【第53話:美女二人のせめぎ合い】
裏庭にベンチがあって、そこに三人並んで座った。
「はい、どうぞ」
俺が真ん中。左側に座った八奈出さんが弁当箱を手渡してくれた。
「ありがとう」
弁当箱を開くと、とても充実したおかずが入っていた。
卵焼き、鳥から、野菜の煮物、ポテトサラダ。
「全部手作りです」
「そ、そうなの? 凄いね」
これをすべて手づくりとは。
どえらおい手間がかかるであろうことは、料理をしない俺でも想像がつく。
「ホント! すごいね玲奈ちゃん!」
反対側の横から覗きこんだ影裏さんも感心している。
そして食べてみたら──
「なにこれ!? めっちゃ美味しい!」
「ふふっ、嬉しいです。下味の付け方がポイントです」
嬉しそうに照れる美女が可愛い。
もはやクールなイメージはほとんどなくて、とにかく可愛いが前面に出ている。
それにしても、こりゃまた相当な手間がかけられてるってことだよな。凄いな八奈出さん。
「あちゃっ、やられちゃったなぁ~」
「あれっ? 影裏さんも料理が得意なの?」
「ううん、ぜ~んぜんっ。あたしは料理できないもん」
え? どういうこと?
てっきり料理上手な人のプライドかと思ったけど。
「やっぱ料理が上手な女の子って、男子からしたら魅力的に見えるよねぇ」
純粋に美味しい料理を作ってくれる彼女って魅力的だが、それだけじゃない。
喜んで料理を作ってれる人って献身的な感じがする。
「まあ、そうだな。やっぱりポイント高いな」
「やった。ありがとうございます」
「うぐっ……やっぱ不利だわ。どうするかな」
「なにが?」
「いや、こっちの話」
影裏さんが言ってることがよくわからない。
「どうぞ。もっと食べてくださいね。足りなければ私の分も差し上げますから」
「いや、そこまでは大丈夫だよ。この弁当、量もしっかり入っているから」
「はい。男子がお腹いっぱいになるように考えて作りました」
「くっ……気配りもできて、玲奈ちゃんやるな」
さっきから俺の左側から、ちょくちょくつぶやきが聞こえてくるんだが。
天真爛漫で明るい影裏さんってやっぱり口数多いんだな。
「うーん……」
しかし影裏さんは唸ったきり、無口になってしまった。
自分の弁当をぱくぱく食べている。
その間に俺は八奈出さんの手作り弁当をあっという間にたいらげた。
「ご馳走様。めちゃくちゃうまかったよ」
「それはよかったです。またいつでも作ってきますよ」
「うん、ありがとう」
うーん、満足満足。
「ところで今さらなんだけど、訊いていいかな?」
「なんなりと」
「なぜお弁当を作ってきてくれたのかな?」
「一つは時任君へ、色んなことへのお礼です」
「そんなこと気にしなくてもいいのに」
八奈出さんっていい人だな。
「それともう一つは、私が時任君のために作りたかったというのもあります」
「そうなんだ」
「はい。胃袋を掴むことによって……いえ。純粋に喜んで欲しかったのです」
生真面目な八奈出さんにしては、なにやら不穏な発言が聞こえた気はするが、掘り下げると変な雰囲気になりそうなのでそこはスルーする。
「時任君が幸せそうな顔をしてるのを見れてよかったです。ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそありがとうだよ。マジで幸せな気分になった」
八奈出さんってやっぱいい人だな。
「私のお弁当が時任君を幸せにできて良かったです。ね、はるるちゃん」
「……え? あ、ああ、そうだね」
八奈出さんが不意に話を振ったもんだから、影裏さんが戸惑っている。
影浦さんは悔しそうな顔をしている。
……と思ってたら、急にぱぁっと表情が晴れた。
「あ、そうだ時任君。いいことを思いついたよ」
「なに?」
「ほら。もうすぐプール開きじゃん。一緒に行こうよ」
よっぽどいい思いつきだったのか。影裏さんは胸をぐっと張ってそう言った。
小柄だけど巨乳だから、そんな姿勢をしたら大きな膨らみが強調されて目のやり場に困るんですど。
ほら。女性の八奈出さんですら、目をパチクリさせて大きな山に目を奪われたれ
「ええっ? 二人でプールに行くなんて、はるるちゃん、それはずるいですよ」
「別に二人っきりで行こうなんて言ってないよ。もちろん玲奈ちゃんも一緒に行ってくれたいいよ。行く?」
「えっと……それはそれでずるいと言うか、なんと言うか……」
八奈出さんはちょっと視線を自分の胸に落として口ごもった。
こちらのバストは影裏さんの巨乳と比べたら寂しい。だけど決して貧乳なわけじゃなくて、普通だ。
いや、なんなら程よい大きさで形の良いバストと言える。
だから八奈出さんには決してそんな自信なさげな態度をしてほしくないのであるが、もちろんそんなお下品なことを口にするわけにはいかない。
「やめる? どっちでもいいよ」」
「い、いえ。もちろん行きますよ!」
「そっか。じゃあプールが始まったら行こうね!」
そうして夏休み直前の7月上旬に、市民公園の中にある市営の大型プールに行くことになった。
ちなみに影裏さんは「よしっ、待ってろ夏の誘惑!」などとつぶやいていた。
ふむ。プールの誘惑に我慢ができないなんて、影裏さんってよっぽどプールが好きなんだな。
──そう思った。
***
時は流れ、プールに行く日がやって来た。




