ちょっくら、出撃してくるわ
テラ星系B、Jー47圏セントラル。旧国名で言えば、地球の日本国の首都東京。
テラの科学技術および他星系に伝わる技術の研究開発が進んだ昨今。
星間輸送船の持ち込んだものは、他星系の技術だけではなかった。
新たな生命体、それも地球人を害し捕食する生き物を連れてきてしまった。
動物に近い形をし、地球の動植物にとっての毒を撒き散らす瘴獣。そして地球人に擬態する知的生命体、来訪神。そのなかでも人を喰らう,食人神。
それらを総称して星外敵と呼ぶ。
テリブルは地上で爆発的に増え、野生動物たちをことごとく絶滅の危機に追いやった。
そうして地球の国々は、テリブルに対抗すべく、統一軍事組織“バシレウス”を設立、各国を圏と呼び、その出先機関“レギオン”を置いた。そして“レギオン”が旧国の政治機関に代わり、実質上の統治を行うようになるまで、そう時間は要さなかった。
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テリブルの存在が明るみになってすぐにレギオンの行った調査により、圏ごとにテリブルの種類や被害に違いがあることが判明した。そしてその圏内での繁殖や圏外への移動能力について引き続き調査が行われている。
だが、この数年、何故かJー47圏では、C−22−5−4圏で発見された変異型ミアズマが爆発的に増えていた。
圏内の地域警察や旧軍事組織、そしてレギオンの擁する軍隊“アーレース”の出動だけではテリブルの対処に行き詰まった。
とうとうレギオンは打開策として、以前からレギオン内部で計画されていた“軍事組織外からの戦力補充”,ライセンス制度を正式に始動させたのである。
一般人の中から戦闘に適性のある者を選別して戦闘免許証を付与、つまり臨時戦闘員として徴用する制度だ。
ミアズマの幼獣を警察等の出動を待たずに駆除できるなど、機動性の高さがかなり有用であろうと目された。
そうして、軍事組織を退役した者、訓練学校を出たが軍役に就かなかった者、さらにはテラ系以外の古代星人の流れをくむ“異能者”や旧国家時代に隠密を家業としていた一族など、戦闘に向いた潜在能力を持つ者を発掘し、さらに強い者を厳選してテリブルとの戦闘免許証,ライセンスを発行した。
以来、訓練学校の卒業生や一般人から毎年数千人がライセンシーに任命されており、現在では、1億人の人口を抱えるJー47圏内におよそ10万人のライセンシーがいるとされている。ライセンシーは学費や公共交通機関の運賃が免除される上、月々20万円の手当が支給される。その待遇を羨む者も多いが、ライセンシーは、年に数百人は命を落としているのが実態である。そしてその殉職者の正確な数は、一般国民には明らかにはされないのであった……。
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紺戸学園は中高一貫教育の私立学園で、学園の所在地はJ−47圏のセントラル第1区。旧47都道府県で言えば、東京都23区内である。進学校として圏内でも有名で、全校生徒はセントラル周囲のエリア−5(旧関東地方)から通って来ており約2,000人ほどが在籍している。
「うぃーっす、遅れやした、太刀花せんせ」
昼前になって軽薄な挨拶と共に教室へ入って来たのは、高等部3年生、黒金らん。名前は正しくは平仮名表記だが、本人は自分には似合わないと言って、記名の際はたいていカタカナを用いる。
「うぃーっすじゃねぇ、なに呑気に登校してんだ黒金ぇっ」
「うっさいねぇ、仮にも教員が、生徒の登校を咎めるってどうなのさ」
そう言い返しながら、ランはどっこいしょと自席に座り、机に入れっぱなしのタブレットノートを広げた。そして電子黒板の文字を自身のタブレットに電子ペンでさらさらと書き写していく。
「今朝は夜明け前から警報が4度鳴った。ラン、ライセンシー召集の日は登校不要だ」
ぼそっと言ったのはランの隣の席の、黒部柘榴という男子生徒だ。それを聞き流して平然と板書を続けるランに、誰かが、「ライセンス持ちなんてただの遅刻常習犯だろ、うぜぇわ」と呟く。
ランが、がたんっと派手な音を立てて立ち上がり、つかつかとその生徒の机に歩み寄った。そして天板にどっかりと片足を乗せる。この学校は上履きはなく、外靴を履いたままだ。乾いた泥と血がこびり付いたごついブーツが、その男子生徒のタブレットノートを踏み付ける。
「うざいってんなら、てめぇでテリブル狩りやがれ、無免許」
ランが凄む。
「ライセンス持たされるってのは殺戮兵器として国に使われるってことだぜ?」
突如、ランの小型タブレット端末からポポポポポーゥと何とも脱力する通知音が鳴り響いた。直後、街全体にウーウウー、ウーウウーと緊急警報が爆音で流れた。屋内に緊急退避するよう繰り返している。
「屋内退避ならこのままでいいか。どうせミアズマだろうし」
と太刀花は授業を再開しようとする。
良くも悪くも、テリブルに慣れきってしまっているのは、何も太刀花だけではない。セントラルの人々は、警報ぐらいでは逃げなくなっていた。あぁ、またミアズマが市中に出たのか、念の為、外にいないほうが良いな、という程度の感覚である。ミアズマなら、その毒を浴びるほど接近しなければ命に影響はないからだ。
だが、今日はいつもと様子が違った。
“危険レベル5。危険レベル5。学園全体に告ぐ。全ての生徒および教職員はただちにE−0シェルターへ避難”
突然流れた放送にざわつく教室。シェルター避難を要するほどのテリブルは正直、数年に1度出るかどうか、そのぐらい稀だ。
避難せねばと右往左往するクラスメイトには構わず、ランはそのまま男子生徒の机に座って出動命令を確認している。
「えー、俺一人じゃ流石に無理だって」
ランが通信相手に文句を言う間にも、シェルターへクラス単位で次々と移動が始まり、廊下はぎゅうぎゅうだ。この3年2組の生徒は、避難経路の混雑のため、まだ教室に待機させられている。
「え、鋼虫も出たって? マジで」
テリブルとは違う、宇宙生物の一種だ。他の星系からの帰還船が持ち込んだ外来種の昆虫で、全長1mほどのカナブンに似た姿をしている。食性は雑食で、金属やアスファルト、車や宇宙船、建物まで齧る面倒な奴らだ。
「あ、すぐそこだ……これは俺以外人員いない感じかぁ」
「ラン、食べておけ。栄養バランスだけは良い代物だ」
黒部が非常食を投げ寄越す。
「へぇ、鉄分たっぷりカロリーバー。こんなのあるんだ」
さっそくパッケージを開けて食べている。
「お、意外と旨いなこれ。いちご味だ」
「お前、もう少し、……食事や体に気を遣え。その……女子なんだから」
一瞬、妙な間があり
「ありがと、柘榴」
とランは照れたように笑って言った。
そして、
「んじゃ、ちょっくら出撃してくるわ」
彼女は腰に剣を帯びると、窓からするりと外へ出て行った。
黒金らん。
彼女はこの紺戸学園、全校生徒およそ2,000人の中で唯一のライセンシー。