな。
余りカードで喜んでもらえるのは嬉しい。
トレーディングカードの醍醐味だ。
「ありがとうございます! あの、わたくしもダブりのレアカードがいくつかあるのです。ガードナー様の欲しいカードがあれば、お譲りいたしたいですが」
「僕は『月の民:カグヤ』が出ればコンプリートなんだ。なかなか出なくて」
「あっ、わたくし『月の民:カグヤ』あります! 差し上げます!」
「本当? やった!」
可愛い令嬢と知り合えた上、偉人シリーズコンプリートだ!
今日はいい日だなあ。
「ガードナー様。これから特に用はありませんよ。メルフェ嬢を招待して、お茶会と洒落こみませんか?」
「楽しそうだね。僕はいいけど、メルフェ嬢はどうかな?」
「お嬢様、せっかくですからお呼ばれしましょう」
「えっ? ではよろしいでしょうか?」
「もちろんだよ」
同じ趣味を持ってる相手なんて、話が弾みそうだなあ。
ん? ニックはメルフェ嬢の侍女と知り合いなのかな?
まあ、枝葉のことか。
メルフェ嬢と連れ立ってうちへゴーだ。
◇
――――――――――メルフェの侍女アンナ視点。
メルフェお嬢様とガードナー・ブレアム子爵令息との婚約が内定したのは、実は二年以上前のことなのです。
お嬢様は素直で可憐で。
でも当時既に淑女学校に入学する方針が決まってましたから、男っ気がありませんでした。
誰それの婚約者になるんだよと言われたら、お嬢様はおそらく素直に従いましたでしょう。
でもそんなの許せます?
少なくとも旦那様は許せなかったようです。
愛する相手と婚約させたい。
旦那様は奥様と熱烈な恋愛の末結婚したという話ですし、またお嬢様を愛していらっしゃいますから。
旦那様はブレアム子爵家の御当主様と密かに画策してウィザー商会を設立、偉人シリーズなるトレーディングカードを発売しました。
要するに偉人シリーズカードの収集をガードナー様とお嬢様の共通の趣味にし、二人を結び付けろということなのです。
案外いい方法だと思いましたけど、そのために事業を起こすというのがすごいなあと。
もちろんトレーディングカードブームに乗った儲けも意図としているのでしょうけれども。
お嬢様の興味を偉人シリーズに向けさせるのは私の役割でした。
またお相手であるガードナー様の興味を偉人シリーズに向けさせるのは、ガードナー様の従者ニックの役割です。
私とニックの関係ですか?
まあいいじゃないですか、枝葉のことは。
真面目なお嬢様は、意図した通り偉人シリーズにハマりました。
歴史の勉強にも繋がりますからね。
実はまだ偉人シリーズの販売店は限定されているのです。
本格展開はガードナー様とお嬢様をくっつけてからだそうで。
販売店を抱き込んで、お嬢様には『剣聖:シロガネ』が出ないようにして。
一方でガードナー様には『月の民:カグヤ』を出させないようにして。
お互いあと一枚でコンプリートという段階で会わせて。
トレード成立から流れるようにお茶会に移行して。
パーフェクトです。
ブレアム子爵家邸からの帰り道で。
「お嬢様。ガードナー様の印象はいかがでしたか?」
「素敵な方でしたね。とても話しやすかったです」
好感触ですね。
ガードナー様も王立アカデミーでおモテになることはないそうで。
素朴なタイプだからでしょう。
ブレアム子爵家の御当主様も、すぐガードナー様とお嬢様をくっつける作戦に乗ってきてくれました。
……ちょっと突っ込んでみますか。
「史実では『剣聖:シロガネ』と『月の民:カグヤ』って結ばれたのでしょう?」
「そう習いましたね」
「お嬢様もそろそろ婚約という話が出てくる年齢ではないですか」
「はい……」
「例えば今日のガードナー様はどう思います? 家格的に縁談があってもおかしくないですが」
というか二人をくっつけるぞ作戦は遂行されているのですが。
「いいと思います。でももっとガードナー様のことを知りたく思うのですよ」
バッチリです。
お嬢様ったら、ガードナー様個人に興味を持ち始めているではないですか。
まったくチョロインなんですから。
ともかくお嬢様の気持ちは前向きに傾きかけていると、旦那様とニックに伝えておかなくてはいけませんね。
これは恋の芽生えですと。
ガードナー様の気持ちですか?
聞く必要ありませんよ。
明らかにお嬢様のことを気に入ってましたからね。
「では今度はヘインズ子爵家にガードナー様を招待せねばなりませんね」
「来てくださるかしら?」
「問題ありませんよ。今日のお返しとなれば断らないものです」
あらあら、お嬢様ったら嬉しそうなんですから。
よく考えれば、決して自然な出会いではなかったと気付くかもしれません。
でも単に顔合わせして婚約なんて無味乾燥な展開よりよっぽどいいと思います。
お膳立てしてまで作り上げた愛。
本物ではない?
気持ちに本物とか偽物があるんですか?
ガードナー様とお嬢様が穏やかな愛を育んで欲しいという、周りの皆の思いは絶対に本物なんですよ。
「嬉しいですわ。どうおもてなししたらガードナー様は喜んでくださるかしら?」
「思春期男子は女の子に招待されたら大体喜びます」
「そうなのかしら?」
「間違いありません。一応ニックに確認しておきますね」
「ニックとは、ガードナー様の従者の名ですよね。アンナと知り合いだったのですか?」
あっ、失敗しました。
二年近く前からガードナー様とお嬢様をくっつける作戦のために、時々会ってたんですよとは言えないですし。
「ええ、まあ」
「気さくな人ですよね。アンナも案外抜け目ないのですから」
お嬢様ニコニコしていますけれど、私とニックはそんなんじゃないですからね?
と、とにかく作戦は決行中なのです、コホン。
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