【第7話:八奈出さんの不思議な話を聞いた俺】
【◇現実世界side◇】
「あの、八奈出さん……」
「はい、なんでしょうか?」
「俺の名前をつい呼んだ事情ってのはなに?」
「ああ、そうですね。それを説明しないとですね」
「うん。ちょっと気になる」
さっき心の中の想いを話して、ちゃんと八奈出さんに届いたからなのか。
それともゲーム世界での経験を活かせているのだろうか。
あるいはその両方か。
これまでよりもスムーズに言葉が出てくる。
コミュ力強者と比べたら全然だけど、俺にとっては大進歩だ。
「実は不思議なことがありまして」
「え? どんなこと?」
「今朝登校して教室にいたら突然頭痛がしました。その時に頭の中に色んな情景がたくさん流れ込んできたのです」
「色んな情景って?」
「それが一気に色んな情景が浮かんでは消えたのでよくわからないのですが、ファンタジー映画に出てくるような中世ヨーロッパ風の景色でした。そこで色んな人と関わりをして。そこで、時任君に似た男子がいたのです」
──それってもしかして『マギあま』の世界の記憶か?
「八奈出さんは校舎裏の祠に行ったの?」
「校舎裏の祠? なんですかそれ、知りません。私の変な体験と関係があるのですか?」
──ということは、八奈出さんがゲートを通じて二つの世界を行き来したのではない。
どういうことだ?
「あ、いや、ごめん。それって俺が以前やったゲームの設定の話。もしもそうだったら面白いなぁって思っただけ」
「そうなんですね。私ゲームはほとんどやらないので知りませんでした」
「まあそんなにメジャーなゲームじゃないし」
──それに男子向けのギャルゲーだし。
可愛い女の子を次から次へと落とすゲームだから、真面目な八奈出さんからしたら穢らわしいなんて思われる。知らなくていいです。
「それで今朝時任君と目が合った瞬間、とても親しみを感じて、つい名前が口から出たのです。変な話ですみません」
「別に謝ることはないよ。クラスの中心人物の八奈出さんに親しみを感じるなんて言われて光栄です」
「私がクラスの中心人物だなんてとんでもないですよ」
「そんなことないでしょ」
我が2年A組の中心人物は──
クラス委員長で凛とした大人っぽい美人。成績優秀で皆を引っ張る存在の八奈出 玲奈。
人懐っこくて明るいムードメーカー。誰にでも優しくて一番人気女子の影裏 はるる。
そして男子ではイケメンで金持ちの御曹司、チャラくてみんなの好感度は低めだけど自己評価はやたらと高い陽木 兼継。
この三人で間違いない。
「本当にそんなことはありませんよ」
ホントに謙遜じゃないような口ぶりだ。
陽木は別にして、八奈出さんと影裏さんは誰もが認める中心人物なのに、なぜだろう。
「とにかく俺は全然気にしてないから、そんな申し訳なさそうな顔をするのはやめてよ」
「ありがとうございます。時任君って、やっぱり優しいですね」
「やっぱり……?」
今までほとんど交流もないし、クラスでも俺はほとんど目立たない存在だから、八奈出さんが俺の性格を知ってるとは思えない。
「あ、ごめんなさい。また私、変なことを言いましたね。時任君がとても優しい人だって知っている気がしたのです。そして親しみを感じています」
気が強くてクールでいつも凛としている八奈出さんが、頬を赤く染めてうつむいた。
このギャップ可愛いさは反則だ。
しかも高嶺の花の八奈出さんが俺に親しみを感じるなんて嘘でしょ。
「あ……私なんかに親しみを感じるなんて言われて迷惑ですね。ごめんなさい」
学年一の美少女がなぜそんな卑下したことを言うのか不思議だ。
あ。さっきから彼女の言葉になんとなく違和感を感じていたけど、それがなんなのかはっきりとわかった。
クラスの中心人物で美人で高嶺の花。
普段の彼女はクラスの皆と、自信満々な態度で接する姿しか見せない。
なのにそんな八奈出さんが、なぜか自信の無い言葉をやたらと口にする。
最初は謙遜しているのかと思ったけど、どうやらそれだけじゃない。
ちょっと待てよ。
そんな話、どこかで体験したよな。
──あ、そうか。ゲーム世界のヒロイン、レナ・キュールだ。
彼女も高嶺の花で一見自信満々に見えた。
しかし正義感が強くて周りに厳しいせいで、自分が周りからうっとおしがられてると不安に感じていた。
自分のやることは正しいと信じながらも、周りから距離を置かれることに葛藤を抱いていた。
もしかしたら現実世界の八奈出さんも、同じような不安を抱えているのかもしれない。
「ホントに迷惑じゃないからね。八奈出さんに親しみを感じてもらえるなんて、お世辞でも嬉しいよ」
「お世辞なんかじゃないです!」
「じゃあ尚更嬉しいよ」
「ありがとうございます。時任君に本気でそう思ってもらえるなら私も嬉しいのですが……」
まだ不安げな様子の八奈出さん。
俺になにかできることはないか。
ゲーム世界では、レナの心を少し楽にしてあげることができた。
いや、でもこれは現実世界だ。ゲームじゃない。
ゲームと現実をごっちゃにするなんて、キモイ発想だ。
だけど、不安そうな八奈出さんの顔を見て、やっぱりなにか力になりたいと思う。
ゲーム世界で学んだことが現実世界でどこまで通用するかわからない。だけどやってみる価値はあるんじゃないか。
──そう考えた。




