【第55話:(物理的にも比ゆ的にも)流される俺】
羽織っていたパーカーを脱いで、水着姿が露わになった美少女が二人。
俺に正面を向いて微笑んでいる。
特に影裏さんはフリルの付いた可愛いビキニ水着で、形良くこんもりと盛り上がった狂暴なバストが俺の脳に直撃弾を撃ち込んでくる。
ヤバい。これは相当ヤバい。
「さあプールに入ろう!」
言って俺は、流れるプールに急いで飛び込んだ。
「あっ、時任君待ってください!」
「そーだよっ、突然どうしたの?」
女子二人に怪訝な顔をされた。
「ピピーッ!! こらそこ、危ないから飛び込まない!!」
「ごっ、ごめんなさい!」
監視員のお兄さんに叱られた。
でもとにかく頭を冷やさないと、俺の脳と下半身がオーバーヒートしそうで危なかったんだ。
俺に続いて八奈出さんと影裏さんもプールに入った。
男や女子にしては背が高めの八奈出さんには問題ないけど、小柄な影裏さんは背伸びしてようやく足先が着くくらいの深さだ。
女子二人が、水の中を歩いて俺に近づいて来た。
背が低い影裏さんは歩くのに四苦八苦している。泳げばいいのに。
「ねえ時任君、お願いがあるんだけど?」
「なに?」
影裏さんが不安そうな表情をしている。
「私、泳ぐの苦手なんだ。時任君にしがみついていいかな?」
──なんですと?
「はるるちゃん……泳げないの? 噓でしょ?」
「ホントなんだよぉ。とても残念ながら」
「全然残念って顔してないですよ? どちらかと言うと嬉しそうというかにニヤけていると言うか」
「残念だと思ってるって」
「じゃあ私にしがみついたらいいですよ」
「ダメだって。玲奈はそこまで体幹強くないでしょ。やっぱここは、力の強い男子じゃないと安心できないし」
「むぐう……」
八奈出さんは、体力が俺より劣ると言われて悔しがっているのか。
ホント負けず嫌いな人だな。
「いや、俺なんて特に力は強くないぞ」
「でも男子で普通でも、女子と比べたら全然力の強さが違うんだよ」
「そうなのか?」
「そういうもんなんだよ、男と女って」
なるほど。だとしたら影裏さんを不安にさせないために、俺が役立つならそれがいいな。
「わかった。いいよ」
「やった、ありがとっ!」
水中をふわりと浮いて、影裏さんが俺の右腕にしがみついてきた。
柔らかく大きなものが俺の二の腕に押しつけられる。
「はるるちゃん、くっつき過ぎじゃないですか?」
「これくらいくっつかないと、溺れそうで不安なんだよ」
「でも時任君が迷惑してます」
「え? そう? 時任君、迷惑してる?」
腕にしがみ着いた超至近距離で、影裏さんが俺の顔を覗き込む。
髪の先が水に濡れてキラキラ光っている。
間近で見る影裏さんの大きな瞳も、とてもキラキラと光ってる。綺麗だ。
それにしてもまつ毛が長いな。
「いや別に、迷惑じゃないぞ」
「ほらぁ、玲奈! 時任君は迷惑じゃないって言ってるよ?」
「勝ち誇ったように言わないで。それは時任君の優しさで、本音を言っていないだけですから」
「時任君が優しいのは私も知ってるよ。でもこれはマジで迷惑じゃないよね。ね、時任君?」
これはいったいどういう状況なのか。
女子二人がレスバを繰り広げているような気もする。
だが目の前に迫った整った顔と、腕に当たる柔らかな膨らみに意識が持って行かれて、冷静に考える余裕がない。
「そうだな。別に迷惑じゃないよ」
「ほらね。だったらいいでしょ?」
また勝ち誇った顔の影裏さん。
悔しそうな顔の八奈出さん。
「うぐぅ……あ、そうだ。思い出しました。私も泳ぐのが苦手で水が怖くて、プールの中に一人でいると不安になるんでした」
え? 八奈出さんも?
「玲奈は今までそんなこと言ったことないじゃん。突然どうしたの?」
「今まではるるちゃんには隠してたのです。ごめんね。実は私、幼稚園に入る前、お風呂で頭を洗うのが苦手で、よく泣いてお母さまを困らせたのです。それほど水が苦手なのです」
幼い頃のそれって、誰でもそうだよね?
「それ以来私はプールに一人でいるのが怖いのです。授業では仕方なしに我慢していましたが、今日はせっかくの楽しいレジャー。楽しく過ごしたいじゃないですか」
そうだったのか。さすが真面目で責任感の強い八奈出さんだ。今まで授業だからと我慢してきたのか。偉いな。
「だから私も安心してプールの中で過ごせるように、時任君にしがみついていいですか? ちょうどほら、時任君の左腕がたまたま空いてますし」
影裏さんは右腕にしがみついているから、確かに左腕は空いている。
「でも玲奈ちゃんは足が着くし、それほど怖くないよね?」
「いいえ、私は水に全身が浸かっていると考えただけで不安になるのです」
「じゃあお風呂入れないよね?」
「お湯は大丈夫です。水がダメなのです」
「そんなことある?」
「そんなことあるのです」
八奈出さんってそんなトラウマを抱えていたのか。かわいそうに。
人には俺なんかが想像もできないような、様々な心の傷があるものだな。
俺が彼女の不安を少しでも和らげられるというなら、それは進んで助けてあげたい。
「いいよ八奈出さん。俺の頼りない腕でよかったら、いくらでもしがみついてくれ」
「頼りなくなんかないです。時任君の腕にしがみつけたら、それはもう安心の極致と言っていいくらいの心境になれます」
大げさだな。でもそう言ってくれたら俺も嬉しい。
そんなこんなで、俺は右腕に影裏さん、左腕に八奈出さんという美女二人にしがみつかれた態勢のまま、流れるプールを何周もぐるぐると流れた。
周りの人は何ごとかと二度見三度見をするもんで、かなり恥ずかしかった。
中には明らかに敵意の目を向ける若い男性もいた。
俺みたいなモブキャラが、絶世の美女、それも二人にしがみつかれているのが面白くないんだろう。
わかる。わかるよ。だけど俺だって、いったいなぜこんな状況に陥っているのかよくわからないんだ。だから許してほしい。
恥ずかしさや敵意の目に晒される居心地の悪さから、本当は1~2周回ったらプールサイドに上がりたかったんだけど。
なぜか八奈出さんも影裏さんも「もう一周、もう一周」と何度もおねだりするもんだから、気がついたら2時間くらい流れるプールで流れ続けていた。
優柔不断な俺には、こうやって流されるのが似合っているのかもしれない。
──って、上手いこと言ってる場合じゃない。
女子二人にしがみつかれた状態でプールに居続けたせいで、身も心もバテバテになってしまっていた。




